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美しいくらし
続・イタリアの美しい村を歩く トスカーナ自由自在
中山久美子
第4回 ダンテたちが描いた悲しい愛の物語【グラダーラ】


「せっかくだから、私たちが結婚式を挙げた村に行かない?」

2021年の夏、イタリア中部マルケ州のアドリア海沿いでバカンスをすることになった私たち家族。目的地へ向かう途中、しばらく会っていなかった日本人の友人家族が住む町を通るため、一緒にランチをすることになりました。そこで彼女からかけられたのがこの言葉です。彼女が勧めてくれたのは、グラダーラという小さな村。イタリアの村ナンバー1を決めるTV特別番組「Borgo dei Borghi」で2018年に1位に輝いた美しい村です。ちょうど私が以前から行ってみたかった村でした。

Rocca d'A...mareで味わった、海の前菜盛り合わせ

彼女の家からグラダーラまでは、車で15分ほど。私たちが高速道路を降りるタイミングで連絡を取り、村のふもとで待ち合わせました。そして彼女が予約してくれたレストラン「Rocca d'A...mare」へ向かいました。店名の「Rocca」はこの村のシンボルでもある「城塞」を意味するイタリア語、その後に続く「d'A...mare」は「Da mare(海の)」と「D'amare(愛する)」という2つの言葉を掛け合わせているようです。海に近いシーフード料理店だけに「海の」の意味はすぐに見当がつきましたが、「愛する」の意味は食後に村を歩きながら知ることとなります。

みんなでシーフード料理を堪能した後は、楽しみにしていた村の散策へ。レストランは城壁のすぐ外にあり、そこから遊歩道を進むと、4つある門のひとつにたどり着き、その門から村に入ります。するとすぐ、「Il Bacio(キス)」というレストランが目に入りました。そういえば、先ほど歩いてきた遊歩道には「Passeggiata degli Innamorati(恋人たちの散歩)」という名前が付いていました。
「愛だとかキスだとか、どうしてそんな名前ばかりが付いているか知ってる? グラダーラは、パオロとフランチェスカの愛の村なのよ」


愛する2人の物語といえば、同じイタリアにある世界遺産の町・ヴェローナを舞台にしたシェイクスピア作『ロミオとジュリエット』を連想する方が多いのではないでしょうか。ロミオとジュリエットは架空の人物ですが、パオロとフランチェスカはこの地に実在した人物でした。14世紀にダンテが『神曲』地獄編・第5歌で描き、その後も19世紀から20世紀にかけて活動した文豪ダヌンツィオの戯曲など、何世紀にもわたっていくつかの作品に取り上げられた、悲恋の象徴ともいえる2人です。

物語は13世紀後半。グラダーラの少し北にあるラヴェンナーチェルヴィア領主の家に生まれたフランチェスカは、父の政治的思惑により、マラテスタ家のジョヴァンニと政略結婚させられることになりました。しかし、美しい彼女が容姿に恵まれないジョヴァンニとの婚姻を拒む可能性があると考えた周囲は、ある策略を企てました。ジョヴァンニの弟で、兄とは対照的にハンサムだったパオロをラヴェンナに送り込み、ある女性を通じて、フランチェスカにパオロが彼女の結婚相手だと思い込ませたのです。こうして彼女は喜んで婚姻を受け入れました。ところが、実際に結婚した相手は兄のジョヴァンニであることを後になって知らされ、フランチェスカは嘆き悲しみます。
その後、友人の助けもあってフランチェスカはパオロが所有するグラダーラの城でパオロと再会。2人は恋に落ちますが、それに気づいたジョヴァンニが黙っているはずはありません。彼らが密会し、キスを交わしたその瞬間に部屋に踏み込み、妻と弟の2人を殺害してしまったのです……。

実在の人物に基づいているとはいえ、このストーリーがどこまで史実に即しているのかは明らかになっていません。それでもグラダーラを訪れ、城塞の中を歩いていると、これが単なる作り話だとは思いたくない気持ちになるでしょう。


城塞の建設は12世紀、もともとは海からの攻撃を監視する駐屯兵の宿泊所でした。その後、13世紀にマラテスタ家の所有となり、さらにスフォルツァ家やチェーザレ・ボルジアといった有力者の手に渡りながら幾度も修復と改築が重ねられていきます。20世紀には史実や文学作品の記述をもとにした改装も施され、現在の姿になりました。
城内は中庭や拷問部屋、客間、礼拝堂など、全部で17カ所を見学することができます。中でも印象的なのが「フランチェスカの部屋」です。ここはダヌンツィオの作品から着想を得て再現された空間で、パオロとの恋を取り持ったとされる本「ガレオット」を置いた書見台や、2人が脱走を試みた揚げ戸など、ダンテの時代から語り継がれてきた場面が、中世の調度品や衣装とともによみがえっています。

城塞だけでなく、村をぐるりと囲む城壁がほぼ完全な形で残っているグラダーラは、中世の面影を色濃くとどめるイタリア屈指の村。「イタリア中世の首都」と称されるほど、当時の建物や街並みが大切に保存されています。
その城壁へ上ると、全長約800mのうちおよそ700mを歩けるようになっています。村の標高は142メートルとそれほど高くありませんが、そのぶん村内の建物をほぼ同じ目線で眺めることができ、さらに塔に登れば周辺の緑豊かな自然や、その奥に広がる紺碧のアドリア海も望めます。この一帯は庶民的なビーチリゾートとして人気が高く、私たちが訪れた日も、ビーチバカンスの合間に足を延ばした観光客でにぎわっていました。
淡いピンクの内壁が美しいサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会や、カラフルな花が咲き乱れる路地を歩いていると、愛のストーリーが今も息づいているかのようなロマンチックな空気に包まれます。そして極めつきは、村の南西に立つ時計塔の門でした。

赤い看板に描かれているのは、今にもキスをしようとしている恋人たちのシルエット。そこには「#Baciami」「#Kissme」、つまり「私にキスして」という文字が書かれています。ここは恋人たちがキスをしている写真を撮り、SNSに投稿するための撮影スポットというわけです。

この村が歴史上の悲恋の物語を地域振興に活用している例は、これだけではありません。観光協会の公式サイトには「理想の結婚をグラダーラで」というコンテンツがあるほど、イタリア国内外のカップルに向けて挙式プロモーションを積極的に展開。時計塔の中にある市議会ホール、市立劇場、ヴィラやオリーブ畑など、挙式が行えるさまざまなロケーションを提供し、新郎新婦を歓迎しています。そういえば、私たちをここへ誘ってくれた友人夫婦も、この村で結婚式を挙げたカップルの1組でした。

悲しい結末を迎えたパオロとフランチェスカ。その一方で、現代のグラダーラでは世界中の恋人たちが愛を実らせています。そんな幸せそうなカップルたちを、あの2人もきっと空の上からほほえましく眺めていることでしょう。(つづく)



【村への行き方】
ボローニャ中央駅(Bologna Centrale)から直通電車または1回乗り換えで、カットーリカ-サン・ジョヴァンニ-ガビッチェ駅(Cattolica-S. Giovanni-Gabicce)まで1時間20分~2時間、そこからバスで約15分。


(写真提供:中山久美子)

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/

好評既刊『イタリアの美しい村を歩く』
中山久美子 著


定価2200円(税込)

トスカーナ州の田舎町に暮らす著者が、これまでに訪れた「イタリアの最も美しい村」の中から“忘れられない”30の村をセレクト。「飾らない、ありのままのイタリアを伝えたい」という思いから、電車やバスに揺られながらのローカルな雰囲気が楽しめる村を北部から南部までラインアップ。旅先での出会いやエピソードをちりばめながら、心に沁みる美しい村の魅力を綴る。「イタリアの最も美しい村」協会推薦本。

●書籍の詳細・購入は⇒

こちら


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【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。早稲田大学第一文学部西洋史学専修卒業。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。多彩な分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村など各地の魅力を発信している。著書に『イタリアの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『イタリア流。世界一、人生を楽しそうに生きている人たちの流儀』(大和出版)、『イタリアの笑みさそわれる愛おしい暮らし365日』(自由国民社)がある。
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