ここ数年は恵方巻きに(食品ロス問題も含めて)話題を持って行かれている感があるが、千葉県の節分といえばやはり落花生。そう、殻付きの落花生をまくのである。かの有名な成田山新勝寺でももちろん落花生をまく。今年は400キログラム。ちなみに大豆は860キログラムまくのだという。さすがのスケール感だ。
新勝寺に節分用の落花生を毎年納めているのが、日本一の落花生産地、八街市(やちまたし)にある落花生屋「伊藤国平商店」である。実はこの伊藤国平商店との出会いが、
『房総落花生』というリトルプレスを作るきっかけとなったのだ。

こちらは八街市にある新勝寺の別院で行われた豆まき。ここでも伊藤国平商店が納めた落花生が使われている
『房総落花生』は、これまで作ってきていたカフェやパン、コーヒーといったジャンルの本とは一線を画した、その名の通り「千葉県の落花生」だけについて書いたもので、自分で言うのもなんだが、かなりマニアックで万人ウケするものではないと思う。だが、「千葉の名刺」となる本作りをコンセプトに据えている身としては、どうしても作りたい1冊だった。全国でダントツ1位を誇る落花生の生産県であり、他県の方にも「千葉といえば○ィズニーと落花生だよね」と某テーマパークと並び称されるほどの知名度を誇る。
一方で、後継者不足等で危機的状況であるという現状も、本作りへの意欲をいっそう掻き立てたし、私も含めて千葉県人でさえも、落花生について知らないことが実に多かったからだ。
そんな落花生のアウトラインを、まずは押さえてみたい。
落花生が木の上に実ると思ってる方。それは大間違いである。落花生は畑で栽培するもので、地中に実る。5~6月に畑に種を蒔き、4カ月ほど経ったら地中に結実した落花生を掘り起こす。掘り起こしたら根を上にして1週間ほど乾燥させ、円筒状に積み上げる。この積み上げた落花生の山を「ぼっち」と呼ぶ。ぼっちを乾いた北風にあてながらゆっくりと1カ月ほど乾燥させ、株と莢(さや)を分離させる脱莢(だっきょう)を経て、ようやく加工所に送られるのである。

ぼっちが畑に並ぶようすは私の大好きな風景の一つ。晩秋の北総台地(千葉県北部)の風物詩である
ひょっとして、柿の種に入っているピーナッツが、収穫した落花生の殻を剥いてそのまま入れたものと思っている方もいらっしゃるのではないだろうか。それも大間違いである。
掘り起こしたばかりの落花生は「生(なま)落花生」と呼ばれるもので柔らかい。茹でると甘く、ほっくりしておいしい。茹で落花生は非常に足が早く、現地ならではの珍味とされたが、近年は冷凍やレトルト技術が発達し、全国に流通している。居酒屋のお通しで味わった方もいらっしゃるだろう。
では、あのカリッとした食感のピーナッツは何なのか。それは、落花生を「焙煎」したものなのである。これは、千葉県人でも結構知らない人が多い。それもそのはずで、落花生販売店は千葉県の至る所で見かけるけれども、加工所に触れる機会が少ないからである(販売店が多いことは結構県外の方に驚かれるが・笑)。先に触れた伊藤国平商店は、農家から仕入れた落花生の「加工」と「販売」「卸」を担う落花生屋である。

2020年に創業102年を迎える伊藤国平商店
たまたま2017年の暮れに伊藤国平商店を訪ねたとき、新勝寺に落花生を納めていること、そして翌年に創業100周年を迎えることを聞き、今こそ落花生本を作るタイミングだと直感した。すぐに取材を申し込み、加工現場にお邪魔すると、そこには驚愕の風景が繰り広げられていた。
工房のとある一室。窓際の席におばちゃんたちがずらりと並んで細かく手を動かしている。実は、1粒1粒目視で確認しながら、キズ、腐れ、割れなどの欠点豆はじいているのである。なんと途方もない地道な作業だろう。
選別したら焙煎へと工程は移るが、殻付きの落花生か、殻を剥いたピーナッツかで焙煎機を使い分ける。表面だけ炒られてもダメなので、芯まで火が通るよう火加減に注意を払う。また、ピーナッツペースト用は深煎りにして香りを強調するなど、用途によっても焙煎度合いを変えていくのだ。

1粒1粒、欠点豆を選別していく

剥き身(殻を剥いた落花生)の焙煎。殻付き落花生は別の焙煎機を使う

できあがった殻付き落花生
豆をハンドピック(選別)して焙煎する……。そう、コーヒー豆と似ている。が、コーヒー豆は今、あれだけ作られる過程に関心が寄せられているのに、落花生はどうだろう、ぜんぜん知られていない。正直、この現状がすごく悔しい。伊藤国平商店の3代目、伊藤寿一さんがおっしゃった言葉が今も印象に残る。
「私がもっと若ければ育てるところからやってみたかった。土地を借りて落花生を自分で育てて、そして売ることができたら」。

拙著『房総落花生』、伊藤国平商店のピーナッツペーストと、
千葉県の給食でお馴染みピーナツハニー
そんな伊藤さんの意志を受け継ぐかのように、千葉では今、落花生店とパン屋とデザイナーがコラボして新たな商品を生み出す若者たちがいたり、農場カフェが落花生メニューを考案したりと、落花生の栽培から加工、販売までを繋げる活動が活発になりつつある。「千葉といえば落花生」という、表面的なキャッチコピーで終わらない、ほんとうの落花生の魅力を未来に伝えるべく、この本をこれからも届けたいと思っている。
沼尻亙司さんの公式サイト「暮ラシカルデザイン編集室」https://classicaldesign.jimdo.com/