第8回 フランソワのオリーブオイル【ラ・ロケット・シュール・ヴァール】
毎年秋になると、南フランスのどこでも見かけるオリーブの木の実が色づき始めます。
コート・ダ・ジュールのイメージといえばヤシの木が有名だと思いますが、これはアフリカから輸入されたもの。もともとこの地に多く生育していたのは、松の木やブドウ、そしてオリーブの木でした。
そのため、昔からワインやオリーブオイルを大量に生産していましたが、都市化が進む中でだんだんと緑が減っていきました。それでも1940年にオリーブの木を切ることが法律によって禁止されたおかげで、とても古い木が今でもたくさん残っています。オリーブは南仏の人にとってとても特別な木なのです。
オリーブは国や地方によっていろいろな種類がありますが、ニースのオリーブは独特で、AOP(原産地保護呼称)を取得している「cailletier(カユティエ)」という名前です。スーパーで見かけるギリシャやイタリア産のオリーブよりも小さく、塩漬けにしたり、サラダやピザに入れたり、おつまみにしたりしますが、オイルにすることも多いです。
料理に使うのはサラダ油よりもオリーブオイルが当たり前の地中海の国々。味や香りが豊かなうえにヘルシーなのを口実にして、たっぷりかけます。私は揚げものにはヒマワリ油を使いますが、ほかは全部オリーブオイルで調理します。少しぜいたくですが、ほかのオイルを使うなんて考えられませんね。
スーパーなどで大量に販売されているオリーブオイルの産地は、スペイン、ギリシャやイタリアが多く、さまざまな産地のものが混ぜてある場合もあるので、オリーブオイルは直接生産者から買うのがベストです。
ニース産のオリーブを手に入れたいなら、1936年からニースの旧市街に店を構える老舗のオリーブショップ「ALZIARI」に行ってみてください。店内ではブルーや赤のボトルに入ったさまざまな産地のオリーブオイルを扱っていますが、私のおすすめは、毎年数量限定で販売される薄黄色のボトル。珍しくて貴重なニース産のオリーブオイルで、味は特別です。ALZIARIでは自分の土地でオリーブを栽培し、専用のムーラン(搾油工房)でオイルを作るのです。
でも、いちばんのぜいたくで自慢になるのは、自分で生産する知り合いから直接もらったり、買ったりすることです。
先週、実が黒く熟してきたオリーブの木を見たら、自宅の近くで昔から営んでいるオリーブオイルのムーランを思い出して突然訪れたくなりました。
1900年ごろに建てられたそのムーランは、コート・ダ・ジュール周辺で昔ながらの作り方を続けている数少ないムーランのひとつとして知られています。ゆっくりと時間をかけて作るのがおいしさの秘密。住民が自分のオリーブを加工するために使うことが多く、協同組合によって経営されています。
お客さんのほとんどは定年して庭仕事の好きなおじさんばかりですが、毎年おじゃまするのを楽しみにしていた場所です。電話で予約をすれば無料で見学でき、担当者が喜んで簡単な説明をしてくれます。オリーブからオイルができるまで4時間近くかかるので全部の工程を見ることは難しいですが、30分ほどいれば十分楽しめます。
しかし、今年は問い合わせをしたら新型コロナウイルスの関係で見学ができなくなったと言われて、寂しく思っていました。
ところが偶然、父の幼なじみが実家に電話をしてきて、「オリーブの収穫が無事に終わったから明日ムーランに持っていくんだけど、一緒に行かないかい?」と誘ってくれたのです。見学はダメですが、お客さんとしてならムーランに行けるのですね。そこでさっそく、翌日にムーランで待ち合わせることに決めました。
このムーランはニースから30キロメートルぐらい。高い山の上に位置しているラ・ロケット・シュール・ヴァールという村にあります。住民は約900人で、幼稚園と小学校はありますが、パン屋さんもない小さな村です。敵の攻撃を受けにくいので10世紀ごろから人が住み始め、住居は山ふもとにも及んでいます。
私が住んでいる村から5キロメートルぐらいしか離れていないのですが、ずっとくねくねした道が続いていて、両側にオリーブの木が続いています。村の頂上は標高900メートルで、ほぼ180度の雄大な景色を楽しめます。
ムーランの前で待ち合わせしたのは朝8時。父の幼なじみのフランソワは180キロぐらいのオリーブを持ってきていました。彼は父と同い年で、何でも遠慮せず頼める親切な人です。私は4歳だったとき、「大きくなったらフランソワと結婚したい」と言っていたぐらい大好きでした。とても優しくて、働き者のおじさんです。
ムーランに入ると、とりあえず持ってきたオリーブの重さを測ってから、昔のように、大きい石でできた湯舟にそれを全部入れ、大きくて丸い石を回すことによって、種が入ったままのオリーブを潰します。180キロのオリーブを全部潰すのに1時間半かかると言われたので、少しだけ見学をしてから村を散歩することにしました。この村には私の次男が通う空手クラブがあるのでよく来るのですが、ゆっくりと散策することはほとんどないのでチャンスだと思いました。
しかもこの日は11月中旬にもかかわらず、朝から気温が18度もあって素晴らしいお天気。車が通れない静かな路地をゆっくりと歩き始めました。
フランスでは昨年10月末から2度目のロックダウンが始まりましたが、学校は閉校されることなく、許可があれば外出もできます。それでも家で時間を過ごすことがとても多い毎日。この日も家の中から住人の声が聞こえたり、コーヒーを注ぐ香りがしたり、生活感たっぷり。車が通らないので猫も多く、いろんな出会いをしながら30分の散歩を楽しめました。
その後、ムーランに戻ったらまだまだ作業は継続中。オリーブを潰した後は、そのペーストを温めながら1時間ほど混ぜ、ようやく絞りです。わらでできたマットのようなものにオリーブを丁寧に塗って、2メートルぐらいの高さまでそのマットを重ね、機械でプレスします。
するとオイルが数滴ずつ出始めたと思ったら、やがてオリーブオイルがどんどん流れ出て、最後は水分とオイルをミックスした液体がたくさん。ここまで来たら、作業はあと一つ。ミキサーのような機械で液体を早く混ぜることによって水より軽いオイルが浮かび上がり、蛇口からようやくゴールドの液体が出始めます。これでようやく完成です。
オリーブオイルの初めての一滴が出てくるのを待つ、フランソワの顔が忘れられません。どきどき、わくわく、完全に子どものよう。出てくる量が少し増えると、小指を入れて、味を確認して、大満足の表情。
「よし。今年もいいのができた。家に帰ったら焼いたパンで試食するぞ。妻に電話しなきゃ !」と大喜び。一滴もこぼさないで1時間ぐらいかけて自分のオイルを慎重に瓶に注ぎ、私にも1本をプレゼントしてくれました。
「坊やが気に入ってくれたかどうか、連絡ちょうだいね」。不思議なことに、私の息子はまだ子どもなのに、天然の強い風味のオリーブオイルは大好きなんです。
フランソワ、今年もおいしいオリーブオイルをありがとう!(つづく)
★ラ・ロケット・シュール・ヴァールへのアクセス方法ニースからふもとのSaint Martin du Varまでプロヴァンス鉄道か路線バスで40分。そこから市役所に電話してシャトルが迎えにくる。【マイ コートダジュール ツアーズ】
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