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美しいくらし
続・イタリアの美しい村を歩く トスカーナ自由自在
中山久美子
第7回 ドロミーティ・ルカーネの円形劇場【カステルメッザーノ】


インターネット、そしてSNSの普及により、スマートフォン1つで世界のあらゆる場所を見られるようになりました。立体地図アプリも登場し、実際にその場にいるような感覚さえ味わえるようになった今、それでも人を旅へと向かわせる原動力とは、いったい何なのでしょうか?

緑の山が連なる中に、空を突き刺すようにそびえる灰色の岩々。そこにへばりつくように立ち並ぶ民家。初めてその景色を見た瞬間、「絶対にこの目で見たい!」と強く心を揺さぶられました。
それはイタリア南部バジリカータ州、標高830メートルにある村、カステルメッザーノ。『イタリアの美しい村を歩く』(2022年10月発売)の書籍化が決まり、取材場所を探していたときに見つけた村です。しかし、私が住むイタリア中部トスカーナ州からは約650キロメートルもの距離があります。ただでさえ遠いうえに公共交通機関の乗り換えも多く、当時は泣く泣く断念したのでした。
3年後、毎年夏に仕事でバジリカータ州のツーリスト・ヴィレッジに滞在するようになり、今年は家族も同じ場所で一緒にバカンスを過ごすことに。私の仕事が終わった後、家族とともに、ついに念願のカステルメッザーノを訪れることができました。

イオニア海沿いの滞在地から車で北西へ約1時間30分、くねくねの山道をしばらく行くと、木々の間から村が見えてきました。写真を撮ろうとスマートフォンを構えて車の窓を開けると、クーラーで冷えた頬に乾燥した熱波が突き刺さります。車から降りて村へ向かって歩き始めると、目の前に現れた景色は、何度も見ていた写真と同じもの。しかし、山独特の土や緑の香りが漂い、熱気でメラメラと揺らぐ空気越しに眺めると、「本当にここにやって来たんだ!」という感激で胸が熱くなりました。

村に入る途中、観光案内の係員に「アクティビティは予約してますか?」と尋ねられました。カステルメッザーノでは隣の村・ピエトラペルトーザとを結ぶジップライン「天使の飛行」をはじめ、村の高低差を利用して走るコースターなどのアトラクション、トレッキングなどのアウトドア・アクティビティに力を入れており、それを楽しみにやってくる観光客も多いからでしょう。私たちのお目当てはいちばん高い岩に刻まれた「ノルマンの階段」に上ることでしたが、この日は人手不足でガイド付き登頂体験は臨時休業中でした。
とはいえ、この村の何よりの見どころは、岩と一体化した村そのものの景観と、それを取り囲む雄大な自然を五感で感じること。ギラギラと照りつける太陽を全身に浴びながら先へ進みます。

「イタリアの最も美しい村」協会の看板が立つ狭い道には、トラックが止まっていました。その脇をすり抜けて中心の広場まで進むと、道や教会のファサード(正面外観)に電飾を組んだルミナリエが設置されています。作業員に尋ねると、3日後の8月19日に行われる、守護聖人サン・ロッコのお祭りの準備なのだそう。
「聖人像を担いで住民が村を歩いたり、コンサートや花火もあるんだよ。せっかくだから見てから帰ったらいいのに」
そう作業員に勧められました。それができればどれだけいいか……。けれど、ここからの家路は長く、残された時間はあと1時間。村の東西を走るメーンストリートを足早に歩きます。

その両脇からは上下に路地や階段が伸び、斜面に沿って民家が段々に連なっています。中には岩そのものを建物の一部としているものも見つけました。目的の「ノルマンの階段」を目指して東へ進むと、道幅はだんだん狭くなり、最後は頭上に覆いかぶさるような急な階段を上っていきます。展望スポットは、もうすぐそこです。

                
展望スポットに着くと、突然視界が開け、一面の緑と青空が目に飛び込んできました。その瞬間、びゅっと空を横切るものが……。よく見ると、空にはワイヤーが伸びています。これがカステルメッザーノとピエトラペルトーザの2村を結ぶジップライン「天使の飛行」です。
2つの村の間には往復できる2本のラインがあり、長さは約1400メートル。地上からの高さは最大450メートルで、最高時速は時速約120キロにも達するのだとか。専用のハーネスで吊られ、うつぶせの状態で滑走するのですから、想像しただけでも鳥肌が立ちます。絶叫系アトラクションが好きで、これを見るまでは興味があった次男も、実際に飛んでいる人を見て、「やらなくてよかった」と胸をなでおろしていました。

展望スポットからさらに階段を上ると、ようやく「ノルマンの階段」の下へ到着しました。巨大な岩の表面に掘られた54段の階段を上ると、頂上からはバセンテ渓谷が見渡せるそうです。それもそのはず、カステルメッザーノはイオニア海から攻めてくるサラセン人から逃れた人々が、10世紀ごろに移り住んだとされる村。東側にそびえる岩から石を転がせば敵を退けることができる、天然の要塞のような場所だったのです。
その後、ロンゴバルド人の支配を経て、ノルマン人がこの地に城塞を築きました。周囲を監視するため、最も高い岩に刻まれたのが、現在の「ノルマンの階段」というわけです。


1000年以上前の歴史浪漫に浸りつつ、ガクガクになった足で階段を踏み外さないように注意しながら下り、ゆっくりと村へ戻りました。メーンストリートの半ばまで差し掛かったころ、行きでは気づかなかった路地が目に留まり、その道を下ってみました。すると、岩を背にした村の全景がいっそう間近に見えるではありませんか!
どうやらそこはレストランのテラス席。この壮大な景色を眺めながら、しかも夕暮れから夜へと移ろう時間帯に食事をしたら、どれほど格別だろうか。
カステルメッザーノを取り囲む岩峰は「ドロミーティ・ルカーネ(バジリカータ州のドロミテ)の円形劇場」とも呼ばれます。その名のとおり、目の前に広がる景色は、まさに自然がつくり上げた舞台を鑑賞しているかのよう。ここで食事をしたら、これ以上のショーはないと思えるほどの美しさに酔いしれるに違いありません。ようやく訪れることができた村で、こんな絶景に出会えたというのに、急ぎ足で帰らなくてはならない日程を少し悔やみました。

レストランに掲げられたプレートには、こんな言葉が記されていました。
「バジリカータで見られるのは、野原、ブドウ畑、美しい風景。大地のあるべき姿です」
これは映画『ゴッドファーザー』の監督、フランシス・フォード・コッポラが残した言葉です。祖父がバジリカータ州ベルナルダの出身で、コッポラ自身も同地の名誉市民となっています。
世界遺産のマテーラで知られるバジリカータ州ですが、その魅力は決してそこだけではありません。雄大な自然と、そこに点在する個性豊かな村々がまだまだ隠れているはずです。
またいつかこの地を訪れてみよう。そう心に強く誓いました。(つづく)


【村への行き方】
ナポリ中央駅(Napoli Centrale)から直通電車でポテンツァ中央駅(Potenza Centrale)まで2~3時間50分。ポテンツァから直通バスで45分または乗り換え1回で約1時間20分。


(写真提供:中山久美子)

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/

好評既刊『イタリアの美しい村を歩く』
中山久美子 著


定価2200円(税込)

トスカーナ州の田舎町に暮らす著者が、これまでに訪れた「イタリアの最も美しい村」の中から“忘れられない”30の村をセレクト。「飾らない、ありのままのイタリアを伝えたい」という思いから、電車やバスに揺られながらのローカルな雰囲気が楽しめる村を北部から南部までラインアップ。旅先での出会いやエピソードをちりばめながら、心に沁みる美しい村の魅力を綴る。「イタリアの最も美しい村」協会推薦本。

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【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。早稲田大学第一文学部西洋史学専修卒業。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。多彩な分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村など各地の魅力を発信している。著書に『イタリアの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『イタリア流。世界一、人生を楽しそうに生きている人たちの流儀』(大和出版)、『イタリアの笑みさそわれる愛おしい暮らし365日』(自由国民社)がある。
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