第2回 ツバメと心優しきコックさん【ムスティエ・サント・マリー】
毎年暖かくなるとなぜかプロヴァンスに行きたくなります。コート・ダ・ジュールの海もいいですが、春になるとプロヴァンスの色が鮮やかで、次々と咲くアーモンド、ポピー、ひまわり、ラベンダーなどが新鮮で心を清めてくれるからです。独特な光と色で満たされた、とにかく時間がゆっくりと流れる場所です。
同じ南仏なのにどう違うのでしょうか。簡単にいえばコート・ダ・ジュールはマントンからサントロペまでの海岸線で海がメインです。イタリアとは国境を接しているため昔から関係が深く、ラテンの文化になります。一方、プロヴァンスはサントロペよりさらに西の方角で、港町のマルセイユから内陸部のエクス・アン・プロヴァンスやアヴィニヨンあたりになります。
私はニース出身ですが、叔父がプロヴァンスの小さな村出身で、夏休みは毎年そこで過ごしました。家族でいろんなところを巡りましたが、特に両親のお気に入りの村はムスティエ・サント・マリーでした。
23歳の時、のちに夫となった彼と一緒にその「ヴァカンスの家」で休みを過ごしました。ちょっとした遠足に、彼の叔母が貸してくれた古いプジョー205に乗ってヴェルドン渓谷をドライブしました。ヨーロッパのグランド・キャニョンとして知られ、エメラルドグリーンの川がくねくね流れる美しくて有名な風景です。
楽しかったので、もっとゆっくりしたくなりムスティエで一泊することにしました。教会のそばのプチホテルに泊まって、すぐ近くの鐘の音以外に何も聞こえない夜を過ごしました。朝は展望台にある礼拝堂までのぼった記憶があります。私たち二人にとってムスティエは特別な思い出の場所となりました。
この村の良さを知ってほしくて、フランスを訪れた日本人観光客の皆さんをムスティエによくご案内しています。朝早くニースを出発し、エクス・アン・プロヴァンス方面を回ってヴァランソル高原からムスティエに入る7月限定のプランです。3時間弱の高速道路のドライブでお客さんはうとうとし、車が丘を登ったところで目を覚ますと、目の前には紫の花畑が広がります。満開のラベンダーです!
そこから紫のじゅうたんを敷き詰めたような光景を見ながらの約1時間のドライブが始まります。あまりもの美しさに、私も初めて行ったときには感動して泣いてしまいました。
ラベンダーの紫だけでなく、ひまわりの黄色、セージのピンクや麦の黄金色が色を添えます。写真を撮ったり、生産者を訪れて精油やはちみつを買ったり。ニースからたったの3時間でこんな景色が見られるなんて夢のようです。車で高原を下ると、プロヴァンスのかわいらしい田舎の景色に変わって、ムスティエが見えてきます。まさに長いドライブのごほうびです。
村を遠くから見ると山に囲まれているのが印象的です。5世紀に洞窟に修道院が設立され、水車のおかげで村が豊かになり、きれいな水のために17世紀に陶器工房が発展しました。今でも「ムスティエ焼き」が有名で、特に鳥のモチーフは今でもよく描かれています。
現在の住民は約700人で、陶器のほかに観光が主な産業です。ラベンダー街道もヴェルドン渓谷も近くて、「フランスの最も美しい村」として認定され、最近では「インスタ映えする村」としても人気になっています。真夏は日差しが強く、30度を超えますが、山から滝のような形で村の中心を流れる川と水音が涼しさを運んでくれます。観光シーズンは4月から10月末までですが、人が多いので、できれば5・9・10月を、ラベンダーを見るなら6月末をおすすめします。
山の方角を見上げると、展望台にある礼拝堂が見えます。展望台までは石だらけの道で、階段が262段もあり、転びやすいので、気をつけながらのぼっていきます。頂上まで行かなくても、途中で村を見下ろす写真がきれいに撮れます。そこでもう一回、礼拝堂を見上げててください。何が見えると思いますか?
岩と岩の間に長いチェーンにかけてある小さな星。ムスティエのシンボルが見えます。今飾られてある星は1957年から残っている物です。チェーンが135メートルで、星を含めて150キロ。星の直径がなんと1メートルを超えていますが、下からは小さく見えます。この星に関していろんな伝説がありますが、13世紀に騎士が戦争に行く前に、無事に帰ってきたらマリア様に星をつける約束をしたそうです。これまで11回も落ちてしまったのですが、そのたびに必ず付け直されています。
ムスティエでのもうひとつの楽しみは、通りやお店の名前が描いてある陶器のプレートを探すこと。私はある日、「Toilettes publiques (公衆トイレ)」のプレートを発見したのですが、よく見ると文字の下に鳥の絵が描いてあります。
どうしてかな? と思って眺めていると、すぐ上のアーチになっている屋根の下にツバメがたくさん集まっているのです。私は生き物が大好きなので、じっと観察していたら、先ほどのプレートの左上、糞まみれの街灯のそのまた上に、小さな籠がかけてあることに気づきました。市場でイチゴを売るときに使われている籠です。中にはなんと、ツバメの雛とお母さんがいたのです。
巣になっている籠がかわいいけれど、なぜこんなところにあるのかとびっくりして考えていると、横から声が聞こえました。「あの巣、面白いだろう?」とイタリア語なまり。コックの制服を着て、長めの黒髪に無精ひげを生やしている格好いい30代後半のイタリア人男性でした。

ツバメとコックさんに出会ったアーチ
「面白いというか、かわいいですね」と返事をして、「なぜこんなところに籠があるんですか?」と聞くと、「おれがかけてあげたんだよ。毎年ツバメがここで巣を作る習慣があるけど、去年は何度も落ちてしまって、卵が割れて可哀想だったんだ。それで巣を作ってあげようと思ってあれをかけたのさ。今年も雛が生まれてくれてうれしいよ」。
マッチョな男性なのに、なんて心がやさしいのだろうと感動しました。「仕事の休憩中、雛たちを見るのが大好きでね」と加えて、たばこをポイと捨て、レストランのキッチンに戻って行きました。
ムスティエを訪れる機会があれば、あの籠が残っているか見てみてくださいね。
長いロックダウンが解除されたので、また観光客の皆さんをご案内できる日を心から楽しみにしています。(つづく)
★ムスティエ・サント・マリーへのアクセス方法ムスティエ・サント・マリーには駅がないので、バスの利用が必要です。ニースからバスを乗り継いで4時間半もかかります。マルセイユやエクス・アン・プロヴァンスから直行で移動ができ、2時間ぐらいです。【マイ コートダジュール ツアーズ】
http://www.mycotedazurtours.com/【mycotedazurtours Instagram】
https://www.instagram.com/mycotedazurtours