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美しいくらし
今日も珈琲日和 「珈琲屋台 出茶屋」店主
鶴巻麻由子
最終回 こどもたち

※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本(『今日も珈琲日和』を好評発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。著者・鶴巻麻由子さんのインタビュー記事はこちらです。


昨年の12月、出茶屋10周年のお祝いにみんなからもらったものがある。
「感謝状」

手づくりの感謝状を読み上げてくれたのは「出茶部勝手に子供会長」のはるちゃん。
はるちゃんと初めて会ったのは1歳とちょっと、お母さんのスリングの中ですやすや眠っていた。
それがよちよち歩くようになったと思ったら、おしゃべりしてモリモリ食べて、踊ったり走ったりしながらぐんぐん大きくなっていった。
出茶屋ではるちゃんと時をすごしてきた大人たちは、それぞれに思い出があり、よその子と思えないほど。いつか、「はるちゃんの結婚式に」なんて呼びかければ、みんなから集まる面白い写真はたくさんあるはず。
出茶屋と同じ10歳になったはるちゃん、「子供会長」という響きはごく自然なものに感じる。
手づくりの感謝状をもらえてとてもうれしい。


はるちゃんをはじめ、出茶屋に来るこどもたちが、日々成長していく様子を近くで見ていられるのはたまらなくいいものだ。
大人はコーヒーを飲みながら、お客さん同士の会話を楽しみ、家や仕事以外のひと息の時間を過ごしている。
こどもたちは、ときに梅ジュースやカフェオレ(珈琲抜き)を飲みながら、いろんな大人に会い、世の中にはたくさんの生き方があるということを知る場所になっているかもしれない。

そして、こども同士の社会が広がっていく。

赤ちゃんは来るたびに表情が変わり、できることが増えていく。「初めて立った!」なんて現場に立ち会うこともある。カタコトで「コーヒー」と言ったり、ミルのハンドルを回すのを見て、手を「ぐるぐる」と回したり。いろんなお客さんが、赤ちゃんを幸せそうに抱っこしている。

もう少し大きくなったこどもたちは、こども同士の社会に入っていく。年かさの子の一挙一動をよく見ていて、飛んだり跳ねたり何でもまねをする。なかなか思い通りにいかなくて泣いたり、ときには兄弟のようにケンカもする。
椅子から離れ、近くを散歩したり、路上にチョークやろう石でお絵描きをするのも、みんなが夢中になるもののひとつだ。


小学生になると、だんだんとひとりの人としての個性が光ってくる。出茶屋の外でふいに会うことも出てきて、そんなときこどもたちから声をかけてもらえることがうれしい。
オリーブガーデンからの帰り道。 「つるさーん」と声をかけてくれたと思ったら、「屋台引いてみたい!」と止める間もなく屋台を引き出す姉妹。焦って後ろを支えながらも、こどもたちの目がとっても輝いていたのがうれしかった。「屋台を引かせて」は大人にもたまに言われるけれど。
出店場所のこどもたちや平林家のお絵描き教室に集うこどもたち。お店仲間のこどもたち、ご近所の子、学校の友達。日々いろんなこどもがくる。初対面だったり、たまにしか会わなかったりして最初はもじもじしていても、いつの間にかこども同士遊び出す。ゲームも何もなくても遊べる。ただ走っているだけでも楽しいみたいだ。


そして、こどもたちの様子を、親に限らず誰かしらの大人の目が見守っている。
そんな昭和の下町のような光景を自然に見られることが、とても得がたい幸せだと思う。


屋台を始めたころ、こどもたちの交流の場が生まれることは想像していなかった。それは始めてみて気がついたことであり、だんだんと、お客さんが作り出してくれたものだと思う。
今、大きくなったあの子たちが「小さかったころはあんなだった、こんなだった」と昔話をするのも楽しい。こどもたちが、その時期その時期で同じような行動をする連鎖を見るのも面白い。
それはこどもの成長であり、出茶屋の成長でもある。
こどもたちからもらうものは、とても大きい。


やがてこどもたちは大きくなって、自分の時間を過ごすようになり、お父さんお母さんと一緒に出茶屋に来ることは少なくなる。それは少し寂しいけれど、こどもの成長は楽しみなこと。

こどもたちの心の中に、出茶屋で過ごした時間のかけらが残っていますように。


日々会う人、遠くへ行ってなかなか会えなくなった人、たくさんの顔が浮かぶ。
久しぶりに会う人とは、はるちゃんは今大きくなったよねえ、という話しで盛り上がる。
平林家のナウシカに、沖縄に住む常連さんから手紙と絵本が届いた。
遠くへ行った人にも、こどもたちの記憶が息づいている。


10周年を祝ってもらったとき、「次は20周年だね!」とかけ声があがった。
10年後、はるちゃんは20歳だ。今小さなこどもたちもすっかりお兄さんお姉さんになっているだろう。「孫」も誕生するかもしれない。
枡本さんは94歳! そしてみんなは……。

こどもたちが大人になったら、一人でコーヒーを飲みに来てくれるだろうか。
いつかこどもたちの誰かが屋台をやりたい、なんて言い出すこともあるかもしれない。

出茶屋はこれからもこどもたちという希望を、見守っていきたいと願う。

イラスト:平林秀夫


(写真提供:鶴巻麻由子)

【「珈琲屋台 出茶屋」のホームページアドレス】
http://www.de-cha-ya.com/

【平林さんのお絵かき教室のホームページアドレス】
http://kyklopsketch.jimdo.com/
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【つるまき・まゆこ】
1979年千葉県生まれ。2004年に東京都小金井市に移り住む。同年、小金井市商工会が主催する「こがねい夢プラン支援事業」に応募し、珈琲屋台のプランが採用。火鉢と鉄瓶で小金井の井戸水を沸かし、道行く人に1杯ずつ丁寧に淹れた珈琲を飲ませる「珈琲屋台 出茶屋」を始める。現在は小金井市内で、「珈琲屋台」「丸田ストアー焙煎所」「出茶屋の小屋」の3つの形で営業中。詳細は「珈琲屋台 出茶屋」のホームページを参照。
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