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かもめアカデミー
恋と歌舞伎と女の事情 エンタメ水先案内人
仲野マリ
第1回 東海道四谷怪談? 長女・お岩の結婚~優等生の誇りと誤算~?
 「歌舞伎に描かれる女性」というと、おしとやかで口数は少なく、男性に頼って泣き崩れる……そんなイメージを持つ人も多いはず。でも、実は前向きに自分の運命を見つめ、自分の人生を自分で決める女性がたくさん登場しているのです。新連載「恋と歌舞伎と女の事情」では、初心者向けの歌舞伎講座なども開講しているエンタメ水先案内人・仲野マリさんが、女性たちのそんな知られざる姿を作品のあらすじをひもときつつ紹介していきます。


イラスト:いずみ朔庵
 「四谷怪談」と聞いて皆さんが思い浮かべるものは何でしょうか。やっぱり「お岩さん」ですよね。女の幽霊話の中でもお岩さんは、「番町皿屋敷」のお菊、「牡丹灯籠」お露、「真景累ヶ淵」のかさねなどと並び称せられる、とびきりコワい女の幽霊。歌舞伎の「東海道四谷怪談」は、「提灯抜け」や「戸板返し」などお化け屋敷的仕掛けも満載で、怪談噺の決定版ともいえましょう。

 でも、なぜお岩さんが化けて出るほど「うらめしい~」と思ったのか、詳しいことは御存じない方も多いのではないかと思います。毒を盛られて顔が崩れ、夫に捨てられ、死んで幽霊となり、自分を死に追いやった人間に次々と復讐するお岩さんですが、人間、単に「男に捨てられた」くらいでは、何人もの人をとり殺すまでには至りません。

 お岩さんの恨みは相当なもの。彼女は特別ひどい目にあったのでしょうか。あるいは、彼女が特別、執念深かったのでしょうか。それとも、これは女性なら誰にでも起こりうる話??
 死ぬに死にきれず、化けて出るほど恨めしい彼女の思いは、いったいどこからくるのか、そこに作用した彼女の性格とともにひもといていこうと思います。

第一子長女の宿命・婿取り
 私は、彼女が「女性ばかりのきょうだいの第一子長女」であることに注目しました。実は私もお岩さんと同じで女二人姉妹の長女。規則はしっかり守り、「悪い事」には決して近づかない、第一子長女にありがちと言われる「優等生」タイプでした。好奇心はいろいろあっても常識の枠から飛び出す勇気がなく、いつも「そんなことをしたら、ダメって言われる」とあきらめてばかりいたのです。

 そんな私ですが、一つだけ「枠」を気にせず生きられたものがあります。それは、恋。
「家を継ぐとかそういうことは、考えなくていい。名字なんて途切れていい。日本国憲法には『結婚は良性の合意にのみ基づき成立する』と書いてあるんだ。結婚が家と家との結びつきだった時代は終わったんだよ。だから好きな人と結婚しなさい」
 父が、幼い私をつかまえては繰り返しそう言ってくれたおかげで、私は婿取りのことなど微塵も考えず、能天気に恋をすることができました。でも、それは20世紀後半、私の娘時代であっても決して「普通」のことではなかったのです。

 私と同じく二人姉妹の第一子に生まれた友人は「恋をする前に、この人は長男かしら、次男かしら?と考えてしまう。それを聞かずに男の人とはお付き合いできない。結婚できない人を好きになるのがこわい」と真顔で言ったものです。それを聞いたときの衝撃は、今も忘れられません。
 戦後の、日本国憲法の下ですら、婿取りの宿命にからめとられた娘さんがいたのですから、江戸時代において、「家」や「婿取り」は本当に大問題だったことでしょう。

 お岩は武士・四谷左門の娘です。武家の娘で男のきょうだいがいないお岩は、長女として婿を取り、四谷の家名を守っていかなければなりません。父・左門が婿として娶せたのが同藩の藩士・民谷伊右衛門。お岩は伊右衛門と夫婦になり、お腹の中には子ができました。
 ところが、父がやってきて、お岩を実家に連れ戻そうとします。目をかけて婿にまでした伊右衛門が、藩のカネを横領するという罪を犯したと知り、実直な左門は伊右衛門との縁を切ることを決意したのです。

当然の義務だった親孝行
 実家に戻ったお岩に待っていたのは、苦しい生活でした。藩がお取りつぶしとなり、父親は浪人の身に。「武士は食わねど高楊枝」を地でいく誇り高き左門も、ついには浅草観音の境内で乞食のマネをするほどに落ちぶれてしまいます。
 生活力のない父を養うため、お岩はみごもっていながらも夜辻に立ち、けなげにも身を売ってまで生計を支えます。

 このように落ちぶれた四谷左門に対し、伊右衛門は離縁を取り消しお岩を返してくれとかけあいます。しかし左門が離縁を強行する理由が自分の悪事を知ったせいだとわかると、なんと舅を斬り殺すという暴挙に出た上に、お岩には「一緒に犯人を捜して仇を討とう」とうそぶくのでした。お岩は、伊右衛門の言葉を信じ、父の仇を討つことを心に決めて、再び伊右衛門と暮らし始めます。

 仇討ちとは、死んだ人の名誉のために生きている人の生活を犠牲にするということ。一見美しくヒロイックな行為に見えますし、お岩はそれを「当然だ」と思ってはいたでしょうが、親が生きている間だけでなく、死んだ後も親のために自分の人生を捧げなければならないとは、なんと息苦しいことでしょう。 (つづく)


【仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド】
http://kabukilecture.blog.jp/
【エンタメ水先案内人】
http://www.nakanomari.net

※WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『恋と歌舞伎と女の事情』が(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)が好評発売中です。
新刊発売を記念して開かれた著者・仲野マリさんとイラストレーター・いずみ朔庵さんのトークショーの模様はこちらをご覧ください。

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【なかの・まり】
1958年東京都生まれ、早稲田大学第一文学部卒。演劇、映画ライター。歌舞伎・文楽をはじめ、ストレートプレイ、ミュージカル、バレエなど年100本以上の舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家、ピアニストほかアーティストのインタビューや劇評を書く。作品のテーマに踏み込みつつ観客の視点も重視したわかりやすい劇評に定評がある。2013年12月よりGINZA楽・学倶楽部で歌舞伎講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を開始。ほかに松竹シネマ歌舞伎の上映前解説など、歌舞伎を身近なエンタメとして楽しむためのビギナーズ向け講座多数。
 2001年第11回日本ダンス評論賞(財団法人日本舞台芸術振興会/新書館ダンスマガジン)「同性愛の至福と絶望-AMP版『白鳥の湖』をプルースト世界から読み解く」で佳作入賞。日本劇作家協会会員。『歌舞伎彩歌』(衛星劇場での歌舞伎放送に合わせた作品紹介コラムhttp://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01)、雑誌『月刊スカパー!』でコラム「舞台のミカタ」をそれぞれ連載中。
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