× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
美しいくらし
今日も珈琲日和 「珈琲屋台 出茶屋」店主
鶴巻麻由子
最終回 出茶屋の周りで始まっていること

WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『今日も珈琲日和』を好評発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。



 武蔵野の面影が色濃く残る東京・小金井界隈。鶴巻麻由子さんは、そこで珈琲屋台を営んでいる。花屋の店先や公園など、心地よい場所でおいしい珈琲をゆっくりと。鶴巻さんがやっていることは、私たちの今とこれからに多くのヒントを与えてくれる。


──初めて鶴巻さんの珈琲と出会って3カ月と少し。出茶屋と鶴巻さんをめぐる話は、早くも最終回を迎えた。出茶屋に集う人たち、そこでいい味出してるモノたち、それにおいしい珈琲。出茶屋に行くたびに元気をもらったっけ。なぜ、鶴巻さんの周りには元気のタネが集まるのだろう。出茶屋と鶴巻さんのこれまでと、今と、これからについて伺いながら、そのヒミツを探ってみた。まずは「なぜ珈琲?」という素朴な疑問から。


 大学生のころ、本屋街の神保町にある喫茶店でウエートレスのアルバイトをしました。珈琲を飲みながら本を読んでいるお客さんなど、本屋街の喫茶店特有の空気感がとても好きだったんです。いざ卒業となったときに、就職するというイメージが全く持てなくて。外国に行こうと喫茶店を辞める話をしていたのですが、行ってから何をしたいかわからなくなって……。それで「好きなことをやろう!」と、大好きだった喫茶店のアルバイトを続けることに決めました。それならばと、店のマスターが「カウンターの中に入って珈琲いれてみる?」と声をかけてくれて。それで初めてお客さんのために珈琲をいれました。お金をいただくからには、おいしいものをいれたい。ものすごく緊張したけれど、自分の中で意識が変わりました。あの心地よさは、よく覚えています。

──わかる、わかる。さらりと清潔な白木のカウンターに、気のきいた付き出しとぬる燗。オヤジみたいな私には、大好きな店がある。オヤジと違って、いつか白い割烹着を着けてカウンターの向こう側に立ってみたいとの夢もある。でも、夢は夢と最初からあきらめ、ただ客として杯を重ねるのみ。そこからして違うんだなあ、とまずは納得。

 マスターからハンドドリップの基本的ないれかたを教わり、「喫茶店をやりたい」と相談。「いろいろな店を見て回ったほうがいいよ」とアドバイスをもらい、さまざまな珈琲のいれ方をしている店に客として数えきれないくらい通いました。そうして動き出してみたら、どんどん珈琲にはまってしまい、後はもう「やろう!」と。散歩が好きだったこと、神保町の店が地下だったこともあり、空を見ながら珈琲をいれたいと、珈琲屋台に行き着きました。

──求めよ、さらば与えられん。鶴巻さんの話からは、巷の成功譚やらサクセスストーリーとは全然違う、しなやかな強さを感じる。「おいしい珈琲をいれたい」とのまっすぐな思いが、魅力的な人たちを引き寄せているのだ。

 初めて珈琲屋台を出すことができたのは、今は小金井からお店を移転してしまった街道沿いの花屋さん。屋台を面白がってくれたものの、「店先に出すからには、おいしくなければだめだよ」と。それで、ものすごく緊張しながら珈琲をいれたら、「おいしい!」と喜んでくれて、そこから出茶屋が始まりました。近くにあった骨董屋さんのおじいちゃんも毎日来てくれるようになって、道行く人に「おいしい珈琲だから飲んで行けば」と声をかけてくれた。今でも大事に使っているちゃぶ台は、そのおじいちゃんが那須に引っ越される前にプレゼントしてくれたもの。今は毎年恒例になっているお客さんたちとのバーベキューも、そのおじいちゃんの発案だし、私だけだったら多分やらなかっただろうと思います。今は会えないけれど、こんなふうに忘れられない人たちもたくさんいます。本当にありがたい。

──出茶屋が週2回、店を出している花屋さん「オリーブ・ガーデン」も、市報を見て応募・参加したお祭りをきっかけに知り合った。出茶屋としては最長の出店期間で、もう8年。鶴巻さんは「幼稚園児だったお子さんが中学生になりました」と笑っている。この連載第1回「出茶屋に集う人々」に登場した平林秀夫さんのお宅でも、週2回の出店の折々に、そこに集まって来るお客さんたちと一緒に季節ごとの行事を楽しんでいる。

 去年の暮れの仕事納めは、平林家でした。開店早々に娘さんが平林さんに「段ボール工作したい!」とおねだりして、なんと親子で「ミニ出茶屋」を作ったんです! 果物が入っていた段ボールをチョキチョキ切って、棒を通して車輪はCDで補強して。火鉢に炭も紙で手作り。珈琲豆のトレーやメニューまであるんです。娘さんがトレーに乗せた豆を何度か引っくり返しちゃって、「そこまで真似して完璧!」なんて皆に言われて、私は複雑な気持ち(笑)。平林家では、毎月の「わらべ歌の会」や、1月に「百人一首の会」、2月は平林さん手作りの鬼のお面で節分の豆まきなど、年中行事を楽しませてもらっています。

──完成したミニ出茶屋は見事な出来栄えで、ちゃんと引ける。紙で作ったビスコッティも、棚の上にちゃんと乗っている。ちなみに、出茶屋で売っているビスコッティも他のスイーツも、鶴巻さんの珈琲によく合うからファンが多い。

 小さいお店で頑張っていこうという人たちが集まって月に一度、武蔵小金井で「はけのおいしい朝市」という小さな市を開いています。こちらのお菓子は、そのメンバーのお店のものもあります。

──「はけ」というのは、丘陵山地の片岸を指す地形の名称。東京の西にある小金井界隈は古の多摩川がうがった「はけ」が広がり、豊かな緑と美しい湧き水に恵まれている。この朝市は、その自然の美しさと心地よさに魅かれ、土地に根ざして暮していきたいと願う個性的で小さな店の主たちが月に一度、共同で開いている。

 2月初めには、東小金井駅の高架下にオープンしたショッピングモール「nonowa東小金井」のオープン記念イベント「ヒガコ・街なかマルシェ」にも、「はけのおいしい朝市」の仲間と出店しました。

──鶴巻さんの話を聞いていると、「動いてるな」と感じる。「始まっているな」とワクワクする。それがまた、なんとも力が抜けて心地よいドキドキ感。春の訪れとともに、出茶屋はますます活躍する予感がする。ゆったりまったりと、出茶屋の出番が広がっていくに違いない。

 屋台を引き始めて10年。ここ5年くらいで、ようやく軌道に乗ってきました。ほぼ毎年ぎりぎりだけど、何とかやっています(笑)。出茶屋は必ずしも利益を上げることが目的ではないんです。もちろん、これは商売であって趣味ではないのですけれど、そこが私の最近の価値観なのかな。それよりも、もっと違う充足感や幸せや、そういうものにつながるような実感があります。これからどういう展開をしていくのか、自分でも楽しみです。これから先も、きっとこの場所で、この人たちに生かされて屋台を引き続けていると思います

──「1杯の珈琲にも40年の思い出」というトルコのことわざがあるそうだ。解釈はいろいろあるみたいだけれど、1杯の珈琲を介して、さまざまな人がいろいろと思いをめぐらせる、ととれないこともないと思う。鶴巻さんが1杯の珈琲と一緒に道行く人に届けてくれるいろいろな思い──ぜひ、あなたも味わってみては?

(構成・白田敦子/写真・街道健太)

【「珈琲屋台 出茶屋」のホームページアドレス】
http://www.de-cha-ya.com/
ページの先頭へもどる
【つるまき・まゆこ】
1979年千葉県生まれ。2004年に東京都小金井市に移り住む。同年、小金井市商工会が主催する「こがねい夢プラン支援事業」に応募し、珈琲屋台のプランが採用。火鉢と鉄瓶で小金井の井戸水を沸かし、道行く人に1杯ずつ丁寧に淹れた珈琲を飲ませる「珈琲屋台 出茶屋」を始める。現在は小金井市内で、「珈琲屋台」「丸田ストアー焙煎所」「出茶屋の小屋」の3つの形で営業中。詳細は「珈琲屋台 出茶屋」のホームページを参照。
新刊案内