はじめてボルネオ島を訪れたのは10年ぐらい前だったと記憶しています。マレーシア側のムルという町で泊まった宿でたまたま手にとった雑誌を眺めていると、ドリアンについて書かれていた記事に興味を惹かれました。実はドリアンの味は木ごとに異なり、特に美味しい木になるものは市場に出回ることはなく、ツテがあってさらに何か月も前から予約しなければ手に入れることはできません。この記事の著者が食べた極上のドリアンは、上等なブランデーの味がしたそうです。
いったいどんな味がするのだろう?
当時、ドリアンが特別好きだというわけではありませんでした。でもなぜかとても気になったので、「ブランデー味のドリアンを食べる」とやりたいこと100のリストの片隅に書き足しました。

ブランデー味のドリアンがあるとしたら、果肉はこんな色でしょうか?
オトコのドリアン 毎年5~6月頃の週末の土曜日に、趣味でやっているマインドスポーツの大会に出るため、パタヤ郊外のジョムティエンという町を訪れます。ちょうどタイのドリアンシーズンと重なるので、プラス1~2日して、タイ東部の名産地であるチャンタブリやラヨンにドリアンハンティングに行くようにしています。
あるとき、バンコクに戻ってから帰国フライトまで5時間ほど時間があきました。そこで、タクシーを捕まえて、「ドリアンは好きか? オススメの場所に連れて行ってくれ」とリクエストしました。
「予算は?」
「美味しいのであればいくらでも。(まあいくら高くても知れてるよね......)」
「オーケー。オトコ・マーケットに行こう」

CNNが選ぶ、「世界のマーケット」第4位のオトコ・マーケット
ひょっとしたらとんでもないドライバーにあたってしまったのかもしれないぞ、という一抹の不安の胸に、夕暮れのバンコク市内からどんどん離れて郊外へと向かっていきました。30分ほど車を走らせて到着したのは、オトコ・マーケット。CNNが選ぶ世界のマーケット10に選出されたこともある由緒正しいマーケットでした。
これまで訪れたことのあるタイのマーケットとは異なる清潔感溢れる高級マーケット、目的のドリアン屋はその最奥にありました。100グラム300バーツ(約1,000円)という見たことがない高額の値札とともに、仰々しく果肉ごとに個包装されたドリアンが並んでいます。ここは、農薬に毒されることなく美味しいドリアンを堪能したい、富裕層向けのオーガニックドリアン専門店だったのです。

クリーミーで美味しい、オーガニックモントン
取り扱っているのは、「モントン」というタイドリアンの代名詞とも言うべき品種です。日本にも輸入されて、5~6月頃にたまに果物屋に並ぶドリアンは、ほぼ間違いなくこのモントンです。平均3~4キロはあるであろう大玉サイズで、種は小さく果肉が大きいのが特徴です。
正直僕はあまり好きな品種のドリアンではありません。よく熟したものはバターのようにクリーミーで甘いのですが、口に入れたときの旨味にどうもパンチがありません。また、サイズが大きいこともあり、単調な甘さがひたすら続くので途中で飽きてしまいます。ただ、無農薬という栽培方法の差なのか、値札マジックなのか、このとき食べたモントンは抜群に美味しかったのを覚えています。
タイ対マレーシア、美味しいのはどっち? ドリアン好きを公言しておきながら意外に思われるかもしれませんが、タイで食べたドリアンで「また食べたい!」と思ったのは、後にも先にもこの一度きりでした。一般的にドリアン大国といえば、タイとマレーシアが有名です。食べ比べたことがある人であれば、タイのドリアンとマレーシアのそれは全くの別物という話はよく聞きます。タイのモントンが好きか、マレーシアの猫山王が好きか、品種は好みの問題だと思いますが、最たる違いは収穫方法でしょう。
マレーシアのドリアンは、木の上で熟して自然落下したものを収穫します。落ちたその瞬間が最高の食べごろで、時間の経過とともに味が劣化します。なので、採れたてができるだけ早く地元や近郊都市の市場に届けられる、どちらかというと地産地消に近いスタイルです。シーズンにドリアン屋を訪れれば、美味しいドリアンに出会うのはとっても簡単です。
ところがタイでは、熟しきる前に収穫して追熟させます。タイのドリアンは輸出が国内消費を上回ります。マレーシアと同じような収穫方法では、輸送中にどんどん劣化してしまうでしょう。また、同じ木でも同じ日に一斉に落下するわけではないので、二週間ぐらいかけて毎日数個ずつ落下したものを拾うマレーシアシステムは、大量輸出を前提に考えると非効率なのかもしれません。
マレーシアドリアンを買うときは、とにかく鮮度のよいものを買っておけばハズれる可能性は低いでしょう。タイドリアンを買うときは、少なくともいい感じに熟したものを買わないといけません。タイのドリアン屋に行くと不思議なことに、「ドリアンはあるけど、いま食べられるものはないよ」と言われることがままあります。タイでドリアンを食べて「一度でいいかな」と思っている人は、ぜひマレーシアでも二度目を食べてみてください。きっと、ドリアンのイメージが変わると思いますよ。
おそらくはじめてドリアンを「果物の王様」と称したのは、かのダーウィンと並ぶ進化論の大家であったウォレス。彼はボルネオ島を旅して、「ドリアンを食べることはひとつの新しい感動であり、そのためだけに東洋に航海してみる価値がある」という名言を残しました。そんな彼も、マラッカ(マレーシア)ではじめて出会ったドリアンは、鮮度が悪く不快な匂いでとても口にできたものではないと評しています。彼が感動したドリアンは、ボルネオ島で食べた自然落下したてのものだそうです。(つづく)
【森川寛信公式ウェブサイト】
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