全国から寄せられた多数の魅力あふれる作品の中から、編集部が選んだ5作品を紹介する連載の最終回。遠い旅先の小さなお店で出会った、パンにまつわるエッセイです。旅先で出会った北海道産小麦
西尾充史(北海道、58歳)
地元の人に愛される小さなお店との出会い。それ自体は旅の目的ではないが、思い出をより深く、忘れられないものとしてくれる。
昨年末、奈良の法隆寺を訪ねた帰り道、住宅街の中にひっそりとたたずむパン屋さんを見つけた。ドアを開けると、オーブンから立ち上る焼き立ての香りが漂ってくる。小さな店の片隅に妻と並んで腰掛け、まずは一口。噛むたびに、そこはかとない小麦の香ばしさが広がる。次々と頬張りながら、思わず顔を見合わせてうなずく。
お店の人に「最高に美味しいですね。僕ら北海道から来たんです」と声をかけると、「それは遠いところ、ようこそ」とうれしそうに笑う。お土産にしよう、と買ったパンは夜ごはんとして全部平らげてしまい、翌朝再訪。帰りの機内でも食べることとなった。「小麦は北海道産だったね、気がついていた?」と問うと、妻がにっこりほほ笑んだ。
初めての街で、弾力のある生地を口に含んで目をつぶると、いつか見たどこまでも続く黄金色の畑が浮かんでくる。あそこから、ここまで来たのだ。
遠い旅先で出会った小麦は、愛おしくて、なんだか誇らしい。
※本記事は一般公募によるエッセイです(現在は受付を終了しています)。
※記載されている内容は筆者の体験や感じたことをもとに綴られています。
※登場する場所やお店の情報・商品・メニューなどは現在と異なる場合があります。
※内容に関するお問い合わせにはお答えできかねますので、あらかじめご了承ください。
※掲載にあたり、表現・表記の調整を目的として一部編集を行っています。――かもめの本棚10周年特別企画「旅と食」のエッセイ募集に全国から数多くの作品をお寄せいただき、編集部一同、あらためて感謝申し上げます。編集部では、今後も同様のエッセイ募集を予定しております。ぜひ次の機会にも、旅や食を通して生まれた、あなただけの物語をお寄せいただけましたら幸いです。皆さまの作品に再び出会える日を、心より楽しみにしております。◆かめの本棚のWEBマガジンや書籍で活躍する著者たちがつなぐリレーエッセイ
【忘れられない旅と味】はこちら
⇒
https://www.tokaiedu.co.jp/kamome/contents.php?i=1748