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美しいくらし
トーベ・ヤンソンの秋の面影を追いかけて ライター
内山さつき
第4回 海の冒険の物語
フィンランド東南部の小さな海辺の町コトカ。トーベ・ヤンソンがこの町に残した2つの壁画の他に、私にはもうひとつここで観ておきたいものがあった。それは、コトカの海洋博物館ヴェッラモ(Vellamo)で開催されている、ムーミンの展覧会「勇気、愛、ムーミンの冒険」展(Courage, Freedom, Love! A Moomin Adventure)だ。この展覧会は2020年〜2021年にフィンランド国立博物館とムーミンキャラクターズによって企画・開催された展覧会をもとに再構成されたものだという。ヴェッラモには、トーベとそのパートナーのトゥーリッキが愛し、群島地域の海を行き来するために使っていた木製のボート、「ヴィクトリア」も常設で展示されている。私はこの美しいボートを、かつて2014年のトーベ・ヤンソン生誕100周年の際にポルヴォーで開催されていた展覧会で一度目にしている。それから11年の月日が経った。ヴィクトリアとの再会もまた楽しみのひとつだった。

ヴェッラモは、コトカの古い港の先端にある。この埠頭は19世紀後半に築かれ、1970年代に新しい港が別の場所にできるまで、物流の拠点として貨物輸送で賑わったという。トーベがコトカに壁画を描いたのは1949年と1952年だから、この埠頭がまだ活気に満ちていた頃だ。港の入口には小さなコトカ駅がある。トーベもこの町を訪れた際には、この駅に降り立ったのかもしれない。
このエリアは、食堂に壁画のある職業訓練学校などがある町の中心地から歩いて30分ほど。ちょうどいい公共交通機関がなかったので、食後の散歩がてら、歩いて向かうことにした。住宅街や教会のある広場を抜け、海沿いの道に出ると、あとはひたすらまっすぐ。道の片側は線路で、その向こうに真っ青な海が広がっていた。コトカ駅の向かいには、かなり古い建物を改装した小さなホテルがあった。通りすがりにアーチ型の窓をちらりとのぞいてみると、薄暗がりにシャンデリアと革張りの椅子、人気のないレトロなバーカウンターがぼんやりと見えた。ここに宿泊したら、往年の港町コトカの夢が見られるかも、そんなことを思わせるような佇まいのホテルだった。

ムーミンの展覧会が行われていたヴェッラモ。この展覧会は2027年3月7日まで開催

一方、埠頭の先に立つヴェッラモは遠くから見ると大きな波のような形をした、ガラスパネル張りの大きなモダンな建物だ。ここには海洋博物館をはじめとする複数の施設が入っている。建物の正面には船に乗って大海原に繰り出すムーミンの垂れ幕が大きく下がっていた。チケット売り場でどこから来たのかと尋ねられ、日本からと答えると、「日本人? しかもここまで歩いて来たの!?」と驚かれた。フィンランドの人のこういうときの反応はいつも素直であたたかい感じがして、こちらもちょっと嬉しくなってしまう。

小物や手づくりのフィギュアとともにキャラクター紹介が

「勇気、愛、ムーミンの冒険」展は、ムーミンの世界観を体感できる、素敵な展覧会だった。展示の入口はまるで暗い森の奥へと入っていくような演出で、ムーミンの最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』を思わせる。ムーミンの物語は、ムーミントロールとムーミンママが、黄昏の森をさまよう場面から始まる。順路にはところどころに小さなガラス窓があり、その中にはムーミン谷のキャラクター紹介と、そのキャラクターを彷彿とさせる小物が飾られていた。
暗い壁には、ときおりおそろしい沼地のヘビや、可憐な青い髪の花の精などが映し出される。それらの映像に目を見張りながら、ムーミンたちと同じように少し心細い気持ちで角を曲がると、そこには穏やかなムーミン谷の風景が広がっていた。

心躍るムーミン谷の再現。この展覧会の芸術構成と空間設計は、フィンランドを拠点に活動するアーティスト、アレクサンデル・ライヒシュタインによるもの

ムーミンパパの造ったアーチ型の架け橋、ムーミンママがジャムを作るりんごの木、ぶらんこやライラック、そしておなじみの青いムーミンやしき。このムーミンやしきは実際に中に入れるようになっていて、小さな子どもたちが幸せいっぱいな顔をして遊んでいる。来場者には子どもたちだけでなく、車椅子のご老人もいれば中年男性が一人で訪れている姿もあった。そうした大人たちもみな、心から寛いだ表情を浮かべていたのがとてもよかった。
あちこちにガラスの小窓が設けられ、ムーミンの物語のメッセージやその背景となる出来事が、関連する小物と共に丁寧に説明されている。洗練された、とてもセンスのよい展示だと思った。

ムーミン谷の他にも『ムーミン谷の夏まつり』の夏至の海に浮かぶ劇場や、オーロラの揺らめく冬を再現したコーナーもあった。どれも素敵だったが、中でも強く印象に残っているのは、一番奥にあった海の部屋だ。

海と灯台の部屋。音と映像を使った演出が見事

ここは海と島をテーマにしていて、壁一面に大海原と、孤島にそびえる灯台のイラストレーションが映し出されていた。カモメの鳴き声、吹きすさぶ風、低く響く波の音……、一瞬本当に物語の島の中に入りこんでしまったのかと錯覚してしまったほどだ。
映像の海は次第に天候が怪しくなっていく。波はうねり、風も激しさを増す。雷鳴がとどろき、嵐が最高潮に達したとき、波しぶきと高い波の向こうにいくつもの不思議な生きものたちが海を渡っていくのが見えた。たてがみをなびかせた二頭のうみうま、ニョロニョロたちを乗せた船、ムーミンパパが冒険した海のオーケストラ号の影……。小説の世界観を損なうことなく、ミステリアスな海の風景を新たに生み出すそのイマジネーションの力に圧倒された。ムーミンは海の冒険の物語でもある。人間の力の及ばない海の荒々しさ、そして神秘に、ムーミンの世界を通して改めて触れた気がした。この展覧会を海の町コトカで、そして海洋博物館で見られてよかった、と心から思った。

海洋博物館では、フィンランドの海の歴史をひもとく展示も併せて行われている。吹き抜けのボートホールには、たくさんのボートが展示されている。ヴィクトリアもそのうちの一つだ。さまざまな年代のボートに混じって、ムーミンとトーベのイラストパネルを乗せて展示されていたヴィクトリアと、10年越しの対面を果たした。やっぱりとても美しいボートだと思った。なめらかな船体を眺めていると、ヴィクトリアが風を切って波間を進んでいく勇姿を自然と思い浮かべることができた。ボートホールでヴィクトリアのすぐそばに立ち、私は波しぶきとさわやかな海の風を確かに頬に受けたように感じていた。(つづく)

ボートホールに展示されている、トーベの愛したボート、ヴィクトリア


(写真提供:内山さつき)

【内山さつきさんのInstagram】https://www.instagram.com/satsuki_uchiyama/?hl=ja

トーベとムーミン展
~とっておきのものを探しに~

[愛知会場]


[会場]松坂屋美術館 (名古屋市中区栄三丁目16番1号)
[会期]2026年4月25日(土)~6月14日(日) ※会期中無休
[開館時間]10:00~18:00(入館は17:30まで)


[公式サイト]https://tove-moomins.exhibit.jp/(最新情報をご確認ください)

◆愛知会場にて、書籍『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』を販売しています。この機会にぜひお買い求めください。

好評既刊『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』
内山さつき 著


定価2420円(税込)

「ムーミン」シリーズの生みの親で、芸術家としても知られるトーベ・ヤンソン。彼女が26年間、ほぼ毎年の夏を過ごした場所は、フィンランド湾に浮かぶ小さな島クルーヴハルでした。今なお水道も電気もないその島に滞在した忘れがたい日々と、トーベの友人たちが語った色褪せることのない思い出――。この二つの記憶を重ねるように綴られる旅のエッセイです。アトリエや幼少期を過ごした家など、ゆかりのスポットも収録。ページをめくるたびにトーベが見つめていた世界に出会えます。

●書籍の詳細・購入は⇒

こちら

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【うちやま・さつき】
東京都生まれ。月刊誌の編集執筆に携わった後、フリーランスのライター、編集者として独立。「旅・物語・北欧」をテーマに取材を続ける。2019年から全国を巡回した「ムーミン展 the art and the story」の展示監修&図録執筆を担当するほか、朝日新聞デジタルの連載「フィンランドで見つけた“幸せ”」や「地球の歩き方 webサイト」のラトビア紀行を執筆する。2014 年夏、「ムーミン」シリーズの作者トーベ・ヤンソンが夏に暮らした島、クルーヴハルに滞在したことをきっかけに、友人のイラストレーター・新谷麻佐子さんと北欧や旅をテーマに発信するクリエイティブユニットkukkameri(クッカメリ)を結成。ユニットとしての著書に『とっておきの フィンランド』『フィンランドでかなえる100の夢』(ともにGakken)。2023年に開設したwebサイト「kukkameri Magazine」では、フィンランドのアーティストたちを紹介している。
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