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美しいくらし
トーベ・ヤンソンの秋の面影を追いかけて ライター
内山さつき
第5回 秋の島

ポルヴォーの旧市街の広場にある博物館

フィンランド東南部の海辺の小さな町コトカで、トーベ・ヤンソンが描いた2つの壁画とムーミンの冒険をテーマにした展覧会を訪れたあと、私は長距離バスでポルヴォーに戻った。そこで友人のニナと落ち合い、車でトーベが夏を過ごした群島地域、ペッリンゲに連れて行ってもらうことになっていた。
「ポルヴォーのお店に取りに行くものがあって」というニナに付いて、旧市街を歩いた。ポルヴォーは13世紀頃から交易で栄えた、フィンランドで2番目に古いスウェーデン語系の町。旧市街には17〜18世紀の木造家屋の美しい街並みが今も残っていて、夏には多くの観光客が訪れる。しかし10月も半ばの金曜日の夕方は、旧市街に並ぶショップはそろそろ店じまいを始める頃だった。人通りもまばらの秋の夕暮れの古い町並みは、賑やかで開放的だった夏とはまた違う、しっとりした趣があった。注文していた商品を受け取り、旧市街の目抜き通りを歩いていると、ニナが言った。

ポルヴォーで拾った落ち葉を並べて撮影

「あそこにきれいな葉がいっぱいあるわよ!」
見ると一本の街路樹の根もとにたくさんの葉が落ちていて、まるで丸い絨毯が敷かれているように赤く染まっていた。これまで見た落ち葉よりも、その木の葉は鮮やかで美しかったので、私たちは夢中になって葉を拾った。これもきれい、あれも素敵、と次々と葉を拾って木の周りを何周も回っていると、ふとニナがつぶやいた。
「私たち、傍から見たら一体何してるんだと思われるわね」
私も急に我に返り、思わず吹き出してしまった。たしかに無我夢中で落ち葉を拾い続ける私たちは、少々あやしく見えたに違いない。笑いながら手帳に落ち葉を挟んだ。私はフィンランドのこの美しい秋のかけらを持ち帰ることができるのが、嬉しくてたまらなかった。そしてこんなふうに一緒に落ち葉拾いに熱狂できる友だちがいることが、何より幸せだなと思った。

大小200以上の島々からなるペッリンゲ群島地域は、ポルヴォーから車で一時間ほどのところにあり、本土と群島地域はケーブルフェリーと橋で繋がっている。短い道路がゆるゆると海を渡っていくような印象のケーブルフェリーには、車や自転車もそのまま乗り入りこむことができ、対岸まで数分で着いてしまう。ケーブルフェリーを渡る頃、ちょうどその日の日没を迎えた。海を渡っている間は車外に出ることができるので、海風に吹かれてフェリーのエンジンの音と振動を感じながら、真っ赤な夕陽が島と島の間にゆっくり沈んでいくのを眺めた。

島に渡るケーブルフェリーから見えた夕焼け


ペッリンゲには、今回のフィンランドの旅での一番の目的があった。昨年(2025年)出版した『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』に収録したインタビューに応えてくれた人たちに会うことだ。インタビュー自体は2014年と2015年に行われたもので、もう10年以上も前のことになるけれど、そのとき彼らが話してくれたトーベとの思い出は私の中に今も鮮やかに残っている。インタビューに応えてくれた4人のうち、当時90歳を超えていたグレータ・グスタフションさんは数年前にお亡くなりになり、キム・グスタフションさんは俳優の仕事でフィンランドを離れていたが、カイ・グスタフションさんとヤーダ・エングルンドさんの二人にはこの滞在で直接お目にかかって、無事出来上がった本を渡すことができた。
10年前インタビューを受けてくれたときと同じように、二人はあたたかく私を迎えてくれた。取材後もたびたびニナを訪ねてペッリンゲに来ていた私の顔を、彼らはずっと覚えてくれていた。二人が本を手にして嬉しそうに微笑んでくれたとき、私はこの作品を巡る旅に改めてひとつの区切りがついたように感じていた。

ペッリンゲのニナの家の大きな窓からは、トーベが夏を過ごした孤島クルーヴハルが見える。カイとヤーダに本を手渡し、グレータのお墓に挨拶をしに行った日、空はきれいに晴れわたり、海は穏やかだった。夕暮れどき、「ちょっと寒くなってきたわね」と言いながらニナはリビングの暖炉に火を入れた。そして窓の外を眺めて、「今日はきっときれいに見えるわよ」と言って、リビングの窓に向けて設置された三脚付きの双眼鏡をのぞかせてくれた。はじめはうまくピントを合わせることができず、明るい空ばかりが見えたが、角度を調整しているうちにやがて島の小高い丘に立つ標識柱の姿をとらえることができた。淡い夕暮れに、島は黒い影となってなだらかに浮かび上がっている。その真ん中に、トーベの小屋もはっきりと見えた。
私がかつて輝くような夏の一週間を過ごした、あの懐かしいクルーヴハル。
今はしっかりと戸締りをして冬が訪れるのを待つばかりの小屋は、夕日の光を受け輝きながら流れていく潮の向こうに静かに佇んでいた。
暖炉の薪がはぜる心地よい音に身を委ねながら、私はその遠く懐かしい風景が夕闇に溶けていくまで、双眼鏡越しに見つめていた。(つづく)

双眼鏡の向こうのクルーヴハル。
カメラのピントを合わせるのにひと苦労



(写真提供:内山さつき)

【内山さつきさんのInstagram】https://www.instagram.com/satsuki_uchiyama/?hl=ja

◇内山さつきさんのトークイベント情報!




[日時]2026年7/14(火)18:00~19:30
[会場]教文館ナルニア国(東京・銀座)


内山さつきさんによるトークイベントが2026年7月14日(火)、東京・銀座の教文館9階ナルニア国にて開催されます。テーマは「島とトーベが教えてくれたこと」。内山さんの言葉で紡がれる島の自然と、トーベ作品のエッセンスを一緒にたどってみませんか?

●イベントの詳細・申し込みは⇒こちら★

好評既刊『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』
内山さつき 著


定価2420円(税込)

「ムーミン」シリーズの生みの親で、芸術家としても知られるトーベ・ヤンソン。彼女が26年間、ほぼ毎年の夏を過ごした場所は、フィンランド湾に浮かぶ小さな島クルーヴハルでした。今なお水道も電気もないその島に滞在した忘れがたい日々と、トーベの友人たちが語った色褪せることのない思い出――。この二つの記憶を重ねるように綴られる旅のエッセイです。アトリエや幼少期を過ごした家など、ゆかりのスポットも収録。ページをめくるたびにトーベが見つめていた世界に出会えます。

●書籍の詳細・購入は⇒

こちら★

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【うちやま・さつき】
東京都生まれ。月刊誌の編集執筆に携わった後、フリーランスのライター、編集者として独立。「旅・物語・北欧」をテーマに取材を続ける。2019年から全国を巡回した「ムーミン展 the art and the story」の展示監修&図録執筆を担当するほか、朝日新聞デジタルの連載「フィンランドで見つけた“幸せ”」や「地球の歩き方 webサイト」のラトビア紀行を執筆する。2014 年夏、「ムーミン」シリーズの作者トーベ・ヤンソンが夏に暮らした島、クルーヴハルに滞在したことをきっかけに、友人のイラストレーター・新谷麻佐子さんと北欧や旅をテーマに発信するクリエイティブユニットkukkameri(クッカメリ)を結成。ユニットとしての著書に『とっておきの フィンランド』『フィンランドでかなえる100の夢』(ともにGakken)。2023年に開設したwebサイト「kukkameri Magazine」では、フィンランドのアーティストたちを紹介している。
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