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魅惑の19世紀文学案内
東京大学大学院総合文化研究科 准教授
出口智之
第4回 「黒い蜘蛛」襲いかかる災厄は悪魔?それとも……?
 かつてスイスを旅したおり、山岳地方の雰囲気がどことなく日本に似ている気がした。けわしい山々に抱かれた村、美しい湖、張りめぐらされた正確な鉄道、どれも何とはなしに親近感を感じさせた。もちろん、清明な青空に映える高山と広々とした牧草地は、湿潤な空気に育まれた日本の里山や水田とはまったく違うし、家並の美しさも大きく異なるのだが、しかし針葉樹の林や谷あいの小道を歩き、山里らしい早い日暮れに足を早めた時、あたかも日本の山村にいるような思いがしたのは忘れられない。

 イェレミアス・ゴットヘルフの代表作「黒い蜘蛛」(1842)は、そんなスイスの一地方、ベルンにほど近いズミスヴァルドという農村が舞台である。日本でスイス文学といえば、何をおいてもヨハンナ・シュピリ「アルプスの少女ハイジ」(1880-1881)だが、ほかにもシュピッテラーやラミュなどすぐれた作家が何人もいて、ゴットヘルフも疑いなくその一人である。ドイツ語を用い、庶民の日常や家庭を描くビーダーマイヤー期の作家としてドイツ文学史に位置づけられているけれども、本作を読めばいかにもスイスの人らしい。

『黒い蜘蛛』イェレミアス・ゴットヘルフ著、山崎章甫訳(岩波文庫)

  物語は、最近生れた赤ん坊の洗礼式の準備からはじまり、この人生の一大行事とにぎやかなお祝いの様子が、明るくユーモラスに描かれてゆく。代母が「つまらないものですが」と差出す贈り物を受けた若夫人は、いちいち讃歎の声をあげ、「こんなに散財をおかけしてとんでもないことですわ、こんなにいただいていいかしら、こうと知ってたら、代母さんになんかお願いするんじゃなかったわ」と言う。あつくもてなされた代母は、「もう三日分も四日分もいただきましたわ、息をするのも苦しいほどですわ」と言いつつ、無理に匙を持たされるとワイン粥が「不思議や不思議。ひと匙またひと匙、ちゃんとおさまってゆくではないか」。客たちが集まってきても、「皆がゆずりあってばかりいて、誰もが一番になろうとしない」ため、着席させるのに一苦労。こういう光景、なんだかよく見ると思ったら、やっぱりここは日本だろうか……!?

 ところが、客たちが新築の家に使われた汚い黒い柱の由来を聞いたところから、作品の雰囲気は一変する。はるか昔、暴君の無理難題に困っていた村人たちのもとへ一人の男が現れ、まだ洗礼を受けていない子供と引換えに仕事を引受けようと言った。一度は怖れた人々も、いざ難題が片付くと司祭の力を借りて男を欺こうとし、子供を渡さないでいたところ、やがて契約のキスをされた女の頰から黒い蜘蛛が現れた。無数の蜘蛛によって村人たちの命が次々と奪われてゆくなか、ある若い母親の生命を捧げた勇気によって蜘蛛は柱の穴に封じ込められたが、それから二百年も経たころ、ふざけてその栓を抜いた若者がいた……。

イラスト:楓 真知子


 作者、ゴットヘルフの本業は牧師で、本作にもキリスト教の教義や聖書のモチーフが色濃い。不思議な力を使う男は明らかに悪魔を思わせるし、全篇を通じて洗礼や司祭が重要な役割を担っている。登場する女性たちが、模範的な母親か規律を軽んじる悪女かに二分されるのも、いかにも19世紀中葉の聖職者が書いた作品らしい。だが、そうした宗教色や時代色を超え、本作が今なお読者に訴えかける力を失わないのは、一つには複数の民間伝承を参照して創られたと言われる黒い蜘蛛の寓話が、様々な解釈を許す奥ゆきを持っているからだろう。あらゆる人や家畜をひとしく倒してゆく蜘蛛の猛威の前で、聖職者たちはあまりにも弱く、人間の弱さにつけこむ悪魔とそれを打破る神の勝利という図式は、物語自体によってすでに覆されているのだ。

 今、この原稿を書いている2020年夏の時点で再読してみると、どこにでもひそやかに忍び入り、人々を斃(たお)し、村人たちに分裂をもたらす黒い蜘蛛は、ほかならぬ病の象徴にしか見えない。その類の民話によったのか、それとも作者の創作かはともかく、中世ヨーロッパを何度も襲ったペスト(黒死病)の大流行が背景の一つにあることはたしかなので、まんざら当たらない読み方でもない。もちろん、べつに蜘蛛をナポレオン戦争の象徴に見たってかまわないわけだが、いずれにしても危機的な状況下での村人たちの相互不信と責任転嫁、根拠のない願望、災厄に襲われた者やよそ者への差別、自分だけ救われようとする利己主義、異なる意見への無視と対話の欠如、為政者の無為などは、単なる民間伝承の域を超え、すぐれて批評的な文学作品へと彫琢されている。そしてそれが、のどやかで平和な洗礼式の祝いに差しはさまれる対比によって、その鋭さはいっそう際立つのである。
 うーん、それにしても、やっぱりここは日本なのだろうか…!?(つづく)

※編集部注
▼ビーダーマイヤー期=ナポレオン戦争終結の1815年からヨーロッパ革命が始まる1848年ころまで。政治色や華美な装飾を嫌い、市民の家庭生活などの日常に意義を見出す文化が流行した時期
▼代母(だいぼ)=子供の洗礼式に立会い、神との契約の証人となる女性
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【でぐち・ともゆき】
1981年愛知県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は日本文学。明治時代における文学、文人のネットワーク、文学と美術の交渉が研究テーマ。著書に『幸田露伴の文学空間』(青簡舎)、『幸田露伴と根岸党の文人たち』、編書に『汽車に乗った明治の文人たち』(ともに教育評論社)がある。
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