「今回フィンランドで何がしたいか、全部リストアップして教えてね」
昨年の10月にフィンランドに行く前、友人のニナは私にこんなメッセージを送ってくれていた。トーベのお墓参りや、ムーミン出版80年を記念してあちこちで行われている展覧会、話題の新刊が揃う書店、焼きたてのシナモンロールがおいしいカフェ……、少し考えただけでもやりたいこと、行きたい場所は次々と思い浮かんだ。けれど、中でも特に私が求めていたこと、そのときの私に必要だと思っていたことは、森を歩くことだった。
森はフィンランドの人々の生活のすぐそばにある。自然豊かな水辺のコテージに行ってベリーを摘んだり、きのこを採ったりするのは、一般的な週末や休暇の過ごし方。私も何度か訪れたことのあるフィンランドの森は、いつもひんやりと、しんとしていて、足元は苔や落ち葉でふかふかとやわらかい。当時仕事に追われて休む暇のなかった私は、そんなフィンランドの静かな森が懐かしくてたまらなかった。
今回トーベ・ヤンソンが夏を過ごしていた群島地域ペッリンゲを再訪する際、そこにあるニナのサマーハウスに滞在させてもらうことになっていたので、私は「森を散歩して、もしまだきのこがあったら、きのこ狩りがしたいな」と彼女に伝えた。
昨年出版した本
『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』に協力してくれた方々を訪ね、お礼と献本をするという旅の一番の目的を果たした翌日、ニナは私を車に乗せてペッリンゲの森歩きに連れて行ってくれた。車を走らせながら、「今、どのあたりを歩こうか考えているの。見ての通りこのあたりはみんな森だけどね、あまり奥深くに行ってしまうとまた戻ってくるのが大変だし、かといって車道のすぐ脇の森ではきのこももうそんなにないし、つまらないでしょう……」。そう言って、誰かに素早くメッセージを送っている。そして送信完了してから続けた。
「友だちの家の裏にいい森があるのよ。彼女、今は街の家の方にいるから、歩いてもいいか聞いてみたの。いつもすぐに返事をくれるのよ」
フィンランドや北欧諸国には、土地の所有者でなくても、誰でも自由に森を歩いたり、ベリーやきのこを採ったりすることができる「自然享受権」がある。とはいえ人の家のすぐ近くであれば、やっぱりこうやってきちんと確認するのだな、と私が感心していると、ニナのスマートフォンがブルッと震えた。
「ほら、もう返事をくれた。自由に歩いていいって。私はこの森をsatumetsäって呼んでるの。意味はわかる? satuはおとぎ話、metsäは森、つまり“おとぎの森”ってこと」

“おとぎの森”に差し込む日差し。島の天気は変わりやすい
車を降り、少し歩くときれいに手入れされた芝生の中に、その友人宅はあった。大きな窓からは北欧デザインの素敵なランプと、おそらくソファーに載せられているのだろうクッションの角がいくつか見えていた。しかし、家の中に明かりはなく、確かに不在にしていることが見て取れた。ニナは庭の芝生を横切り、裏手に回る。家のすぐそばがもう森の入口だった。
その森のことをニナが“おとぎの森”と呼んでいる理由は、すぐにわかった。背の高い針葉樹がうっそうと茂り、地面には苔むして深い緑色に覆われた岩が、もこもこといくつも盛り上がっている。公道からそう遠くはない民家のそばなのに、まるで深い森の奥に迷い込んでしまったようで、何かがそっと潜んでいるような気配さえあった。
「ここ、ちょっと特別なのよ。なんていうのかな、古い森の空気があるの……、そう思わない?」
ニナがささやいた。私も頷いて、森の音に耳を澄ませた。さっきまで日が差していたのに急に曇ってきた空を、風が高い梢の先を揺らし、遠くまで渡っていく。歩みを進めると、時折自分が枯れ枝を踏む小さな音が響く。でも、それ以外はとても静かだ。茶色の落ち葉が無数に緑の苔の間に落ちていた。

枯れ枝についていた「ナーヴァ」。森の神秘を感じる形
「あら、こんなところに!」
ニナが指さした方を見ると、木々の枝に小さな地衣類(菌類と藻類が結びついてできた複合体のこと)がたくさんくっついていた。とても小さいのに、きちんと一つ一つ葉のような形をしていて愛らしい。そしてその横に、白っぽいヒゲのような髪のような、糸状の不思議なものがいくつも垂れ下がっていた。
「これはね、naava(ナーヴァ)といって、地衣類の一種なの。本当に空気がきれいなところにしか生えないのよ。もっと北の方の森にしかないと思ってた。ここでも見られるなんてねえ……、驚いた」
そっと触れてみると、ナーヴァは意外と乾燥してカサカサしている。枝からナーヴァの垂れ下がる木々は、まさしくおとぎ話の古い森にでてくるような神秘的な佇まいだ。ここは確かに、“おとぎの森”なのだった。
おとぎの森にはきのこはあまり見つからなかった。しばらく散策を楽しんでから私たちは場所を変え、8月中旬頃から11月くらいまで生えている「Suppilovahvero(スッピロヴァフベロ)」という呪文のような名前のきのこを採った。スッピロヴァフベロは茶色や黄褐色のきのこで、スープに入れたり、ソテーしてリゾットやパスタに加えたりもする一般的な食用きのこだ。私は最初、いくら目を凝らしてもなかなか見つけることができなかったが、ニナはみるみるうちにかごをいっぱいにしていく。「大丈夫、一回“きのこの目”になれば、すぐに見つかるから!」と励ましてもらいながら、苔や灌木の茂みの間を、目を皿のようにして探した。
きのこは周囲に連続して増えていくので、一度見つけられれば、次々と群生が見つかる。あそこにも、ここにも、と目に入ってきたときの喜びはひとしおだ。
「きのこを見つけたら、まず指を深く地面に差し入れるの。それから少しスライドさせて、やさしく持ち上げるのよ」
森の土はやわらかい。指を沈めると、土の湿ったひんやりとした感触が伝わってくる。スッピロヴァフベロの細い柄のしっとりとした手触りも確かめながら、ニナのアドバイス通りそっと持ち上げたら、途中でちぎれたりせずに、そのままの形のきのこが手の中に収まっていた。

森の地面から顔を出す、フィンランドのきのこ「スッピロヴァフベロ」
夢中できのこを採っているうちに風は強くなり、次第に雨もぱらつきはじめた。気温はぐんぐん下がっていく。薪ストーブの火が恋しくなるような寒さだ。私たちは収穫を終え、引き上げることにした。車まで戻ったとき、風にざわめく森を振り返りながらニナが言った。
「ねえ、風の音が聞こえる? 私、風の音が大好きなの。どこへでも行けるような気がする。なんだかとても自由を感じるのよ」
その日の夜、私が現在はEU圏内でしか観られない、トーベ・ヤンソン原作の『少女ソフィアの夏』の映画を観ている間に、ニナはきのこについた苔や土、葉を取り除いてきれいにし、スッピロヴァフベロの特製スープを作ってくれた。
いい匂いが漂って、思わずキッチンをのぞきに行くと、彼女はちょうど鍋をかき混ぜているところだった。そしてスープの中に、まだ残っていた短いトウヒの葉を見つけ、おたまに乗せて取り出して微笑んだ。
「自分たちで採ったきのこを使ってスープを作っているとね、こういう“小さな森”がいつも紛れ込んでいるのよ」
きのこについていた葉を、“小さな森”と呼ぶなんて、なんて素敵なのだろう。森への愛情が伝わってくるようだ。
島の暮らしを愛し、森を見つめ、風の音の中に自由を見出す私の友だち。なんだかトーベみたい、と思った。今まで強く意識したことはなかったけれど、まさにその感性は、トーベ・ヤンソンの作品の中に描かれている精神そのものなのだった。今を生きるフィンランドの友人の中にも、そのスピリットは確かに受け継がれている。そう感じる私はこの国の自然の中で生きる人々の姿に、やっぱり心惹かれずにはいられないのだと思った。(おわり)

島の夕暮れ。遠く沖合にトーベが夏を過ごした島、クルーヴハルが見える
トーベとムーミン展
~とっておきのものを探しに~
[福岡会場]
[会場]福岡市美術館2F特別展示室 (福岡市中央区大濠公園1-6)
[会期]2026年8月30日(日)まで
[開館時間]9:30~17:30※金・土曜は9:30~20:00(入館は閉館の30分前まで)
[公式サイト]https://tove-moomins.exhibit.jp/(最新情報をご確認ください)
◆福岡会場にて、書籍『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』を販売しています。この機会にぜひお買い求めください。好評既刊『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』
内山さつき 著

定価2420円(税込)
「ムーミン」シリーズの生みの親で芸術家のトーベ・ヤンソンが26年間、ほぼ毎年の夏を過ごした島クルーヴハル。その孤島にトーベの面影を追いかけて訪れ、1週間滞在した忘れがたい日々と、トーベの友人たちが語った友情の思い出を重ねるように綴る旅のエッセイです。アトリエや幼少期を過ごした家、ムーミン美術館など、トーベゆかりのスポットも収録。ムーミンを愛する人、トーベ・ヤンソンに魅せられた全ての人に贈る1冊です。
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