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恋と歌舞伎と女の事情 エンタメ水先案内人
仲野マリ
最終回 新版歌祭文~野崎村  野に咲く花の恋と意地~お光ちゃんの選択?
大好きなおにいちゃんとの幼なじみ結婚
 野崎村は大坂の中心地から東へ15キロほど。生駒山のふもとにあります。昔の人なら歩いても2時間くらいでしょうか。のどかな田園が周囲に広がる野崎観音は、大坂人にとって格好の行楽地で、今でも「野崎まいり」は盛んです。かつては寝屋川などの川を通って舟でも行けるところでした。この野崎まいり、『女殺油地獄』のオープニングでも使われています。

イラスト:いずみ朔庵
 たった2時間で行き来できるとはいえ、大坂は「天下の台所」。野崎村とは全く違う大都会です。そこの質店油屋に奉公に行っていた久松が、今日、祝言のために帰ってくる! 幼いころからきょうだい同然に過ごしてきた久松おにいちゃんは、お光にとって憧れの人でした。その久松と自分が結婚できるなんて!
 
 奉公先で何やら不祥事があったらしいとか、どうもお店のお嬢さんといい仲だとかいうウワサは耳にしますが、お光にとってはどうでもいいこと。長く患って明日をも知れぬ母親に、せめて自分の花嫁姿を見せてあげたい。その目が見えなくなっていても、久松おにいちゃんと幸せになります、と二人であいさつすれば、きっと安心してくれるだろう……。

「こんなことなら髪を結いなおしておくんだった」などと独り言を呟きながら、いそいそと鏡を見たり、「あと少ししたらこの眉を剃るのよね、歯には鉄漿(おはぐろ)つけるのよね」と、人妻になった自分をあれこれ想像し、「眉がないと私はどんな顔になるんだろう?」とばかりにいそいそと手ぬぐいで眉を隠してシミュレーションするお光。喜びに胸は高鳴ります。しかしそこは田舎家、使用人がいるわけでもなく母も病臥で人手はなし、今は着替えの支度より、自分の祝言のお膳に出す大根なますを自分で作っているのでした。
 そこに、久松を追ってお染がやってきます!

セレブ嬢vs田舎娘! 譲れない互いの思い
 艶やかな振り袖を着て、「もうし、もうし……」とおっとり声をかける美しい人……。その洗練された都会のお嬢様をひと目見て、お光は直感します。
「負けてる……」
 久松という者が来ていないか? と問われたお光は、女のカンでお染を天敵と見抜き、必死で追い返そうと画策を巡らします。まずは、無視! そして……、
「ビビビビビ~!」
 アッカンベーをして先制攻撃。敵意丸出しです。

 でもお染も引き下がってはいません。相思相愛と思っていた久松が、置手紙をして突然店からいなくなり、野崎村の実家に戻ってしまっただけでも心ざわつくところ、心配で来てみれば、なんとかわいらしい女性がいて婚儀だの祝言だのと言っているではありませんか!
「私の久松なのに、いったいどうなってるの?」
 家の中をうかがうお染に気づいた久作は、びっくり! せっかくお染から久作を引き離してきたのに……。早く祝言を挙げて久松に引導を渡さなければ、とお光に早く花嫁姿に着替えてくるよう連れて行きます。久松が一人残された隙に、お染は転がるように家に入り、久松にむしゃぶりつくのでした。
 
「逢いたかった! 逢いたかった、逢いたかった……」

 久松にしてみれば、相思相愛とて主人の娘としがない手代です。お染に持ち上がった縁談を押しのけてまで、一緒になれるはずがありません。まして経営が悪化して、婿入りする清兵衛がもたらす多額の持参金がなければ、店そのものが潰れてしまうという状況。これでは2人は別れるしかない、というのが久松の考えでした。
 でも、お染にはそれができない事情があったのです。お染は身ごもっていました。(つづく)


【仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド】
http://kabukilecture.blog.jp/
【エンタメ水先案内人】
http://www.nakanomari.net

※WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『恋と歌舞伎と女の事情』が(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)が好評発売中です。
新刊発売を記念して開かれた著者・仲野マリさんとイラストレーター・いずみ朔庵さんのトークショーの模様はこちらをご覧ください。
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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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