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美しいくらし
続・イタリアの美しい村を歩く トスカーナ自由自在
中山久美子
第3回 ローマから電車でふらり、教皇の避暑地へ【カステル・ガンドルフォ】


息子たちが大きくなって家族で出かける機会が減り、私の小さな村巡りは出張の前後に組み合わせることが多くなりました。今回訪ねたのはローマ近郊の村、カステル・ガンドルフォ。3月初旬の出張で、仕事は午前中だけ、家路につく前にどこか立ち寄れないかと思い巡らせ、この村が頭に浮かびました。実は約2年前の2024年に別の仕事で一度訪問しています。ただその時は時間が足りず、見られなかった場所もあり、リベンジのチャンスを伺っていました。なんと言っても、ローマから鈍行列車でたった45分。日本からローマを訪れる旅行者にもぴったりの小さな村なのです。

村の外れから望むアルバーノ湖

電車に揺られて30分ほどすると、車窓の向こうにアルバーノ湖が見えてきます。その湖畔にある村の一つがカステル・ガンドルフォ。前回は駅前からバスに乗ったのですが、本数が少ないうえ、思いのほか時間がかかった記憶があります。同じ電車を降りた人に聞いてみると、坂道だけど徒歩15分くらいで行けるのだとか。そこで車道ではなく教えてもらった裏道を進み、アルバーノ湖を見ながら村の中心を目指しました。

村の起源は紀元前まで遡りますが、現在のように広く知られるようになったのは、ローマ教皇の夏の避暑地となってから。1596年、莫大な借金に苦しんでいた当時の所有者、サヴェッリ家から教皇庁会計院が差し押さえたことがきっかけでした。
1623年、教皇に就任したウルバーノ8世は村や教皇の宮殿の整備に着手し、2代あとのアレッサンドロ7世はサン・トンマーゾ・ダ・ヴィッラノーヴァ教会やその前の噴水の設計を芸術家・ベルニーニに依頼。ウルバーノ8世以降、教皇国家の終焉からヴァチカン市国の誕生までの約60年を除いては、歴代教皇たちが夏をこの村で過ごしてきました。しかし前教皇のフランチェスコはここにほとんど滞在しなかったため、2016年から宮殿は博物館として一般公開されるようになりました。ヴァチカン市国の専用サイトから予約でき、見学はガイド付きツアー形式のみ。歴代教皇の肖像画のギャラリーから礼拝堂、書斎、寝室など教皇が使用していた部屋、大広間や秘密の庭園まで、見ごたえは十分です。教皇たちがここでどんな時間を過ごしていたのか、いろいろな想像が膨らみました。

教皇の宮殿は前回見学していたので、今回の目的はその時に行けなかったバルベリーニ庭園です。こちらもヴァチカン市国の専用サイトからの予約制で、徒歩ツアーとエコロジーカートツアーの2つから選べるようになっています。平日1日に1回しかない徒歩ツアーには間に合わないので、ほぼ毎時間出発するエコロジーカートツアーに申し込みました。結果的には正解でした。というのも、敷地は55ヘクタールの広さもあり、徒歩ツアーだとアップダウンもある約3キロのルートを1時間30分で歩かなければならなかったから。エコロジーカートなら、見どころでは散策も交えながら効率よく1時間で回ることができます。

予約チケットに「20分前に集合」と書かれていたため、当日、村に到着してすぐに庭園に向かいました。すると入口にはトランシーバーを持ってイヤホンをかけ、サングラスとスーツでビシッと決めたSPのような係員が2人立っています。少し緊張しつつ声をかけると、「まだ早いから5分前でいいよ」と拍子抜けするほど気のない返事が返ってきました。そこで広場に戻って教会をのぞいたり、1820年に世界で最初に設置された郵便ポストの前のベンチで休憩したりして時間をつぶした後、再び入口へ。私と同じ14時に予約していたカップルと合計3人でのツアーの出発です。

エコロジーカートは屋根付き3列シートのオープンタイプ。3月初旬のまだ冷たい春風を感じながら糸杉が並ぶ直線道を走り抜け、ガイドさんの説明とオーディオガイドを織り交ぜて要所を回っていきます。
庭園内には古代ローマ時代のドミツィアーノ皇帝の別荘跡や、現在のローマ教皇レオーネ 14世が夏に滞在するバルベリーニ宮などが点在しています。「夏に来たら、教皇を偶然お見かけする、なんてこともあるのですか?」。そう質問すると、ガイドさんの答えはノー。教皇滞在時は立ち入り区域を制限した別ルートになるそうです。


オリーブ畑やバラ園、ハーブ園、噴水や彫刻も素晴らしかったですが、なにより感動したのはイタリア式庭園。左右対称の幾何学模様の庭園は、テラスからその端正な美しさが一望できるように設計されています。私たちもテラスに降り立ち、イタリア式庭園の造形や古代ローマ時代の遺構、木々の向こうに見えるパノラマを満喫しました。

こうして今回最大の目的を果たした後は、電車の時間まで村をぶらぶら散策することに。前回訪問したとき見つけたかわいらしい路地を歩いていると、窓際に置かれたプレートのフレーズに目が留まりました。

「思考はパラシュートと同じだ。開かれて始めて機能する」

次の窓には、植木鉢とともに別のフレーズ。

「美はフィルターを通して見るものではない。携帯電話は置いておこう」

そのフレーズをまさに携帯電話で撮影しようとしていた私は、思わず指を止めました。ライターという仕事柄か、旅行はもちろん日常でも目で楽しむ前に写真撮影を優先してしまいがちな私。リアルな世界を自分の目や耳で楽しむこと、または他の人と過ごすことがおろそかになっていないだろうか……そんなことを考えさせられました。メーンストリートに戻ると、別のお店の窓にも同じようなフレーズが掲げられているではありませんか。

「愛は愛、芸術は芸術。そこに区別はない」
「あなたが幸せに感じることをしなさい、あなたは額のない絵画なのだから」


気になって店に入ると、さらにこんな問いかけが続きます。

「あなたは今日、笑顔になりましたか?」

奥で作業をしていた女性スタッフに声をかけると、実は彼女こそがこれらのフレーズの仕掛人。その前に見たフレーズも知人から頼まれて彼女が書いたものでした。

彼女の名前はドーダ。主にリサイクル素材を使った作品を制作しているアーティストで、同じくアーティストで共同経営者のマルコさんとともに、この店で作品を販売しています。
「本やSNSで見つけて印象に残った言葉を書いているの。私のカリグラフィーを気に入った知人たちが、私の窓にも飾りたいから書いてって頼んでくるのよ」
そう言って店の外に出ると、向かいの建物に取り付けられた木製パネルを指さしました。そこには、ロープにぶら下がったネズミが絵が。穴の開いた壁をふさぐだけでなく、絵で通りを行き交う人の心を和ませてくれているのです。

店の窓を彩るプレート

作品を制作するドーダさん


「そうそう、今は時間外だから入れないけど、ここはかつて地下にあったワインセラーを再利用した小劇場なのよ」「そうだ、村の外れにあるステンドグラスのお店は行った?」。ドーダは村の隠れた名所も次々と教えてくれました。もっと話を聞いていたかったのですが、「さすがに店を無人にはできないわ。また来てね!」と笑いながら店に戻っていきます。私も電車の時間が近づいていたので駅へ向かいました。

ローマ教皇の避暑地として知られるカステル・ガンドルフォ。有名な宮殿や庭園だけでなく、実際に歩いてみると、素敵な場所もたくさん見つけられました。ローマからこんなに近いのに、美しい山や湖、そして小さな村が点在するこのエリアは、教皇だけでなく多くの人にとってもホッとひと休みできる安息の地なのかもしれません。 ローマの喧噪に疲れたら、ふらりと訪れてみませんか?(つづく)



【村への行き方】
ローマ・テルミニ駅(Roma Termini)から電車でカステル・ガンドルフォ駅(Castel Gandolfo)まで約45分、そこから徒歩で約15分。


(写真提供:中山久美子)

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/

好評既刊『イタリアの美しい村を歩く』
中山久美子 著


定価2200円(税込)

トスカーナ州の田舎町に暮らす著者が、これまでに訪れた「イタリアの最も美しい村」の中から“忘れられない”30の村をセレクト。「飾らない、ありのままのイタリアを伝えたい」という思いから、電車やバスに揺られながらのローカルな雰囲気が楽しめる村を北部から南部までラインアップ。旅先での出会いやエピソードをちりばめながら、心に沁みる美しい村の魅力を綴る。「イタリアの最も美しい村」協会推薦本。

●書籍の詳細・購入は⇒

こちら

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【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。早稲田大学第一文学部西洋史学専修卒業。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。多彩な分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村など各地の魅力を発信している。著書に『イタリアの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『イタリア流。世界一、人生を楽しそうに生きている人たちの流儀』(大和出版)、『イタリアの笑みさそわれる愛おしい暮らし365日』(自由国民社)がある。
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