教え子を叱咤激励する立場の先生も、かつては大きな壁に当たったはず。そんなとき、どのように自らを鼓舞して乗り越えたのでしょうか。正岡子規ゆかりの地である愛媛県の「俳都松山」を拠点に活動され、軽快な語り口で“辛口俳句先生”として活躍中の夏井いつき先生に、困難を乗り越えてきたパワーの源と俳句への熱い思いを聞きました。悔しさをジェット燃料にし、
パワーに変える

「俳句でご飯を食べていく」。そう心に決めてから、もうすぐ30年になります。その間、何度も大きな壁にぶち当たりました。その一つが俳句甲子園(全国高等学校俳句選手権大会)。全国の高校生を松山に呼んで俳句の作句力と鑑賞力を競うという催しで、今では毎年盛り上がりを見せています。でも実現するまでには紆余曲折がありました。最初の企画が生まれた1994年には予算繰りがつかず中止に。私は翌年の第2次構想からかかわったのですが、これも最終的には実現させることができませんでした。
「やるぞ」と決めたことが実現できないと、悔しいし腹立たしい。明るく楽しく暮らしたい性格なので、早くこの状況を打破しようと考えます。
悔しいという気持ちをジェット燃料にして、パワーにするんですね。いつか俳句甲子園を実現させたい――その強い思いから、若い世代に俳句の種蒔きをするべく「句会ライブ」と題した出前授業を小中高校生に向けて始めました。俳句の基本型を教えて参加者に一句ずつ作ってもらう。その中から私が選んだ句を全員で議論してチャンピオンを決めるのです。この活動が口コミで広がって依頼が増え、それがやがて98年の俳句甲子園の実現につながったのです。
楽しくなければ、俳句じゃない

句会ライブで指導する夏井先生
写真提供:夏井いつき先生
俳人になる前は中学校で国語教諭をしていました。国語嫌いな生徒たちを相手に試行錯誤をする毎日。「国語の楽しさを伝えればいいのだ」という単純な結論に達し、その気持ちを大切にしたら、やがて生徒たちは授業を楽しんで受けるようになり、さらに自ら勉強するようになったのです。テストだけでなく授業ノートも成績評価の対象にしたところ、テストが苦手な生徒たちはアピールできるノートづくりに懸命に取り組みました。これがすでに国語の力になっていますよね。
実は俳句も同じなのです。
「楽しくなければ俳句じゃない」と常に言っている理由はそこにあります。私が“組長”をしている俳句集団「いつき組」では、日ごろから“組員”たちが「組長を面白がらせる句をたたきつけたい」「組長が大爆笑するような句を作りたい」と言っています。誰かを面白がらせたい、感動させたいと思う気持ちって、すごい力になるのです。だからこそ、いい句を作った人は思い切り拍手をしてほめる。何十年続けている人も、初めての人も、その日の一句勝負なのです。そして私の句がつまらなければ、「組長、ほんと意味わからん」と言える雰囲気を大切にしています。そうでなければ表現、すなわち俳句が根腐れしていくと思うのです。

集った組員たちが裾野となって育ち、やがて豊かな高い山になる。俳句はスピーディーに育つ文芸ではありません。まずは裾野でせっせと種蒔きをすることが、俳句でご飯をいただいている私の役割なのです。もちろん俳人ですから、「夏井いつきといえば、あの句だよね」といわれる句を残すことも大きな使命だと考えています。
【夏井いつきの100年俳句日記】
http://100nenhaiku.marukobo.com/取材を終えて 常に笑顔で陽のオーラを身にまとった夏井先生。「才能なし!」な俳句でも、その句を生かそうと前向きに添削をする姿は、自身のポリシーである「何事も楽しく」がベースになっているのだと思いました。取材後、俳句初心者の私が作った句を恐る恐る見てもらったところ、「凡人中の凡人」とバッサリ。でも、先生のアドバイスで日本語が輝き出した! 「この句を本当に輝かせるのはあなた自身よ」の言葉に応えるべく、あらためて作り直したのが次の句です。「冬の夜や愛犬抱けば夢心地」。先生、私はやはり凡人でしょうか……。
(構成:毛井真紀、撮影:武井 薫、編集:鈴木雅海)
*この記事は、株式会社リビングくらしHOW研究所が運営するライター・エディター養成講座「LETS」アドバンスコース16期生の修了制作として、受講生が企画立案から構成、取材、撮影、編集、校正までを実践で学びながら取り組んだものです。
【ライター・エディター養成講座「LETS」のホームページアドレス】
http://seminar.kurashihow.co.jp/lets