限られた食材をおいしく消費できるように庶民が知恵を絞った料理「ピアット・ポーヴェロ」。
南部プーリア州の「そら豆とチコリ」(第4回)に続いて、今回は私が暮らす中部トスカーナ州南エリアの郷土料理「アクアコッタ」を紹介しましょう。「水(アクア)、煮た(コッタ)」というその名前のとおり、残り物や余った食材を水だけで煮込み、それを固くなったパンの上に流し込んだ料理。私が初めて食べたのは、山間の村に住む夫のおばあちゃんが作ってくれたアクアコッタです。
トスカーナ州を代表するピアット・ポーヴェロはほかにも、野菜と豆と固くなったパンを煮込んだ「リボッリータ」や、固くなったパンとトマトを煮込んだ「パッパ・アル・ポモドーロ」がありますが、アクアコッタはそれよりもさらに質素というのが私の印象でした。地域や家庭によって多少のバリエーションはあるものの、おばあちゃんが使っていた材料はタマネギ、セロリ、ニンジンといった香味野菜にトマトペーストを少々入れる程度で、唯一のぜいたくといえば卵を落とすくらい。その卵も、20世紀半ばまで続いた折半小作(収穫物を地主と小作人で分ける制度)で小作人の手元に残ることが少なかったので、特別な日に限られていたそうです。
ピティリアーノの全景
村のレストラン
アクアコッタはもともと、牛の放牧が行われていたトスカーナ州南部からラツィオ州北西部にまたがる大湿原のマレンマ地方の料理で、牛飼いたちが厳しい環境の中、テラコッタという素焼きのつぼに手持ちの野菜と水、あれば豚のラードを入れて煮込んで食していたのが起源だといわれています。
そんな料理ゆえに飲食店のメニューとして提供されるのはまれでしたが、近年は古き良き郷土料理を再評価する流れもあり、
『イタリアの美しい村を歩く』の取材で再訪したマレンマ地方にある凝灰岩の村ピティリアーノで食べることができました。
5月半ばとはいえ、山に囲まれたピティリアーノは日が暮れると気温がぐっと落ち込みます。夕焼けに染まる村の全景を撮影した後、村の入り口からすぐのレストランに駆け込み、体を温めてくれるアクアコッタとイノシシの煮込みをさっそくオーダーしました。
イノシシの煮込み
この店のアクアコッタは、ニンジンやタマネギなどの香味野菜と卵のほかに黒キャベツも使われていて、皿の脇にパンが1切れ添えられていました。じっくり煮込まれた野菜は柔らかいだけでなく、そのエキスがスープの出汁となり、五臓六腑に染みわたるような滋味深いおいしさ。具だくさんでそれだけでもおなかいっぱいになりそうです。
続いてイノシシの煮込みが運ばれてきました。この店オリジナルというプルーンで煮込んだイノシシは、私がこれまでに食べた中で一段と柔らかく、プルーンの甘酸っぱさがアクセントになっていて食べ飽きることがありません。ボリュームのあるこの2品のおかげで夕食後も散策へ。ピティリアーノの美しい夜景を楽しむことができました。(つづく)
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