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美しいくらし
ジョージア旅暮らし日記 モデル・定住旅行家
ERIKO
第5回 ブドウ畑の十字架
 お酒を飲むならワイン派の私は、定住旅行先の国々でもさまざまな現地のワインに出会った。その中でも忘れられない味がいくつかある。
 アルゼンチンのサルタ州で飲んだ標高1700メートルのカジャファテでつくられたワインは、コクがあってアルゼンチン牛と抜群の相性だった。イランで飲んだシラーズ産のワインは、見た目も味もしっかりしていてほんのり甘く熟したブドウを彷彿とさせる味。イランがイスラム化される以前に行われていたワインづくりと、人びとの食卓に思いを巡らせた。

 そしてジョージアワインとの出会いは、ワインそのものの概念やイメージをごっそり変えてしまうほど意味深いものだった。


 この土地で「ワイン」というとき、それが単なる飲み物を指すわけではないと徐々に感じ始めたのは、9月上旬にカヘティ地方にやって来てからだった。
 北に大コーカサス山脈、南東はアゼルバイジャンと国境を接し、中央を走るゴンボリ山脈から北東部にアラザニ川、南西部にはイオリ川が流れるカヘティ地方。ここはジョージアを代表する画家、ピロスマニの出身地であると同時にワインの一大産地であり、ジョージア全土のブドウ畑の約7割がここに集約されている。

 紀元前6000年もの昔からワインづくりが行われ、ワイン発祥の地ともいわれているジョージア。その理由とされているのは、歴史の古さや考古学的研究だけに留まらない。イタリア語、スペイン語、フランス語といったラテン語系の言語でワインを意味する「Vino(ヴィノ)」は、ジョージア語でワインを意味する「gvino(クヴィーノ)」が語源だという一説もある。
 ジョージアの人びとの暮らしに今なお深く根づいていて、日々の食卓やスプラ(宴会)といったアルコールを飲む場ではワインが圧倒的に多く登場する。

 レストランなどで食事をする以外は、自家製のワインが飲まれるのが一般的。伝統的に各家庭でワインを醸造する習慣があり、都会のマンションなどに暮らす人びとを除いた、郊外や地方に暮らす人の多くがワインをつくっている。彼らは家の敷地内や近所にブドウ畑を所有しており、マラニと呼ばれるワインを醸造させる部屋も持っている。

ジョージアの代表的菓子「チュルチュヘラ」

 ワインづくりは毎年9月~10月にかけて行われ、自家製としてつくられるもののほとんどが白ワインだ。市販のワインよりもアルコール度数は低く、味は甘口でも酸味が立つわけでもなく、淡白だが温かく、大地が感じらる土っぽい素朴な味がする。私が国内で滞在したさまざまな地域の家庭でも、まるで我が子を自慢するかのように、自信たっぷりでそれぞれの家庭でつくったワインをふるまってくれた。

 ブドウの用途はワインだけにとどまらない。ナッツをブドウの果汁で固めたジョージアを代表するお菓子「チュルチュヘラ」や、ブドウの葉を使ってロールキャベツのように材料を包んで食べる「トルマ」、さらにはブドウの種で作ったエステやリラクゼーション用のスクラブオイルなどなど。ジョージア人の生活にブドウは欠かせない存在なのだ。


 「ぜひ、うちのワイナリーへ遊びに来てください」
 カヘティに滞在中の9月上旬、ジョージア最大規模のワイナリー「KHAREBA WINERY(ハレバワイナリー)」のチーフワインメーカーであるヴラジミルさんから、知人を介して突然連絡があった。ハレバワイナリーでは、ブドウの収穫体験、ジョージアの伝統的お菓子「チュルチュヘラ」づくりや、トネと呼ばれる釜で焼くパンづくり体験、ワインの醸造場所や巨大な保存庫を見学できるツアーがあるほか、さまざまな種類のワインのテイスティングなども体験できる。

 お言葉に甘えてワイナリーへお邪魔すると、見学ツアーに来ていると思われる観光客がひしめく入り口で、大人が2人は入れそうなほど大きな醸造甕(クヴェヴリ)とヴラジミルさんが出迎えてくれた。華奢な体つきをした30代前半のヴラジミルさんは英語もロシア語も堪能で、国際的な雰囲気をまとった好青年といった印象だ。お互いに自己紹介を交わした後、「聞きたいことがあれば遠慮なくなんでも聞いてください」と言って、紳士なエスコートが始まった。


 まず向かったのはワイン畑。畑が一望できる高台へ上がると、遠くに山の稜線が水墨画のように霞んで見えるだけで、見渡す限りブドウの木が整列してる。
 「全部で1300ヘクタールあります。うちのワイナリーは1995年から始まったばかりで、新しいほうです。ジョージアには500以上の品種が存在していますが、ここではジョージアの固有種のサペラヴィ種、ルカティテリ種など15種を育てています」
 製法や品種にもよるが、一般的にジョージアワインはフルーティーで味わい深いものが多い印象がある。ジョージアの赤ワイン品種では最も栽培面積が広いといわれる黒ブドウ種のサペラヴィ種は、クレオパトラが愛飲していたという伝説も残っており、ジョージアを代表するワインの一つである。

 ブドウ畑の所々に十字架が立っているのが目に止まった。作業員が仕事の途中にお祈りをするためにあるのかと思っていたら、これはブドウ畑を見守っている十字架で、ワイナリーの敷地内には教会もあるという。
 「キリストの血を表すワインをつくることは、ジョージア人にとって宗教行為のひとつなのです。ちなみに、このワイナリーの名前でもあるハレバはジョージア語で受胎告知という意味です」とヴラジミルさんが教えてくれた。

 畑ではちょうど収穫の真っ最中。収穫が終わってトラックいっぱいに詰め込まれたブドウは仕分け作業をする場所へと運ばれ、活気あふれた女性たちがベルトコンベアから次々と流れてくるブドウを素早く選別していく。選別が終わったブドウは種類ごとにステンレスタンクや木樽で醸造させるヨーロピアンスタイル、もしくはジョージア特有のクヴェヴリ製法で醸造される。

 2013年にユネスコの世界文化遺産にも登録されたジョージアの伝統的なワイン製法は、踏み潰した果汁、果皮、果肉、種を丸ごとクヴェヴリと呼ばれる縦長の甕に入れて発酵させる。
 クヴェヴリは約8000年前からこの土地で使われてきた醸造用の甕。その素材は石炭を多く含んだ土でできていて、20リットルほどの小型のものから、成人が数名入ることのできるほどの大容量のものまでさまざまな大きさのものがある。大昔は地上にそのまま置かれていたそうだが、紀元前2000年代に起こった大地震をきっかけに地中に埋められるようになったという。

 クヴェヴリの中に果汁などを入れると、自然発酵が始まる。液体中の上と下の温度差で時間をかけて循環し、発酵が終わると果皮が底に沈んで濁りのないワインが出来上がる仕組み。果汁以外も一緒に醸造するジョージアの白ワインは黄金色に輝き、タンニンが豊富に含まれている。

 「昔、機械なんてなかった時代には、ブドウを足で踏みつぶして果汁を絞っていたんです。ERIKOさん、やってみますか?」
 ブドウを踏みつける作業は「ダチクレトゥヴァ」といわれ、サツナヘリと呼ばれる一本の木をさらに半分に割って、カヌーの形のように掘り出したような木製の槽を使って行われる。
 ヴラジミルさんのご好意に甘えて、ブドウを踏ませてもらう。衛生上の管理から、昔の人がやっていたように裸足で踏むわけないはいかないらしく、長靴を用意してもらい、ブドウが敷き詰められたサツナヘリの中に入る。周囲にはいつの間にか、チョハと呼ばれる伝統衣装に身を包んだ男性たちが集まってきた。

 「ツァンガラダーゴゴナ~ ゴグニゴグニゴゴナ~」
 男性たちが歌う男女の色恋を歌った「ツァンガラと少女」という民謡に合わせて、足の下で弾けるブドウを踏みしめる。裸足だったらさぞ気持ちのいいことだろう。
 果実のねっとりした海に埋もれていく自分の足を想像する。何層にも重ねられた大量のブドウは、体重を意識的に乗せて踏みつけなければ表面のみしか破裂しない。思った以上に重労働で時間のかかる作業だ。ブドウの甘酸っぱい香りが足元からほのかに立ち上がってきて、私の身体を包んだ。

 その後、ヴラジミルさんに誘導されて洞窟を思わせるワイン保存庫へ入ると、12度~14度に保たれたトンネル内のひんやりとした空気が肌にまとわりついて、ダチクレトゥヴァで流した汗が一気に冷やされた。2万5000本以上のワインの瓶が両壁に敷き詰められた道を歩き進めると、足元にマンホールのような丸い蓋が地面をいくつも覆う場所へたどり着いた。
 「ここはマラニといってワインを醸造させる場所です。この下にクヴェヴリが埋まっています」
 幸運なことにちょうどこの日は、果汁をクヴェヴリに入れてから2週間後。ブドウの発酵具合を確認する儀式と重なった。この貴重な機会を逃すまいと、観光に来ていた大勢の人たちと一緒にマラニを囲んだ。

 男性たちによって自然の恵みに感謝するポリフォニー(多声合唱)が捧げられ、ついにマラニが開封された。樽で醸造されたものとは違う、独特の発酵したブドウの甘酸っぱく深い香りが地面から立ちこめた。蓋の下に、今にもあふれ出しそうな赤黒く艶めくワインが顔を出した。
 「ハピリ」と呼ばれるひょうたんの形をした道具でワインを丁寧にすくい、「カンチ」と呼ばれる素焼きの杯に入れて男性が差し出してくれた。健康に恵まれるという開封後の1杯をいただく。若いブドウの酸味が喉を通り、神社でお神酒をいただくときのような神聖さが身体を伝う。

 ジョージア語でワインをつくることを「ワインを立てる」というが、マラニの蓋をまるで嬰児を扱うように丁寧に開ける仕草からは、ワインに捧げられる感謝の念がひしひしと伝わってくる。ジョージア語でワインをつくることを「ワインを立てる」と表現するが、良きワインは人間がつくるものでなく、発酵という自然の働きによってつくられるものだという、ジョージア人の大いなるちからに対する謙虚な姿勢がこの言葉に現れているような気がした。

 「お昼にしましょう!」
 広大なワイン畑とカヘティの街並みが一望できるワイナリーのレストランの屋上で、ヴラジミルさんの食事のおもてなしを受けた。次々と運ばれてくるごちそうに胃が踊る。その味わいはこの日の招待のように極上であった。
 ヴラジミルさんの一押しといってごちそうになったサペラヴィ種のサトラペソという赤ワインは、ジョージアの土の香りとブドウの喜びが口の中で花開くような味で、強い意志を残すような後味が舌に残った。

 「ジョージア人みたいなワインですね」と、ワインのおいしさを伝えると、ずっと紳士的な生真面目な表情を崩さなかったヴラジミルさんが、その日初めて小さな笑顔を見せてくれた。


 ジョージアでこんな言い伝えを聞いたことがある。
 「その昔、戦場へ向かう戦士たちは、胸のポケットにブドウの木の枝を入れて戦いへ向かった。たとえ自らが死に絶えても、そこにブドウの木が生えれば、何かを紡いでいくことができる」。
 1980年代にゴルバチョフの反アルコール政策で失われた多くの品種、19世紀末にブドウの木を襲ったベト病の発生。いかなる困難もジョージアからワインを消すことはできなかった。

 人が集まって、歌や詩を詠み、神に祈り、民族の絆を深める場面には欠かせないワイン。
 ワインをつくることは、彼らにとっての生きる手応え、彼らがジョージア人である大きな理由の一つなのかもしれないと思った。(つづく)

(写真:ERIKO)

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【Youtube ERIKOチャンネル】https://www.youtube.com/user/erikok1116
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【エリコ】
鳥取県米子市生まれ。東京コレクションでモデルデビュー。「定住旅行家」として、世界のさまざまな地域で現地の人々の家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。これまで定住旅行した国は、ラテンアメリカ全般(25カ国)、ネパール、フィンランド、ロシア、サハ共和国、ジョージア、イタリア、イラン、スペイン、パラオ、カルムイク共和国、タタールスタン共和国など。とっとりふるさと大使。米子市観光大使。独立行政法人 国際協力機構JICA「なんとかしなきゃ!プロジェクト」著名人メンバー。著書に『暮らす旅びと』(かまくら春秋社)、『世界の家、世界の暮らし①~③』(汐文社)など。※写真:KATUMI ITO
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