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魅惑の19世紀文学案内
東京大学大学院総合文化研究科 准教授
出口智之
第8回 「雪中梅」 政治家が一流の文化人だったあのころ
 日本の政治家は、当代一流の知識人であり、文化人であり、教養人である。

 ……いや、明治時代の話ですよ。反知性主義が吹き荒れる現代に生きていると、ほとんど悪い冗談にしか聞えませんが、わずか百数十年前は実際そんな時代でした。江戸のすぐれた政治家だった新井白石や松平定信らが、同時に傑出した文化人でもあった伝統を継いでいるとも言えますし、19世紀は多くの国でそうだったとも言えます。
 今月ご紹介するのは、そんな時代の政治家による小説です。

 1868年の明治改元前後から、1885-86年に坪内逍遙が「小説神髄」を発表し、それに続いて二葉亭四迷、尾崎紅葉、幸田露伴、森鷗外といった若き俊秀が次々に登場してくるまでの20年あまりは、しばしば文学の暗黒時代と言われる。江戸の戯作者たちはまだまだ活躍していたし、和歌・俳諧や漢詩文も盛んに行われていたが、どうしても過渡期的な性格があって、著名作家の名前を挙げるのはいささか難しい。そんな時代に大きな存在感を発揮していたのが、ほかならぬ政治家たちによる小説だった。彼らの政治的主張を世に伝える目的で書かれたため、一般に政治小説と総称される作品群である。

 それじゃ政治家の広報作、プロパガンダ小説かと言われれば、たしかにそのとおり。そうなのだけれど、でも十分に面白く、読んでいて楽しいあたりが、明治のすごいところなのだ。代表的な作品は、古代ギリシャのテーベを舞台にした矢野龍渓「経国美談」と、会津藩の遺臣が世界中をかけめぐってロマンあふれる東海散士「佳人之奇遇」が双璧で、世界の歴史や地理の紹介にも多くの筆が割かれ、広い世界について学び取ろうとしていた明治日本の意気込みを伝えている。それに加えてもう一作、末広鉄腸「雪中梅」(1886)も見逃してはもったいない。

イラスト:楓 真知子


 作者、末広鉄腸(1849-96)は伊予宇和島の人、政府への反骨精神あふれる言論人として出発した。1881年、9年後の国会開設と憲法制定を定めた詔勅が出されると、これを受けて板垣退助らの自由党に加わる。新聞などでも引続き活躍していたが、さらに多くの読者に主張や批判を届けるべく、この「雪中梅」を執筆すると、広く流行して高い人気を博した。その後、1890年の第1回衆議院議員選挙では出身地である愛媛県から当選、2度の落選ののち、第4回総選挙でふたたび当選したものの、議員在任中に病で死去した。

 「雪中梅」の主人公国野基(もとい)は、国会開設に備えて活動する青年だが、些細な手紙の書き誤りと未知の人物から受けた金銭的援助が災いし、国事犯の嫌疑をかけられて収監される。やがて疑いが晴れて出所、療養のために箱根塔ノ沢に滞在するうち、富永春と知りあいになった。先の匿名での援助は、実は国野の演説に共感した彼女の厚意で、二人は次第に親しさを増してゆく。ところが、お春の家では後見人である叔父が彼女の財産を使い込み、その穴埋めを申し出たさる有力者からの交換条件を呑んで、お春を彼に嫁がせようと画策していたのだった。さあ、二人の運命やいかに……!?と、非常にわかりやすい、いわば類型的な物語なので、文語に慣れない人でも安心して読むことができる。

「雪中梅」末広鉄腸著
(小林智賀平校訂、岩波文庫)

 現在、この作を読む興味は、おそらく二つある。一つは、国会開設に向けて自由民権運動の機運が高まっていた時代に、民間で論じられた政治思想を知りえること。いささか理想的に過ぎ、政治のなま臭さに目をつむっているとはいえ、だからこそ人々は夢をもってそれに共感し、まだ見ぬ国会への期待をふくらませていったのだ。いかに青臭くとも、それこそが明治の情熱であり、人々が強い興味を持って積極的に政治に関わろうとした時代ゆえの理想なのである。

 もう一つは、当時の東京の人々の生活が生き生きとした趣で伝えられていることであり、個人的には実はこちらのほうが興味が深い。物語の筋や趣向が単純で通俗的だからこそ、当時の生活が最大公約数的に凝縮され、明治の東京ぐらしを垣間見せてくれるのだ。政談演説会が一つの娯楽として多くの聴衆を集めたり、箱根の温泉宿に一ヶ月以上も逗留して知りあいを作ったり、泉水や飛石が設けられた庭のある風流な邸宅が築地にあったり、いずれもすでに失われた明治の文化で、かつての東京への思いがはせられる。もちろん、そうした生活が可能だった人々はごく一部の階層にとどまるのだが、それだけになお、当時も今も憧れの対象であり続けるのだろう。

 ちなみに、「国野基」はもちろん国の礎の意で、本名は深谷梅二郎、すなわち深い谷の梅のように世に認められない彼が富永春と結ばれる、春になって咲き誇るというのが、「雪中梅」というタイトルに込められた寓意です。

 そろそろ梅の便りも聞えてきました。いつも以上に厳しい状況の冬ですが、雪のなかでも開きつつある花を信じ、かならずやってくる春の到来を待ちたいですね。(つづく)
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【でぐち・ともゆき】
1981年愛知県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は日本文学。明治時代における文学、文人のネットワーク、文学と美術の交渉が研究テーマ。著書に『幸田露伴の文学空間』(青簡舎)、『幸田露伴と根岸党の文人たち』、編書に『汽車に乗った明治の文人たち』(ともに教育評論社)がある。
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