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昭和モダンの家を建てる 日本モダンガール協會 × 音楽史研究家
淺井カヨ × 郡 修彦
第6回 工務店選択の記? 郡 修彦
 さて、6日の打合せで提出された工務店の設計案では当方の希望と全く異なっており、次回迄に更に改悪の案を示される可能性も考えられた事から、帰宅後に我々の希望を再検討した修正平面図と内外装仕様書を作成し、直ちに送付して万全を期す事にした。また、工務店から却下された竿縁天井と竹垣の可能性をネットにて調査すると、比較的廉価にて可能な業者が数多くあり、別注文にて希望の実現との方針を決めた。

 こうして迎えた6月14日の打合せでは案の定、私が作成した修正平面図は全く生かされてはおらず、社長設計の代案が示されるに、当方の希望とは相容れない間取り。社長は最良と力説するが、実は建売住宅用の既存資材を最大限に流用した安直且つ安価な設計に過ぎず、却下して当方の修正平面図を更に修正してそれを最終平面図とせしめた。

 その後、直ちに細部の検討に入り、玄関は木製引き戸とするに鍵の都合から不可能と却下され、私は沢山の事例を見ている故に可能と力説するも平行線となる。真相は建売住宅用の資材に木製引き戸は存在せず、手持ちのアルミ製引き戸を流用する為の虚言。床板は合板と言われ接着剤の不安を述べるに安全と力説されるも無垢とせしめる。窓枠は全箇所木製を希望と伝えるに200万円加算と言われるが、実は建売住宅用の資材に木製窓枠は存在せず、手持ち材料を流用する為の虚言と後に判明。竿縁天井の照明用の台座も当方の丸型希望を不可能と却下するも、こちらも手持ち材料の流用の為の虚言であった。
 工費総額は予算の上限を告げるに消費税を加算され、消費税を含みての総額を伝えし筈が急な加算に当惑する。そして、次回の打合せ時に仮契約を締結する故に100万円を支払う事と決まり、本日の打合せ状況から不安が生じるも、発注するのは当方故に客を蔑ろにはしない筈との常識的且つ楽観的な希望にて前進を決意した。

 6月22日に仮契約、前回の打合せを踏まえた筈の図面には当方の希望は反映されておらず、例えば無垢柱は不可能、押入内装の桐材は不可能、土台は防腐剤塗装の檜、根子土台は樹脂製品、等との「文化住宅もどき」が予算内にて可能な注文住宅として示されたのには唖然とし、文化住宅の新築には如何に経費を要するかと痛感したが、実は全て建売住宅用の資材の流用を前提とした設計に過ぎなかったのである。

 次いで台所の蛇口や風呂場のシャワーの形状も選択するが、示された品々の少なさには驚き、昨今の選択肢は何と狭隘(きょうあい)かと感じるも、実は毎度の解答が真相である。建売住宅用の資材は常備の為に大量発注しており単価を下げられるが、注文住宅用の一点発注では単価が高価な上に利益率も低い故に、最大限の利潤追求の為に詭弁を弄するのであり、無論常備の大量発注品も請求時には定価請求故に利益率は最大となる実に「おいしい話」なのである。

 また、窓上部の「霧除け」(庇)は付随しておらず、入用と言うに別料金を請求される。応接室と夫人室の9尺天井は不可能と却下され通常の8尺にての妥協を強制され、この上で契約とは内心不安を覚えるも、今更引き返し得ず理想の実現に向けて前進と考え不安を打ち消した。当日の日記には「これにて後には引けぬも果たして大丈夫なりやと少々心配にして、本当に戦前の住宅を判りしかと思ふ」とある。消費税加算の件を問うに「この業界にての予算とは消費税抜きの価格が常識であり、消費税込みの全額では無い」と工務店社長はおろか折原女史迄が口を揃えて言うのには驚き、この加算が当方に如何に重いものであるかを全く理解していないと納得した。

 仮契約はしたものの余りの「文化住宅もどき」に二人して困惑し、現状を以て最終形態とするのでは無く、飽くまでも途中段階として最終形態の検討を繰り返した。即ち洋間入口戸・洗面台・便器は工務店指定の代用品(実は建売住宅資材の流用品)にて妥協し、後日に当方希望の品に交換、竿縁天井風も後日に張り替え、外装のサイディングも後日に張り替えとすると決定した。
 仮契約金の支払いも今から顧みるに実に不可思議な形態であり、通常は会社口座への振込が一般的であるも、何故か当日の現金持参を執拗に要求された。当方としては大金を持ち歩く事に不安があり、その旨を前回に説明するも社長から逆に振込では間違いが生ずる故に必ず現金持参でと繰返され、やむを得ず応じた次第である。会社の経理を通さず直接社長に大金を持参する形態も、大きな疑問として我々の心に永くしこりを残した。

 理想の新居とは異なる仕様を強要され、妥協案にて進行する事は精神衛生上宜しからざる事極まりなく、後から考えれば仮契約以前の段階で辞退して他の可能性を模索すべきなのは自明の理であるも、渦中に於ける正しき判断が如何に困難な事であるかを通過して初めて納得した。多種多様の詐欺事件の被害者を外野から批判する事と、渦中の当事者の心境の差異と全く同じであり、この時点での我々は正しく当事者と化していたのである。遥か先に奈落の瀧が大口を開けている所へ一直線に進む小舟であり、俯瞰的な視野を有する事が脱出への唯一の道である事を後日に体得した。(つづく)


【郡修彦東奔西走記】
http://blog.livedoor.jp/kohri0705/
【日本モダンガール協會の「週刊モガ」】
http://moderngirlkayo.blog.shinobi.jp

 結婚を機に、大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷住宅の新築を計画した淺井カヨさんと郡修彦さんご夫婦。新居となる「小平新文化住宅」を昨秋完成させました。古きよき時代の家を現代によみがえらせた家づくり秘話を語る、日本モダンガール協會・淺井カヨさんのインタビュー「ようこそ、小平新文化住宅へ」はコチラをご覧ください。

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【あさい・かよ × こおり・はるひこ】
◆淺井カヨ◆大正65年(昭和51年)名古屋市生まれ。平成19年に日本モダンガール協會を設立。大正末期から昭和初期を生きた日本のモダンガールと、その時代の調査や研究、講演を行うだけでなく、ファッションから生活様式まで当時のスタイルを追求し実践する。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)がある。
◆郡 修彦◆昭和37年東京都生まれ。音楽史研究家。拓殖大学大学院修了(修士)。作曲家・音楽評論家の故・森一也氏に師事。SPレコード時代の音楽史を一次資料の徹底した調査により解明し、CD解説書・新聞・雑誌・同人誌に発表。SPレコードの再生・復刻で世界最高水準の技量を有し、200枚以上を世に送り出した。企画・構成・復刻を手がけた『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』で文化庁芸術祭大賞を受賞。
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