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美しいくらし
昭和モダンの家を建てる 日本モダンガール協會 × 音楽史研究家
淺井カヨ × 郡 修彦
第2回 昭和モダンの家を建てようと思つた理由①  淺井カヨ
 家に關する最初の記憶を辿つてみると、幼き頃に自宅の庭で母と戲れた記憶だけが蘇る。それは人生のうちで最も幸福な記憶の一つだ。私は名古屋の舊家に生まれ、その敷地内には、曾祖母と祖父母が住む昭和30年代に建てられた母屋と、兩親と姉妹が住む小さな青い屋根の家があつた。青い屋根の家は、兩親が結婚した昭和40年代に建てられた簡易住宅だつた。母屋には土間があり、私の幼少期に祖母達は竃でご飯を炊いたり、薪で風呂を沸かしたり、畑を耕し、ほぼ自給自足でまるで昭和初期のやうな生活を送つてゐたのである。

祖父母が暮らしてゐた昭和30年代の家(寫眞提供:淺井カヨ)
 印象に殘つたのは、暗い土間に掛けてあつた柱時計のカチコチといふ音であつた。敷地内の井戸や離れにあつた汲み取り式の厠も實際に使用した記憶がある。紺色の前掛けで、片耳にはいつも短い赤鉛筆を引つ掛けて、切り株の上に載せた薪を斧で毎日無言で切つてゐた祖父の姿は目に燒きついてゐる。近くの畑へリヤカーで出掛ける祖母について行き、歸りは荷臺に乘せて貰つて、祖母が引くリヤカーに仰向けになつて青空と雲を眺めたこともあつた。

 庭には蛇やモグラが出たり、庭の木にはカブトムシや樣々な蟲がゐて、いつしかそれが近所の噂となり、小學生の男の子たちがどこからか蟲取り網と籠を持つて入つて來たことや、薄暗くなつてからもカブトムシを取りに來る子が何度も現れたことがあつた。農具置き場では野良猫が子猫を産み、シダやコケや大量の樹木が生い茂り、同級生から「ジャングル」だと言はれることもあつた。猫が何處からかどんどんやつて來て、まるで「猫屋敷だネ」と言はれたこともある。猫は毎日何十匹も見かけたものだつた。

祖父母が暮らしてゐた昭和30年代の家(寫眞提供:淺井カヨ)
 私は幼少のころ、曾祖母の横でいつも遊んでゐた。曾祖母は、敷地内の小屋で内職をしてゐて、開店祝ひの飾りや、何かよく分からない物を作つてゐた。腰が曲がつた曾祖母は、いつも着物と着物地で作られた前掛けをしてゐた。昆蟲と戲れ、庭の實を食べて猛毒ではなかつたかと怯えた。このやうに幼少期の記憶は考へる程、澤山出て來るのである。

 幾年かが經過し、母屋の暮らしは激變してゐた。薪の風呂は瓦斯に變化し、ご飯は炊飯器で炊くやうになつてゐた。私が家について考へる時、幼少期の經驗が強く影響してゐることは疑ふ餘地がない。青い屋根の家で育つた私であつたが、母屋の生活を時々見てゐた。それが、後の人生に大きな影響を與へるとは思つてもみなかつた。ただ昔の暮らしには興味があつた。

明治村の帝國ホテル玄關前で、中學生の頃の淺井さん(冩眞提供:淺井カヨ)
 私が古い建築に興味を持ち始めたのは小學生の頃、岐阜縣恵那市明智町の日本大正村と、愛知縣犬山市の野外博物館明治村へ出掛けたことが大きく、どちらも何度か繰り返し訪れた。この二つの場所以外に、名古屋市の東山給水塔と東山動植物園内の温室と鶴舞公園の名古屋市公會堂にも幼少期から強く惹かれてゐた。蔦の絡まつた東山給水塔は昭和5年建設で、東山動植物園内の温室は昭和12年から公開されてゐる。鶴舞公園の名古屋市公會堂も昭和5年完成である。

 あの頃は、いつ建てられたかなどあまり興味もなかつた。ただ、これらの建物に強く惹かれてゐた。後になつて、幼少期に氣になつてゐた建物は、すべて昭和10年代半ばよりも前に建てられた建築であることが分かつたのである。古いから好きなのではなく、好きなものが全て古いのだ。高校時代は、美術デザインコースと吹奏樂部の兩立で毎日が本當に充實してゐた。しかし大學受驗には失敗して、藝大美大進學の豫備校へ通ふことは許された。(つづく)

【日本モダンガール協會の「週刊モガ」】
http://moderngirlkayo.blog.shinobi.jp
【郡修彦東奔西走記】
http://blog.livedoor.jp/kohri0705/

 結婚を機に、大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷住宅の新築を計画した淺井カヨさんと郡修彦さんご夫婦。新居となる「小平新文化住宅」を昨秋完成させました。古きよき時代の家を現代によみがえらせた家づくり秘話を語る、日本モダンガール協會・淺井カヨさんのインタビュー「ようこそ、小平新文化住宅へ」はコチラをご覧ください。
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【あさい・かよ × こおり・はるひこ】
◆淺井カヨ◆大正65年(昭和51年)名古屋市生まれ。平成19年に日本モダンガール協會を設立。大正末期から昭和初期を生きた日本のモダンガールと、その時代の調査や研究、講演を行うだけでなく、ファッションから生活様式まで当時のスタイルを追求し実践する。著書に『モダンガールのスヽメ』(原書房)がある。
◆郡 修彦◆昭和37年東京都生まれ。音楽史研究家。拓殖大学大学院修了(修士)。作曲家・音楽評論家の故・森一也氏に師事。SPレコード時代の音楽史を一次資料の徹底した調査により解明し、CD解説書・新聞・雑誌・同人誌に発表。SPレコードの再生・復刻で世界最高水準の技量を有し、200枚以上を世に送り出した。企画・構成・復刻を手がけた『SP音源復刻盤 信時潔作品集成』で文化庁芸術祭大賞を受賞。
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