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食べるしあわせ
ところ変われば料理も変わる!? 「旅の食堂ととら亭」店主
久保えーじ
第3回 ロールキャベツとサルマーレ
 バルカン半島はヨーロッパの中でも異色の地域。それは多分、西欧と比較して古くはイスラム教のオスマン帝国に支配されていた歴史があり、近代であれば、ほんの30年ほど前までは社会主義圏だったからかもしれません。EUに参加する国が増えつつある現代でさえ、一歩踏み込んでみれば、そこには日常レベルでの驚きがたっぷり待っていました。

 2013年の6月下旬。ルーマニアの首都ブカレストに到着した僕らは、予約していた宿を探していていきなり迷子に(当時はまだスマホを持っていなかったので……)。と申しますのも、探すはとある偶数番地の住所なのですが、43番地の隣は45番地になっており、対面にも裏にも42番地や44番地がないのです。そこで偶然通りかかった怪しい英語を話すお巡りさんに聞いてみれば、ロータリーを中心に通りの東側はすべて奇数で、反対の西側が偶数になっているとのこと。なるほど、そっちへ行ってみたら今度は偶数番地ばかり。

1556年に建てられた高さ64mの時計塔は、ルーマニア中央部・シギショアラのランドマーク

シギショアラのローカルレストラン

 さらに驚いたのは鉄道の車両表示。日本をはじめ、僕らの知る限り、鉄道は先頭車両に表示してある場所が行き先です。ところがドラキュラ伯爵のモデルとなったヴラド三世生誕の地として有名なルーマニア中央部のシギショアラからブカレストまで戻ろうとしたときのこと。停車時間に余裕がなく、きわどいタイミングでホームに滑り込んできた列車を見れば、「Bucuresti」と表示があります。
 そこで飛び乗ったのはいいものの、心配になって他の乗客に聞いてみれば、これはブカレスト行きではなく、ブカレストから出発した列車だと言うではないですか! 外国で行き先と真逆方向の列車に乗ってしまったのは、後にも先にもこれだけです。

 そんなこんなで宿に着いたと思ったら、そこはホテルならぬ社会主義時代に建てられた古く薄暗いアパート。貸主はおろかフロントマンすらおらず、偶然あらわれた掃除の人に身振りで事情を説明してやっと入室。さすがにここまでくればもうサプライズはないと安心した矢先、今度はシャワー室で蛇口を回してもお湯が出ません(先端のダイヤルも回さないとお湯も水も出ない仕組み)。
 こうして退屈とは無縁のルーマニアの旅が始まったのですが、驚きは違いによるものだけとは限りませんでした。食卓には意外な日本との共通点も待っていたのです。それはロールキャベツ。日本では家庭の味のひとつとなり、給食にも登場するこの料理が、ルーマニアではサルマーレと呼ばれて国民食の地位を得ていたのでした。

ルーマニアのサルマーレ(右)とママリガ(左)


 トマト風味のコンソメスープで煮込むことの多い日本のロールキャベツとの違いは、具材を包むのが生のキャベツの葉を湯がいたものではなく、ザワークラウトが使われていること。そのせいか滋味深い酸味がソース、中身ともにしみわたり、それが大きな特徴となっています。肉はポークがほとんどでしたが、ビーフを使ったレシピもありますね。そしてアクセントは、ほんのり甘いディルシードの香り。同じ料理も、育ちが違うとだいぶ印象が変わるものです。
 似て異なる点といえば、お供のママリガもまた僕らにはなじみの薄い食べ物でしょう。これはトウモロコシを挽いて粉にしたコーングリッツにミルクやバターを入れ、加熱しながら蕎麦がき状に練った料理。イタリアにも全く同じといってもいいポレンタと呼ばれるものがあり、いずれも英語圏のマッシュポテトと同じような位置づけですが、量は主食のようにどっかり付いてきます。淡泊な味のせいか、これがまたサルマーレと相性抜群。

ナスを使ったトルコのサルマの一種、カルヌヤルク

 ではこのサルマーレ、どこで生まれて、どう広がっていったのでしょう? ルーツをたどってみると、オリジナルはクミンが香る、ちょっとスパイシーなトルコのロールキャベツ、サルマだとする説が有力です。なるほどサルマーレの語源になっている「サルマ」とはトルコ語で「巻く」という意味の言葉です。

 そこで興味深いのは、ナスの肉詰めのような料理の名前に使われる「ドルマ(詰める)」を意味する言葉との関係です。サルマをさらにさかのぼると、ブドウの葉で米を包んだドルマに行き着くと主張する説にぶつかりました。詰め物も巻き物も、サルマと呼ぶかドルマと呼ぶかは場当たり的なようですが、トルコを中心に北西に接するバルカン半島の国々ではギリシャのドルマデスを除き、サルマ、サルマーレなどサルマ系の名前で広がっており、東のイランからコーカサス地方にかけてはドルマシ、トルマなどドルマ系で根づいています。
 これだけを俯瞰するなら、「なるほど、ロールキャベツはトルコ発祥か」と、うなずけるかもしれません。

トルコのヤランジュ・ドルマス(サルマ)
サルマの原型といわれている

トルコのサルマ


 しかし視線をバルカン以北に向けた途端、トルコ起源説が揺らぎ始めてしまうのですよ。ロシアをはじめ、ポーランドやチェコなど東、西スラブ系の国々では、その形からイメージしたのか、ガルブツィ(ロシア)、ホルプツィ(ウクライナ)など、スラブ語で「ハト」を意味する「ゴルブ、ゴルバ」等から派生した名前で広がっているではないですか。
 キャベツはもともと地中海南西部が原産地で、9世紀ごろには野菜として食べられ始めていたといいますから、長い目で見れば建国13世紀末のオスマン帝国の時代が到来するまでロールキャベツが生まれなかったと断定するのは、やや早計かもしれません。

ロシアのガルブツィ

ポーランドのゴウォンプキィ


 締めくくりはトルコから南に位置し、オスマン帝国に恨みつらみはあるけれど、トルコ料理には目がないというアラブ諸国。ドネルケバブを物はそのままシャワルマと呼び変えているのは知られた話ですが、詰め物、巻物系もまたアラビア語の「詰められたもの」を意味するマフシーに置き換えて、しっかり根づいています。故にロールキャベツはアラビア語圏でいうとマフシーコロンブ。どうやら人間は古今東西、政治や宗教で対立しても、おいしい料理は否定できないようですね。(つづく)

【「旅の食堂ととら亭」のホームページアドレス】
http://www.totora.jp/

定価1,980円(税込)

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 これまで50以上もの世界の国々を旅してきた久保さん夫婦が営む『旅の食堂ととら亭』は、2人が旅先で出会った感動の味を再現した“旅のメニュー”を提供するお店。元会社員のえーじさんが広報&フロア担当で、料理人の妻・智子さんが調理を担当。そんな彼らが追いかけ続けているのが、世界のギョーザだ。トルコのマントゥ、アゼルバイジャンのギューザ……国が変われば名前や具材、包み方も変わる! 個性豊かな世界のギョーザをめぐる旅と食のエッセイ。

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【くぼ・えーじ】
1963年神奈川県横浜市生まれ。ITベンチャー、商業施設の運営会社を経て2010年、妻で旅の相棒であり料理人でもある智子(ともこ)とともに、現地で食べた感動の味を再現した“旅のメニュー”を提供する「旅の食堂ととら亭」を開業。同店の代表取締まられ役兼ホール兼皿洗い。これまで出かけた国は70以上、旅先で出会った料理の再現レシピは140以上にもなる。開店11年目の2021年11月、新たな街へと旅立つために東京・中野区野方の店を閉店。2022年夏に予定している葛飾・柴又の新店舗オープンに向けて格闘中の毎日を送っている。
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