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ニースっ子の南仏観光案内 マイ コートダジュール ツアーズ社長
ルモアンヌ・ステファニー
第6回 スミレの村と意地の悪いおばあさん【トゥーレット・シュール・ルー】

 コートダジュールには数えきれないほどかわいい村がありますが、観光客の皆さまには、それぞれの村の違いがわかりにくいかもしれません。その中に、「スミレの村」の呼び名で地元の人たちに親しまれている村があります。村の名前はTourrettes-sur-Loup 「トゥーレット・シュール・ルー」。少し難しいので、ちょうどいいですね。そこで今回は花の香りを思わせ、女性の好奇心をそそる「スミレの村」をご案内したいと思います。

 トゥーレット・シュール・ルーはニースとアンチーブの間に位置し、山の上にありますが、「鷲の巣村」とは呼びません。高台にあるのは住民を守るためで、12世紀にお城が建てられ、周りの家は城壁の役目を担っていました。

 温暖な気候を生かして、古くからブドウ、麦、レンズ豆を段々畑で栽培していましたが、やがてオレンジの木やジャスミン、バラやスミレも植えるようになりました。近くに香水の都であるグラースがあるため、スミレの依頼が増え、40カ所以上の生産者が「ヴィクトリア」という品種のスミレを育てるようになりました。ヴィクトリアは茎が長くて、花が大きめなのが特徴です。

 残念ながらスミレの栽培は手間がかかるため、現在はたった6カ所の生産者しか残っていませんが、花が咲く11月から3月まではブーケを作ったり、シロップなどを作ったりします。名物はスミレの砂糖漬けとアイスクリーム。花が咲かない5月から7月までは香水用に葉っぱを収穫してグラースへと運んでいます。

 スミレはこの村のシンボルになっていて、毎年ニースのカーニバルと同時期に開催される「スミレ祭り」は1952年から続いています。地元の生産者が用意するスミレのブーケ、カーネーション、バラなどで花車を作ってパレードをします。村の中では、住民も飾り付けに力を貸し、店や家の入り口を花でデコレーションします。また、地元の人が伝統的な衣装を着て音楽を奏でたり、踊ったり、スミレグッズをたくさん販売するマルシェが開催されたりして、村は3日間盛り上がります。

 一番の目玉は、パレードの最後に花車が村の中を何周かした後、花車についている花をすべて参加者に投げるときです。皆、特におばあさんたちが花の取り合いで引っぱりあいになることも(笑)。フィナーレの後には、腕に花をいっぱい抱え、大満足で家に持って帰るのです。

 美しいスミレ畑が見たくてこの村に行く方もいるでしょうが、花が1年中咲いているわけではありませんし、村の中には畑もないのです。現在残っている6カ所の生産地は村の郊外にあるため、簡単に見学できません。一番見やすいのは数年前にできた「スミレ博物館」。スミレの生産方法や歴史が紹介されるほかに、ビニールハウスで生産されているスミレも見られます。

 村の中を歩いていると、スミレが咲いていないのにいろんなところからスミレの香りがします。なぜでしょう? 実は、地元の有名なおみやげがスミレグッズ。スミレの石鹸、シロップ、香りのディフューザー、アイスクリーム、紅茶などがお土産屋さんで販売されているため、その前を通るたびに良い香りが漂ってくるのです。

 しかし、観光化されていない村なのでお土産屋さんはそれほど多くありません。駅もなく、ニースからのアクセスは路線バスだけ。不便だし、大型バスは通りにくい道路なので、団体客は珍しく、観光客もあまり見かけません。村の周りに新しい建物を建てられない規制がかかっているため、中心街にホテルはありません。そのため、スミレ村に泊まるのにはシャンブルドットしか選択肢がなく、ホテルに泊まる場合は少し離れた場所に行くしかありません。

 それでも、村を見学する人が多くないというのは本当に魅力的なこと。散歩が非常に楽しいところなので、小さな村がお好きな方にはとてもおすすめです。


 半月形の村の真ん中には、現在は市役所になっているお城が位置しています。とても小さな村なので回りやすく、30分あれば十分楽しめます。車が入れませんので、のんびりと散歩ができて、猫にもよく出会えます。

 お土産屋さんよりも多いのはアトリエ。焼き物、織り物、キャンドルなどを作って暮らしているアーティストがかなりいます。たくさん儲かるというわけではないのですが、家の1階はアトリエで2階に住んでいると経費が安く、好きなことをしながらぼちぼち生活できます。とても南仏らしい生活スタイルですね。私は子ども時代から何百回も訪れている村なので、アトリエのオーナーさんとよく話したりして、名前は知らなくても猫たちの顔まで覚えるようになりました。

 数年前にお客さんと村を訪れたとき、窓越しに生後2カ月ぐらいの茶色の子猫が目の前に現れました。あまりにもかわいくて写真を撮ったのですが、村を訪れるたびにこの子の成長が楽しみ。名前は「キャラメル」だと隣のお店の方が教えてくれました。飼い主さんは昔から村に住んでいるおばあさんですが、いつも機嫌が悪そう。怖くて話したことはありませんでした。

 今年、この村を訪問したとき、おばあさんが日差しを浴びながら編み物をしているのが遠くから見えて、キャラメルが一緒に座っていました。ちょうど話をするきっかけだと思って近くまで駆け寄り、かわいい子猫時代のキャラメルの写真を見せたくて、「ボンジュール、マダム ! その子の昔の……」と言い始めてカメラを出し始めたら、「ダメ ! もう写真を撮るのをやめなさい! 観光客はもう嫌だ!」とものすごく怒って、急に家の中へ入ってしまいました。私は真っ赤になって、隣のアトリエのお姉さんをあ然と見ました。

 「ジャクリンヌさんはああいう人なんですよ」と苦笑いしながらアトリエのお姉さんが言ったので、「子猫の写真を見せたかっただけなのに・・・」と答えたら、「怖いおばあちゃんなのに雰囲気がフォトジェニックでよく撮れていますね。今日は特にいらいらしていたのよ。ごめんねー」と慰められてしまいました。

 おばあさんだけでなく、キャラメルにまで逃げられてしまった私。そのまま村を後にして、あの日からおばあさんと目を合わせないようにしています。(つづく)


★トゥーレット・シュール・ルーへのアクセス方法
ニースから路線バスで一回乗り換えて1時間半ぐらい。車では50分ぐらい。

【マイ コートダジュール ツアーズ】http://www.mycotedazurtours.com/
【mycotedazurtours Instagram】https://www.instagram.com/mycotedazurtours
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【Stephanie Lemoine】
1979年フランス・ニース生まれのニース育ち。高校で第3外国語として日本語を選択、大学はパリにある国立東洋言語文化学院(Institut national des langues et civilisations orientales)で日本語と日本文学を専攻。大学時代の1年半、東京学芸大学に留学。ニースを拠点にした日本語ツアーや通訳、各種コーディネートなどを提供する「マイ コートダジュール ツアーズ」に、日本語ドライバーとして2008年から勤務し、10年に社長に就任。フランス政府公認ガイド。日本でのお気に入りの場所は宮島(広島県)と湘南(神奈川県)。大好きな鎌倉で老後を過ごすのが夢で、2人の息子たちには毎日欠かさず日本の話をしている。
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