第5回 マッジョーレ島と湖畔の村巡り(前編)【パッシニャーノ・スル・トラジメーノ】
イタリアでは公共交通機関トラブルが頻繁に起こるため、仕事で移動するときは可能な限り前倒しで目的地へ向かうようにしています。
2024年9月も、かなり早い時間の電車でイタリア中部、ウンブリア州の州都ペルージャへ向かっていました。幸い電車は定刻通り。これなら大幅に時間が余りそうです。ペルージャで何をして過ごそうかと思いを巡らせていると、車窓の向こうにトラジメーノ湖が見えてきました。
「次で降りよう!」
そう思い立ち、スーツケースを抱えて途中下車したのが、パッシニャーノ・スル・トラジメーノ。『イタリアの美しい村を歩く』刊行時に
「イタリアの最も美しい村協会」のフィオレッロ・プリミ会長との対談でも話題に上がった、電車で気軽に訪れることのできる美しい村のひとつです。
イタリアには約1500もの湖があります。湖水地方と呼ばれる北部の湖が世界的にはよく知られていますが、このトラジメーノ湖も国内最大のガルダ湖、マッジョーレ湖、コモ湖に次ぐ、イタリア第4位の面積を誇ります。息子たちが小さかったころ、湖水浴をしにトラジメーノ湖最大の島・ポルヴェーゼ島を訪れたことはありましたが、湖畔の村へ行くのは今回が初めて。駅から湖畔の旧市街を目指し、スーツケースをひきながら歩き始めました。
歩いて5分もしないうちに、右手に湖が見えてきました。地元の子どもたちが遊ぶ湖畔の公園を横切り、せっかくなので湖沿いの遊歩道から旧市街を目指します。旧市街の前の桟橋まで来ると、「ボートのパリオ」と書かれたパネルがふと目に留まりました。パリオとは、イタリア各地で行われる地区対抗の競技大会のことで、専用サイトによると、パッシニャーノのパリオが始まったのは1984年。ルーツは約500年前の史実にあり、それをもとに現在の競技が誕生したのだそうです。
その出来事は1495年に起こりました。この地域の有力家系であるオッディ家は、敵対していたバリオーニ家に追い詰められ、パッシニャーノに籠城していました。状況を打破する最終手段として、彼らはボートを担ぎ、城門を破って湖まで走り、水上から脱出することを試みます。逃亡は失敗に終わりましたが、その場面は今も毎年7月の最終日曜日に開催されるパリオの中で再現されています。参加するのは村の4地区。湖上をスタートした漕ぎ手たちがボートで桟橋に到着すると、今度は走者たちが陸用ボートを担ぎ、交代しながら村の狭い路地を駆け抜けます。桟橋に戻ったら、再び漕ぎ手たちがボートを走らせて湖畔のゴールへ――。すさまじい迫力と、それを見守る地元の人々の熱狂が目に浮かぶようです。
桟橋の正面にある広場から村に入り、要塞に向かって歩いてゆくと、サン・ベルナルディーノの階段にさしかかります。鋭く折れ曲がるカーブが続く104段のこの階段は、パリオの重要な見せ場です。その中でも最難関とされるのが「Alzata dell'orologio(時計の持ち上げ)」と呼ばれるポイント。時計塔のふもとにあるカーブはあまりに狭く、ボートを担いだままでは曲がりきれません。そのため走者たちは、いったん側壁の上にボートを持ち上げて置き、カーブの先で待つ別の走者たちがそれを受け取り、再び担ぎ上げてレースを続けます。ボートの長さは約5メートル、重さは約90キロもあるというのですから、どれだけ過酷なのでしょう……。
そのシーンを想像しながら最後のカーブを曲がると、時計塔の前に到着しました。ところが、塔に上るための入り口が見当たりません。後で調べてみると、この塔は最後の籠城の場所として造られたため、別の建物を通じてしか入れない構造になっているのだそうです。楽しみにしていたパノラマは、要塞までお預けとなりました。
要塞の起源は5~6世紀で、現在見られる姿は、中世までに改築されたもの。第二次世界大戦で受けた被害は近年に修復され、2008年から一般公開が開始されました。内部には小さなボート博物館も併設され、入り口にはワインやドライフルーツなどの特産物を扱う販売所やカフェもあります。お土産の調達やひと休みにもよさそうな場所です。
そしていちばんの見どころは、要塞に立つ32メートルの塔から眺める絶景です!
湖に浮かぶ3つの島はもちろん、晴れた日には対岸までくっきりと見渡すことができます。空の青、湖の青、眼下はレンガ色の町並み。振り返れば「緑のハート」と称されるウンブリアらしい鮮やかな緑の山々が連なっています。いつまでもこの景色の中に浸っていたい……。そんなふうに思わせてくれる、心が洗われるような眺めでした。
とはいえ、残念ながらこの後には仕事が控えています。要塞の受付に預けたスーツケースを受け取り、行きとは違う路地を楽しみながら坂を下っていきました。魚のうろこのような模様の石畳や、イノシシが迎えてくれる肉屋さん、広場にカラフルな商品を陳列した陶器屋さんに後ろ髪を引かれながら、私の途中下車の旅はこうして終わりました。
それから2年後、またペルージャで仕事が入り、パッシニャーノを再訪するチャンスがやってきました。けれど今回は、パッシニャーノはあくまでも経由地。というのも、以前私がこの村を勧めて実際に訪れた方に感想を尋ねたところ、「マッジョーレ島もよかったですよ!」と教えてもらったからです。次にペルージャ方面に行くことがあれば、絶対にマッジョーレ島に行くぞ! そう決めていました。
仕事の翌朝、ペルージャからパッシニャーノまで電車で移動し、急いで湖畔のフェリー乗り場へ向かいました。切符を購入してフェリー到着を待ちますが、さすがイタリア。船着き場のどちらのゲートに到着するのか表示はなく、週末で家族連れの乗客も多いのに、係員からの案内もありません。やがてフェリーが到着するゲートがわかると、人、ベビーカー、犬までもが一気に押し寄せました。その流れに身を任せながら、なんとか私も乗船することができました。
まだ5月の半ばだというのに、屋根のないデッキに腰を下ろすと、日差しがギラギラと照りつけてきます。ところがフェリーがひとたび動き出すと、汗ばんだ額を心地よい風が撫でてくれ、気分は爽快! パッシニャーノが小さくなっていくのと入れ替わるように、前方の島がだんだんと近づいてきます。
最初は1つの島に見えていたものも、近づくにつれて2つの島であることがわかりました。手前にあるのが、その名のとおり3島の中で最も小さいミノーレ島。そのすぐ隣にあるのが目的地のマッジョーレ島です。いちばん大きな島ではないのに、なぜ「マッジョーレ(最大)」と呼ばれているか、その理由はわからずじまいでしたが、たった15人とはいえ、人が住んでいるのはこの島だけだそうです。
約30分の心地よい湖の旅を経て、面積わずか24ヘクタールのマッジョーレ島に到着しました。スマートフォンの地図アプリを見ると、港からすぐ先に島を南北に横断するグリエルミ通りがあり、その周辺に建物が集中しています。その通りに入ってすぐの観光案内所の前では、フェリーを降りた訪問客に向けて、係員が地図パネルを使いながら島の回り方を説明していました。
島の見どころのひとつであるサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会へは、近道ながら急な坂道を行くルートと、少し遠回りだけれど緩やかな坂道を行くルートの2つがあります。この教会と市民隊長の家、レース博物館の共通チケットは観光案内所で購入できるとのこと。帰りのフェリーの時間も決めていたため、チケット購入の際に、城の見学の可否や教会からの帰りのルートなど、気になっていたことを確認し、いざ島観光へ。
花々で美しく彩られた民家を愛でた後、島に大きく広がるオリーブ畑を縫うようにして教会へと向かいました。(つづく)
【村への行き方】
ロフィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅(Firenze S.M. Novella)から直通電車または1回乗り換えでパッシニャーノ・スル・トラジメーノ(Passignano Sul Trasimeno)まで1時間35分~2時間。ペルージャ(Perugia)からは直通電車で約30分。マッジョーレ島(Isola Maggiore)へはフェリーで約30分。
(写真提供:中山久美子)
【トスカーナ自由自在】
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中山久美子 著

定価2200円(税込)
トスカーナ州の田舎町に暮らす著者が、これまでに訪れた「イタリアの最も美しい村」の中から“忘れられない”30の村をセレクト。「飾らない、ありのままのイタリアを伝えたい」という思いから、電車やバスに揺られながらのローカルな雰囲気が楽しめる村を北部から南部までラインアップ。旅先での出会いやエピソードをちりばめながら、心に沁みる美しい村の魅力を綴る。「イタリアの最も美しい村」協会推薦本。
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