電車でバスで、のんびりゆったり団体旅行。案内してくれるのはベテランガイドのウナーシャさんだ。名所旧跡を訪ねて「ふむふむ」うなずき、旅先の名物を食べ歩いては大はしゃぎ。そんな様子を専属カメラマンがパチリパチリ……。でも、あれれ？　写っているのは「人」じゃない。なんと、このツアーのお客さまは「ぬいぐるみ」！　ぬいぐるみのための旅――そんな新しいビジネスを展開している東園絵さんにインタビュー。まずは、旅行に参加する“お客さまたち”のお話から……。

――ウナギトラベルは、「ぬいぐるみのための旅行代理店」。持ち主から預かったぬいぐるみを連れて旅をし、行く先々でぬいぐるみたちが“旅行を楽しんでいる”様子を撮影してフェイスブックに掲載、旅の様子をリアルタイムで報告する。旅が終われば思い出の写真と一緒にぬいぐるみを持ち主に返却して任務は完了だ。そう説明を受ければ「なるほど」と思うけれど、それでもやはり疑問が残る。なぜ「人」ではなく「ぬいぐるみ」の旅なの？

　
　ウナギトラベルに込めたのは“誰にでもアドベンチャーを”という思いです。なんらかの理由で遠出ができない人に、その人が大切にしているぬいぐるみを通じて旅の機会を提供するサービスです。ぬいぐるみの旅が、持ち主の気持ちを前向きにしたり世界感を広げたり、人生がより明るくなるためのきっかけになれば、と考えたのが始めた動機でした。

――確かに、ぬいぐるみが特別な存在になることはある。家族の一員同様だったり、じっと話を聞いてくれる友達だったり、お守りのように持ち歩くことも……。では、どんな人がぬいぐるみを旅に参加させるのだろう。

　たとえば、車イスでなかなか旅に出られない人、日本を知りたいけれど時間とお金がなくて行かれないという外国人などなど。中には“息子の自立のため”に申し込んだ人もいました。「もうすぐ小学生になるのに、ぬいぐるみのクマさんと一緒でないと何もできない。仲よしのクマさんが一人で東京に行って、知らない仲間と旅をして頑張っている姿を見たら、この子は“自分もしっかりしなくちゃ”と自覚するかもしれない」というのが参加理由でした。子ども教育のため、という目的もあるのだと教えられましたし、うれしい驚きでした。

　ウナギトラベルの旅をきっかけに“引きこもり”から社会復帰した人もいました。ツアーに参加した自分のぬいぐるみを、“旅の仲間たち”が何かと気にかけて一緒にいてくれる様子を見て、「もう一度、人とのつながりを作ろう」と思ったのだそうです。


――なるほど、ぬいぐるみを託す目的は人それぞれ。だから東さんは“かけがえのないぬいぐるみ”を持つ一人ひとりの気持ちに共感し、寄り添おうとする。

　ツアーに申し込む際には、アンケートをお願いしています。参加目的のほかに、「乗り物酔いしませんか？」「アレルギーはありますか？」なんていう質問もするんですよ（笑）。「この子は恥ずかしがり屋さん」とか「お酒が好き」というような、ツアー客（ぬいぐるみ）の性格や好みも知りたい。ツアーで巡る場所は基本的に同じですが、参加者は毎回違います。だから、それぞれの個性を考えながらストーリーを組み立てて、撮影場所やポーズを決めるんです。

――想像力とアイデアと知恵と工夫が必要な仕事だ。そういえば、東さんが撮影した写真の中のぬいぐるみたちは、笑い声やおしゃべりが聞こえてきそうなくらい和気あいあいとして楽しそう。

　あるツアーに、ダッフィーとアーサーという名前の“お客さま”が参加しました。アーサーは足が安定しない形のぬいぐるみだったので、ダッフィーに寄りかからせて写真を撮ったのですが、それを見たアーサーの持ち主がフェイスブックに「支えてくれてありがとう」とコメントしてくれたんです。それを読んだダッフィーの持ち主からは、「私はいつも支えてもらう側ですが、今回初めて人の役に立つことができました」というメッセージが届きました。実は、ダッフィーの持ち主は体に障害のある人だったのです。

　ツアー後、ダッフィーの持ち主からお誘いをいただき、昼食をともにして楽しいひとときを過ごしました。普段はあまり人に会いたがらず、外出することはほとんどなかったとお聞きしましたが、ぬいぐるみを通した交流が彼女の気持ちを少しでも前向きにしたのなら、ウナギトラベルの旅は意義があることなのかなと思います。

――傷つくことを恐れて人と対峙するのを避け、人間関係が希薄になっているといわれる昨今。「ぬいぐるみを通じてだから伝えられることがあるのだと思うんです。フェイスブックを通じて同じツアーを利用した人の間に、温かい交流が生まれていることがとてもうれしい」と東さんはいう。ぬいぐるみの旅は、持ち主の心を素直にし、癒し、励まし、つないでいるのだ。では、なぜ東さんは「ぬいぐるみのための旅行代理店」を始めたのか……。次回は「起業家」としての東園絵さんに迫ります。

（構成・編集部）


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