
ファルシー(野菜の肉詰め)
2007年から15年以上、生まれ育ったコート・ダジュールを中心にたくさんの日本人の皆さまの旅の案内をしてきましたが、毎回おすすめのレストランを聞かれます。そんなときはやはりニース料理を食べてほしいと答えますが、「ニース料理ってどんな料理なのですか?」と質問を投げかけられることも多いのです。
ニース料理についてひと言で説明するのは難しいですね。地理的にも近くて、歴史的にもつながりが深いイタリア料理と似ている点もたくさんあります。でも、簡単に言うなら「バターよりオリーブオイルを使って、野菜をたくさん利用して、肉や魚は少なめ」。要するに「シンプルでヘルシーな料理」です。
季節ごとにも変わりますが、レストランでも食べられる代表的なニース料理としては、ズッキーニの花のフリッタ、ラタトゥイユ、ファルシー(野菜の肉詰め)、ドーブ (牛肉の土鍋煮込み)などがあります。ニース風サラダは「ニース料理の代表」として世界中で有名になっていますが、実はそれほど特別な料理ではありません。旬の野菜を利用してレシピを守って作れば本当に美味しいですが、ただの生野菜のサラダです。

ピサラディエール
簡単な食事にぴったりなのが、ピサラディエール(アンチョビ、黒オリーブ、タマネギのタルト)やスイスチャード(地中海原産の野菜)のタルト。パン屋さんやマルシェで売られています。私は学生時代、日本語を勉強するために6年間パリに住んでいましたが、1年生のときに突然ピサラディエールが食べたくなったことがありました。そこでパン屋さんに行って「ピサラディエールをください」と頼んだら、店員さんが丸い目をして「何、それ?」と言うではありませんか! そのとき初めて、ピサラディエールはニースでしか食べられないことに気づいたのです。
南アルプスの3000メートル級の山々と地中海の間に位置するニースは、石だらけで降水量の少ない乾燥した地域です。そのうえアクセスが不便な村が点在していたため、自給自足の厳しい生活を送る民が多かったのです。ニース料理は、このニース周辺の地形や気候に合わせて誕生した料理といえるでしょう。
高低差があって平らな土地が少ないため段々畑が多く、牛を育てることも難しかったため、乳製品といえばヤギの乳だけ。 海沿いの町なので魚介料理が名物だと思われがちですが、意外にも魚介類はあまり食べません。ニース近郊の海は餌になるプランクトンの生息量が少ないため、魚があまり捕れないからです。谷や峠、岡、山の間の乾いた土地では、オリーブを生産するほかに、毎日の暮らしに必要な小麦や大麦、豆類、野菜などを栽培。各家庭では温暖な気候を生かしてトマト、ズッキーニ、パプリカ、ナスなどを育てていました。その結果、身の回りにあるこれらの野菜を使ったシンプルな料理、いわゆる「貧乏人の料理」が誕生したというわけです。
ママン(母)も、マミー(おばあちゃん)も、メメ(ひいおばあちゃん)も、ずっとニース料理を作ってきました。私も幼いころから日常的にオリーブオイルで調理された野菜をいろいろ食べてきました。肉は少なめで、魚は安価なイワシをオーブンで焼いたり、アンチョビをサラダやピサラディエールに使ったりするだけ。炭水化物はパスタ、ひよこ豆。お米はめったに食べず、ピサラディエールやタルトに使う生地はもちろん手づくりです。
ママンやマミー、そしてメメは、日曜日や特別な日には魚(タラ)もしくは肉(主に牛か豚)を使い、いつもよりも時間をかけてラタトゥイユやドーブといった手の込んだ料理を作っていました。手間も時間もかかるので、これらは今でもお客さまが来るときなどの「特別な日」の料理です。そしてデザートはスイスチャードのタルト! ピクニックの定番はパンバニャ(ニース風サラダを丸いパンで挟んだニース伝統のサンドイッチ)やピサラディエールです。
このように、気候と地形に影響されて誕生したニース料理は現代まで引き継がれてきましたが、数年前からはさらに強く守られるようになりました。なんちゃってニース風サラダやマヨネーズの入ったパンバニャが増えたことに気づき、1998年に「Cuisine nissarde(ニース料理を守る会)」 という認定ラベルが地元の人によって作られたのです。現在はニース観光局が管理をしていて、「ニースの伝統的な料理を最低5つメニューに掲載している」「地元の材料を使ったりする」などの条件をクリアしたレストランにこの認定ラベルが授与されます。2023年には33店舗のレストランが、このラベルを与えられています。レストラン選びで迷った際には、このラベルがある店なのかをチェックするのもいいかもしれません。

ニース風サラダ
ニース料理に関する質問で最も答えるのが難しいのが、「美味しいニース風サラダはどこで食べられますか?」という問いです。これは難問です。私は何年も前からいろいろなレストランのニース風サラダの食べ比べをしていますが、「美味しい!」と感動したのは今までに1回か2回だけ。野菜がたっぷり入ったサラダのはずなのに、ほとんどのレストランではトマトが4切れ、ゆで卵が半分、キュウリも5枚、アンチョビも5枚、ツナもほんの少しで、オリーブは数個だけしか入っていないのです。
レタスを入れるかどうかについては議論がありますが、私がいちばん嫌なのは、レタスがたっぷり入っているニース風サラダです。少しだけレタスが入っているのはいいのですが、レタスをたっぷり食べたいならグリーンサラダを食べたほうがいいと思うのです。最近ではレストランでニース風サラダを頼むと15ユーロ以上するので、頼むのも嫌になりました。
それと、最後にもう一つ。ニース風サラダは夏に食べる料理です。真夏でないと野菜が美味しくないからです。冬にはあまり食べないほうがいいですね。トマトが硬くて味がありません。
それにしても夜遅くにこの原稿を書いていたので、おなかがすいて困りました(笑)。(つづく)
【マイ コートダジュール ツアーズ】
http://www.mycotedazurtours.com/【mycotedazurtours Instagram】
https://www.instagram.com/stephanie_francetrip/『ニースっ子の南仏だより12カ月』

定価2200円(税込)
地元っ子ならではの視点で案内する
南フランス12カ月の暮らしと街歩きの楽しみ方
生まれ育ったニースを拠点に、日本人向け貸し切りチャーターサービスの専門会社を営む著者が、流暢な日本語を生かして綴る南フランスの日々の暮らしと街歩きの楽しみ方。1年12カ月、合計60のエピソードを収録。興味のある月やテーマを選んで気軽に読めるので、日々のちょっとした空き時間を使って太陽の光あふれる南仏コート・ダジュールを旅した気持ちになれる一冊です。4世代に伝わる家庭料理の簡単レシピも収録。

【Stephanie Lemoine】
1979年フランス・ニース生まれのニース育ち。高校で第3外国語として日本語を選択、大学はパリにある国立東洋言語文化学院(Institut national des langues et civilisations orientales)で日本語と日本文学を専攻。大学時代の1年半、東京学芸大学に留学。ニースを拠点にした日本語ツアーや通訳、各種コーディネートなどを提供する「マイ コートダジュール ツアーズ」に、日本語ドライバーとして2008年から勤務し、10年に社長に就任。フランス政府公認ガイド。日本でのお気に入りの場所は宮島(広島県)と湘南(神奈川県)。大好きな鎌倉で老後を過ごすのが夢で、2人の息子たちには毎日欠かさず日本の話をしている。