第1回 駄菓子がつなぐ親子三代のお付き合い【前編】
新刊『東京おいしい老舗散歩』が全国の書店で発売になりました。著者で江戸文化研究家の安原眞琴さんは、この本の中で、下町の歴史や年中行事、グルメが楽しめる散歩コースを1月から12月まで月替わりで紹介しています。特にグルメについては、安原さんが「おいしい味とゆったりした時間を味わえる東京の老舗」12店をセレクト。下町情緒を今に伝える名店を集めています。
そこで今回は、そんな老舗の魅力を肌で感じてみようと、新刊に登場する3店に取材。それぞれの店主に、「受け継いだ伝統の味」と「好きな町の風景」をテーマに話を聞きました。前編・後編でお届けします。
21坪の平屋の建物は明治以前の建築様式
安産・子育ての神様として知られる「雑司ヶ谷鬼子母神」。その境内に、東京最古といわれる創業1781年(天明元年)の駄菓子屋があります。江戸時代中期から続く老舗「上川口屋」の13代目店主・内山雅代さんを訪ね、長くかかわってきた駄菓子とお客さまへの思いを聞きました。
「上川口屋」13代目店主・内山雅代さん
店を手伝うようになったのは9歳か、10歳。それから70年近く、この店に携わってきました。昔は店の前が子どもたちの遊び場だったんです。学校から帰ると、みんなが遊んでいるのに私はここでお店番。友だちからは、「いいわねえ、お菓子がいっぱいあって」とうらやましがられたものです。でもね、母からは「お店の商品には手を出しちゃいけない」と言われていたので、おやつにいただくなんてことはなかったですね。
今でこそリーズナブルになったチョコレートも、昔は高嶺の花。お菓子といえば、砂糖とあんこ、米菓子でした。
“おこし”をご存じですか? お米を膨らませて水飴で固めたものに青のりがパラパラとふってあって、オブラートで包まれている。これがおいしかったんですよ。おせんべいはたくさん種類がありました。“あんこ玉”は余計な添加物が入っていないので、いい味なんです。“きなこ飴”も、古くからありましたね。

100年以上使われている桐の箱には、今もきなこ飴が
先代の母から何かを言われて教わったことはありません。長年ずっと横で見ていましたから。10円のお買い上げでもお客さま。小さな子にも「ありがとうございます」と頭を下げるのは当然のことです。子どもあっての商売ですから。
値札がないのは「何でも聞いてください」ということです。子どもたちと一緒に小銭を数えたり、おつりで買えるものを考えたり。口をきかなくても物が買える時代ですが、そういったやりとりがあるのもいいことではないでしょうか。

店台は幼い子どもでも手の届く高さ。懐かしいお菓子が100種類ほど並ぶ
このあたりはお寺がたくさんあって、墓参りに連れられてきた子たちは、ここでお菓子を買ってもらえることが楽しみだったのでしょうね。
また鬼子母神は子育ての神様ですから、まずはお宮参り、次は七五三と親に抱えられて来ます。歩くようになったら「大きくなったわね」「もう小学生?」と声をかける。子どものころからうちのお得意さんだった人が20歳になると晴れ着を見せに来て、しばらくすると今度は赤ちゃんを連れて寄ってくれます。
皆さん、この店が変わらないことに驚きますが、人の好みも変わらないものです。子どものころにここでいつも選んでいたものを、大人になっても買っていかれますよ。

東京都の天然記念物に指定された鬼子母神大門のケヤキ並木が続く
3世代にわたって来てくださるお客さまとのつながりがあるので、まだまだ店をやめられませんね。(後編に続く)
(構成:尾高智子)