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美しいくらし
続・イタリアの美しい村を歩く トスカーナ自由自在
中山久美子
第1回 清らかな渓流とロマネスクの教会【ローロ・チュッフェンナ】
「イタリアの最も美しい村」協会※に認定された30の村をめぐる好評既刊『イタリアの美しい村を歩く』。その発売から3年、著者・中山久美子さんの“村歩き”が再び始まります。イタリアには、華やかな観光地とはひと味もふた味も違う、素朴で温かな魅力を放つ村がまだまだたくさん! 現地在住25年、旅をこよなく愛し、地方の風景にも心を寄せてきた中山さんが、その中から選りすぐりの村々へと案内してくれます。


ガイドブックに載るような有名観光地に比べ、小さな村の情報は意識して探さないかぎりなかなか目に入りづらいもの。しかし探していなくても、ちょっとしたきっかけでその存在を知り、実際に足を運んでみて「行ってよかった!」と思うことも少なくありません。ローロ・チュッフェンナもまさにそんな村の一つです。

きっかけは、友人がSNSに投稿していた教会の写真でした。中世前期に建設された教会(Pieve)の中でもトスカーナを代表するロマネスク様式の教会だと知り、どうしても実物を見たくなって、ある年の夏、家族で訪問することにしたのです。教会があるのはフィレンツェとアレッツォの間、アルノ渓谷と呼ばれるエリアに位置する、グロピナという集落。そのグロピナに向かう途中、すぐその手前にあるのがローロ・チュッフェンナの村です。
トスカーナ州北部の田舎にある我が家からもフィレンツェからも車で1時間ちょっと。ローロ・チュッフェンナを横目に見ながらまずは目的の教会へ向かいました。住宅街を抜けてオリーブ畑に囲まれた細い道を抜けると、ほどなくグロピナにたどり着きます。集落の中心に静かに佇む教会は、記録によると774年にはすでに信仰の場として存在し、12~13世紀に現在の形に。その後も数々の増改築が行われ、1522年には建物の正面であるファサードにメディチ家の紋章が取り付けられました。当時ここはメディチ家が統治するフィレンツェ共和国の領地で、その紋章はメディチ家出身のローマ教皇レオ10世に捧げられたものだったそうです。

薄暗く、シーンと静まりかえった教会の内部。建物の外も中もすべてが淡い茶とグレーの天然石そのままで、祭壇画やフレスコ画などといった装飾は一切ありません。華やかさはないものの、そのぶん建築のディティールが際立っています。一つ一つ造形の異なる柱頭や9世紀のものとされる説教壇の彫刻は、自然や動物がどこかユーモラスなタッチで表現されていて、眺めていると自然と笑みがこぼれます。

一方、友人が投稿した写真から「この目で見たい」と魅せられた後陣は、二重構造になった手前の壁に七つのアーチが連なる繊細な造りです。暗い空間の中に浮かび上がる様は、写真で見る以上に神秘的な美しさでした。外に出て教会裏の原っぱに回ってみると、後陣裏側の上部にも、さらに小さなアーチがいくつも施されています。原っぱに寝ころび、その端正な後姿をしばらく眺めながら過ごした時間は、ちょっとぜいたくな休憩になりました。

グロピナの集落は教会以外に数軒の民家があるだけ。そこで「せっかくだから」と、来る途中に見かけたローロ・チュッフェンナにも立ち寄ることにしました。下調べをしていなかったため、まずは駐車場からすぐの橋を渡り、その先にある観光案内所へ。ところが、橋の上から見た村の全景があまりにも美しく、ついでのつもりだった村歩きが俄然楽しみになりました。案内所で見どころが記された地図をもらったおかげで、当時はまだ幼く、歩くのをごねていた子どもたちもやる気マンマンに。地図を片手に小さな冒険のスタートです。

一つ目の見どころのために再び橋の上に戻ってふと眼下を覗くと、渓流から橋までがけっこうな高さでびっくり! 見た感じはマンションの4~5階くらいの高さがあり、思わず足がすくみます。岩の間を縫うように流れるこの美しい渓流はチュッフェンナ川。村名の由来をたどると、1050年の記録されている元々の名は「ローロ」で、1863年にこの川の名前が付け加えられてローロ・チュッフェンナになったそうです。ちなみにローロとは、このエリアに多く自生しているローリエ(イタリア語でアッローロ)を意味するラテン語で、町の市章には3本のローリエの木が描かれています。

さてお目当ては、渓流の東側にある水車。現在機能しているものの中ではトスカーナ最古とされています。かつてはこの周辺には栗の粉挽きのための水車がたくさんあったそうですが、第二次世界大戦後に次々に撤去され、今も残るのは1100年ごろに建設されたこの1基だけだそうです。

村でひときわ目立っているのは、可愛らしいピンク色の時計の塔。かつて城塞の門があった場所ですが、そのアーチは通らずに次の見どころである石橋へ向かいました。これはローマ時代の橋を中世に再建したもので、中央に向かって少し盛り上がった「ロバの背中」と呼ばれる形状です。長い歴史を感じさせる古びた佇まいに加え、脇の石壁が低いため、子どもたちは怖がって小走りに駆け抜けてしまい、つられて追いかけるように私と夫も石橋を渡りました。

橋の上から見た水車

建物の下を抜ける路地


そこから最後に目指したのは、地図に示されたサンタ・マリア・アッスンタ教会です。しかし、民家が密集していて、地図にあるはずの道がどうしても見つかりません。あちらへ行きこちらへ戻りと迷っているうちに「それ以外は考えられない」という、民家の外壁に取り付けられた石の階段に行き当たりました。私有ではないかとためらいつつも上ってみると、なんとその先は路地に続いているではありませんか! そうして何とか地図の印の場所までたどり着いたものの、目の前にあったのは石壁に開いた入口だけ。教会の顔ともいえるファサードはどこにも見当たらず、教会側面と民家が完全にくっついて建てられていたのです。
この教会はもともと、中世にアルノ川渓谷やその北のカゼンティーノ地方を支配していたグイーディ家の私有礼拝堂で、1275年から教区教会としての記録が残っています。14世紀にフィレンツェ共和国の支配下におかれた後に拡張され、当時の城壁にあった塔の一つも組み込まれたのだそう。その姿は車道に面した後ろ側から見ることができます。内部は側廊のない簡素な造りですが、左右のフレスコ画や板絵が空間に彩りを添えている中、奥に置かれた黄金に輝く祭壇画がひときわ目を引きました。

こうして村の散策は1時間ほどで終わりました。さっと歩けば30分もかからない小さな村ですが、子どもたちに地図を託したおかげで道に迷ったぶん、私たち大人だけではきっと通らないような道を抜けたり、遠回りをしたのかもしれません。けれど、小さな村だからこそ道順や効率にとらわれず、気ままに歩き回ったり、ふと立ち止まったりすることで思いがけない素敵な場所に出会えるもの。家屋を飾る花や壁に取り付けられたプレート、気づかないと見逃してしまいそうな紋章など、どれも大きな見どころではないけれど、こうした小さなパーツがその村らしさを形づくっています。そんな小さな発見に心を動かされることこそが、小さな村めぐりの醍醐味ではないかと改めて感じることができました。

教会がきっかけでこの村、このエリアに向かうことになりましたが、その往復の道中で見たこの地ならではの自然に強く惹かれ、今度はそれをじっくり見ようと後日再訪することになります。旅は1度で完結するものではなく、数珠のようにつながっていくもの。だからやめられないのかもしれませんね。その続きの旅については、また次に紹介したいと思います。(つづく)

【村への行き方】
フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅(Firenze S.M. Novella)から電車でサン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ駅(S.Giovanni Valdarno)まで30分から1時間、そこからバスで約30分。グロピナはローロ・チュッフェンナから徒歩で約25分、車で約5分。

※「イタリアの最も美しい村」協会:歴史的価値のある建造物や豊かな景観を有する小規模地域を対象に、保全や活性化の支援に取り組む民間団体。協会が定める厳しい基準を満たした村だけが加入を認められている。

(写真提供:中山久美子)

【トスカーナ自由自在】https://toscanajiyujizai.com/

好評既刊『イタリアの美しい村を歩く』
中山久美子 著


定価2200円(税込)

トスカーナ州の田舎町に暮らす著者が、これまでに訪れた「イタリアの最も美しい村」の中から“忘れられない”30の村をセレクト。「飾らない、ありのままのイタリアを伝えたい」という思いから、電車やバスに揺られながらのローカルな雰囲気が楽しめる村を北部から南部までラインアップ。旅先での出会いやエピソードをちりばめながら、心に沁みる美しい村の魅力を綴る。「イタリアの最も美しい村」協会推薦本。

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【なかやま・くみこ】
兵庫県出身。早稲田大学第一文学部西洋史学専修卒業。28歳でフィレンツェ留学、のち現地で結婚。現在はフィレンツェ北部の田舎で、夫・息子2人の4人暮らし。多彩な分野の取材・視察・ビジネスのコーディネイトと通訳を一貫して行う。趣味の旅行とトスカーナ愛が高じて、ウェブサイト「トスカーナ自由自在」を2015年に開設。日常生活を紹介するとともに、郷土料理や祭り、生産者、小さな村など各地の魅力を発信している。著書に『イタリアの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『イタリア流。世界一、人生を楽しそうに生きている人たちの流儀』(大和出版)、『イタリアの笑みさそわれる愛おしい暮らし365日』(自由国民社)がある。
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