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にっぽん味噌蔵めぐり
実践料理研究家・みそ探訪家
岩木みさき
第10回 チーズと同じカビでつくる味噌玉製法(萬年屋・長野県)
 「味噌はチーズのような味わい」と表現されることがありますが、本当にチーズのカビが造り出す味噌が存在します。長野県松本市にある萬年屋は江戸時代の天保3年(1832年)創業。独特の“味噌玉製法”を6代目の今井誠一郎さんが継いでいます。

本店は松本城から徒歩5分ほど

 日本に味噌が伝わった1300年前からあったとされる味噌玉製法は、大豆を2度熟成させ、大豆自体の中に菌をたくさん増やすという手間をかけた製法です。個性ある菌が増えることで、味噌に濃厚な風味と奥深さを与えます。夏に仕込むと熟成前に腐敗してしまい、冬に仕込むと熟成前に乾燥してしまうため、年に1度、春だけにしか仕込めないのも特徴です。

 初めて萬年屋にうかがってから2年の月日が過ぎた2021年4月、念願の味噌玉製法の味噌造りを見学させていただけることになりました。
 「ほかの工場(こうば)は見たことがないから、どういうふうにやっているのか、どんな機械を使っているのか、全然知らないんですよね。通常の味噌屋さんは麹造りがいちばん重要だと思うけれど、うちは味噌玉だからね」と穏やかに話す今井さん。「女性でうちの工場に入るようになったのは彼女が初めて。お袋も祖母も工場には入らなかったんですよ」と、作業の手を休めて妻の香織さんを紹介してくれました。

作業中の6代目・今井誠一郎さん

ご夫婦で伝統の製法と味を守る


 戦後、萬年屋に移築されたという工場は、もともとは帝国陸軍五十連隊の倉庫だったそう。平屋を2階建てに構築し直したため、2階部分は身長169センチメートルの私が歩くと天井の柱に頭をぶつけてしまいそうになるほどの高さです。

 肝心の味噌玉造りは、蒸した大豆を機械で潰すところから始まります。材料は大豆だけ。塩は入れません。潰した大豆を円柱状に押し出して縦30センチメートル×横20センチメートルのサイズにし、さらに縦半分にカットして成形します。1/2個(半切リ)の重さは約3キログラム、持ってみるとずっしりとした重さです。

味噌玉が並ぶ光景は圧巻

 ひと釜で造れる味噌玉は180個(360片)ほど。組み立て式の木棚に竹のすのこを敷いて直立に並べたら、その状態で3週間置きます。ずらりと置かれた光景はエジプトの砂漠にある化石が博物館に並んでいるようなイメージで、独特のオーラを放っていました。

 味噌玉にはやがてフワフワとカビが付いてくるのですが、工場見学に来た薬品研究員の方の調査で、カマンベールチーズの白カビと同じ菌だと判明したそうです。カビが付いた後、さらに時間が経つにつれて今度は“あめ”と呼ばれる白いモコモコした泡が味噌玉の周りに出現してきます。この白い泡の正体は“カビがたくさんいるよ! 芯まで熟成したよ!”の合図。味噌玉に力強く密着してネッチョリした質感ですが、1日経つとパリパリになります。

フワフワとカビが付いてくる

やがて白い泡上の「あめ」が出てくる


 あめと呼ばれているのなら甘いだろうか? 私の中の好奇心が止まらず、「味がするんですか?」と香織さんに尋ねると、「食べてみますか? どうぞ、どうぞ。でも、そんなにおいしいものじゃないかな」と笑いながらミョーンと伸びたあめをちぎって渡してくれました。
 その香りはまさにチーズ! 食べてみるとチーズの味わいはありつつ、苦味や酸味も感じました。味噌玉は15~20℃が適温で、寒すぎるとあめは出てきません。そのた め天気予報を見ながら仕込むタイミングを見極めるのも、経験が成せる技なのです。
 結婚してから18年間、積極的に味噌造りにかかわっている香織さん。お二人のあうんの呼吸で作業される姿に、すてきなご夫婦だなぁと思いました。

カビやあめをゴシゴシ洗い落とす

 さて、3週間の熟成と乾燥を経た味噌玉は、かなづちを使わないと割れないほどゴツゴツと固くなります。水を張った大きな浴槽にドボンと浸けてふやかしたら、カビやあめが付いた部分をたわしでこすって落としていきます。鏡餅よりも固いので1時間浸けても形崩れはしません。洗い終わったら機械でガリガリ、ゴリゴリと大きな音を立てながら粉砕機で細かくしてから攪拌機へ。細かくなった味噌玉と自家製の米麹と塩と水をしっかりと撹拌し、職人の長年の感覚で混ざり具合を見極めたら、床の隠し扉を開いて1階のタンクにドババッと落とします。その後、しっかりと踏みしめて、ようやく仕込みが完了します。

 通常の味噌造りよりも工程が多く時間もかかる味噌玉製法を続けている蔵は、日本国内ではわずかになってしまったようです。手間はかかるけれど、蔵に住み着くカビが造り出す香りや味わいは、唯一無二。
 “ここにしかない味”を、これからも継いでいってほしいと願うのでした。(つづく)

◆◆萬年屋◆◆


長野県松本市城東2-1-22
TEL:0263-32-1044
http://mannenya.ne.jp/

◆岩木さんセレクトのイチオシ味噌◆


豊麗 
 

【種類】米味噌
【味】10割麹、食塩相当量12g
【色】黄色(熟成期間1年)

カマンベールチーズのカビで造られた萬年屋の味噌は、本当にチーズの香りがします。そのまま食べると独特の強い香りがしますが、熱を加えてお味噌汁などに使うと、不思議とまろやかさが際立ちます。牛乳やヨーグルトなどの乳製品との相性も抜群。香ばしく焼いたベーコンと卵にからめて、カルボナーラにするのもおすすめです。

(写真提供:岩木みさき)

★岩木みさきさんが味噌との出会いや奥深い魅力について語るインタビュー「今こそ伝えたい、味噌の力」もぜひお読みください。

【実践料理研究家・岩木みさきのみそ探訪記】http://misotan.jp
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【いわき・みさき】
1988年神奈川県生まれ。10代のころに摂食障害や肌荒れに悩んだ経験から、食の大切さを実感して料理の道へ。病院栄養士として3年間勤務したのち、2012年に実践料理家として独立。その後、日本の伝統調味料である味噌に魅せられ、4年で日本各地60カ所以上の味噌蔵探訪を続け、その成果をWEBサイトやレシピ、イベントなどを通じて発信している。
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