先生が自分自身に“カツ”を入れて乗り越えたあの場面とは? 第12回は女流棋士・中倉彰子先生にインタビュー。現役を引退し、現在は講演や将棋指導、後進育成に力を注ぐ傍ら、3児の母としてもアクティブに走り続ける中倉さんが、対局で“カツ”ことを求められた将棋人生を振り返ります!新しい手に挑戦する!

将棋は1対1の真剣勝負。勝利に導く一手を自分で決断しなければなりません。優勢だからといって安全な手を選べば反対に逆転されることも。得意戦法ばかりに頼っていると戦術の幅が広がらず、読みの精度は高まりません。自分を強くするためには目先の勝ち負けにとらわれず、
新しい手や違う戦法を試してみることが大切。挑戦する勇気が自分を成長させてくれるのです。 2007年は私にとってまさに“挑戦”の年でした。女流棋士が自立し活躍できる場を増やしたい。そして女の子が夢と憧れを持てる「女流棋士」という職業を確立させたい。そんな思いを胸に私は社団法人日本将棋連盟から、新しい団体として発足した日本女子プロ将棋協会(LPSA)へ移籍を決めました。母が病気で亡くなったのもこの年で、「やりたいことを思いっきりやってみたら」と、応援してくれた母の言葉を励みに一歩を踏み出したのです。

5月25日に中倉さんの母校、法政大学で開催された将棋体験教室。主に外国人留学生に向けに、世界各国の将棋にも触れながら日本の将棋文化について講演したほか、将棋盤の上で駒の指し方なども指導した
決意を新たにスタートしたとはいえ、小さな事務所に所属するのは17名の女流棋士。すべて一からの手探り状態でした。企業に電話やメールで協力を依頼してもなかなかいい返事がもらえず、大きなスポンサーも見つからない。突きつけられた現実は厳しく、「しょせん、小さな団体なんだ」と心が折れてしまうときもありました。それでも持ち前の負けん気でチャレンジしていると、新しい出会いや縁に恵まれて、念願のプロジェクトがようやく実現! 事業部を担当した私は、初心者用子ども向け商品の開発や、将棋の入門書『親子ではじめるしょうぎドリル』の執筆ほか、イベントや大会の開催も手がけました。
中でも子どもへの将棋普及の活動は、私がかねてから本格的にやってみたかった取り組みの一つ。子どもたちのキラキラした目や素直な反応を見るのが毎回新鮮で、伝える楽しさとやりがいを感じられる充実した仕事でした。将棋と子育て、どちらも経験した私にしかできないことがきっとあるはず……。LPSAの経験を通して、引退後の道が少しずつ見えてきたのです。
そして2015年10月、「将棋をはじめとする日本伝統文化の魅力を世界中の子どもたちに伝えていきたい」という思いから、“株式会社いつつ”を設立しました。新たなプロジェクトを進めていく上でさまざまな課題にぶつかることもありますが、そこを会社としてどう乗り越えていくのかが今後の鍵に。まさしく第2の“挑戦”です!
指し手を読んだり、新しい手を試したり、指し手を検証して次にどう生かすのか……。将棋で培った力が人生のあらゆる場面で私を支えてくれています。カツナンバー絢香『みんな空の下』
価格:1,143円+税
発売元:ワーナーミュージック・ジャパン
対局前の電車の中でよく聞いていた勝負曲。最近は大勢の前で講演する前などに、すてきな歌詞と柔らかな歌声をじっくり聞いて気持ちを落ち着かせている。
カツアイテム
扇子対局時の必須アイテムを、いつのまにか普段も持ち歩くようになった。少し開いたり閉じたり、パチンと音を鳴らしたりと、読みのリズムや間をとるのに大事な役割があるそうだ。その日の気分に合わせてセレクトするという扇子だが、白扇に直接好きな漢字をしたためることも。今回は“夢”を直筆。
着物将棋文化を伝えるイベントや講演には着物姿でお出かけ。「着物を着ると背筋がすっと伸びて自然と気合いが入ります」
カツ語明・元・素「明るく、元気に、素直に!」がモットー。いつもこの言葉で初心に立ち返る。「いつつ」の活動で子どもたちに指導するときも、この3要素を大切にしている。
【「株式会社いつつ」のホームページ】
http://www.i-tsu-tsu.co.jp/取材を終えて 和服姿がお似合いで、そのかわいらしい雰囲気からは、3児の子育てママにはとても見えない中倉さん。6歳から将棋を始め、自宅で歯を磨くような感覚で将棋を指していたというほどの将棋一家で育ちました。かつてはプロとして勝ち負けがはっきりでる厳しい世界を経験してきた勝負師。インタビュー中に教えてくれた「将棋は自己責任のゲームです」のひとことに、将棋人生で磨かれた決断力、判断力、思考力のキラリと光るものを感じました。将棋は相手と真正面に向き合って挑むもの。言い訳やごまかしは一切ききません。相手への敬意と、負けを認める謙虚な姿勢も求められます。将棋に習う礼節や心構えは私たちの日常や身の回りにも通じることばかり。日々の言動を見直す今日このごろです。
(構成:狭間由恵)