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美しいくらし
今日も珈琲日和 「珈琲屋台 出茶屋」店主
鶴巻麻由子
第1回 珈琲屋台に集う人々

WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『今日も珈琲日和』を好評発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。



 散歩の途中で、ゆっくり珈琲が飲めたら……。それも、とびきりの水とこだわりの豆でいれた、それはそれはおいしい珈琲だったら……。「珈琲屋台 出茶屋」は、そんな願いがかなう場所。なぜ、店主の鶴巻麻由子さんがいれてくれる珈琲はおいしくて深みがあって、飲むと幸せな気持ちになれるのでしょう。鶴巻さんと一杯の珈琲をめぐる、いろいろなお話の始まりです。


――新宿から中央線に乗って20分ほど。都心の喧騒がうそのように、緑いっぱいでのどかな風景が広がる東京都小金井市。東小金井駅を降りて、目指す珈琲屋台は確かこのあたり……と小路を折れると、あった、あった! すてきな花屋さんの店先に、かわいい真っ赤な屋根のリヤカー。「珈琲屋台 出茶屋」だ。店主の鶴巻さんは、背筋が伸びたやわらかなたたたずまいの人。話はまず、「なぜ屋台なの?」から。

 大学生のころから散歩が大好きで、珈琲も大好き。散歩の途中でおいしい珈琲が飲めたらいいなあと思い、「いつか公園の中で珈琲屋さんを開きたい」と思っていました。小金井には、一目ぼれで(笑)。いろいろな場所に住んでみたいと引っ越しを重ねてきたものだから、「今度はどこに住もうかな」と中央線沿いに。かねてから荻窪あたりまではなじみがあったのですが、三鷹より先はほとんど知らない。それが、東小金井の駅でふらりと降りて、「ここだ!」と気に入ってしまいました。

 引っ越して間もなく、市の広報紙で小金井市商工会青年部が募集していた「こがねい夢プラン支援事業」という企画を知って、珈琲屋台のアイデアを応募。プレゼンテーションが通り、1年以内に実現すれば助成が受けられることになりました。10年ほど前のことになります。トン! と背中を押される思いで、後はもう夢中で屋台づくりにまっしぐら。ネットで、東京にただ1軒残っている「屋台のリヤカー」の制作所を探し当て、通いつめて作ってもらったのが、この出茶屋です。

――屋台の前には年代物のちゃぶ台。その周りに炭火がおきた火鉢や七輪が並び、鉄瓶からはシュンシュンと湯気が。いつの間にか、おしゃれな毛糸帽子のおじいさんが座って火鉢に手をかざしている。「こちら、毎日来てくれる枡本さん」と鶴巻さんが紹介してくれると、すかさず「毎日来なきゃダメって言われたから」と笑顔で応じる枡本緝郎さん。地元のご常連だ。

 そんなこと、言ってないですよ(笑)。でも、これまで本当にいろいろあったから、地元の人に助けてもらってなんとか続けられています。小金井は緑が豊かなせいか、住んでいる人たちの心に余裕があるというか、こぢんまりしている町なので人と人との距離が近いように思います。ここじゃなかったら、こんなに続けられなかったと思いますね。

――保健所とのやりとりや行政との折衝で、しばらく営業できなかった時期もあったという鶴巻さん。そんな鶴巻さんを支えてくれたのが、地元のご常連たち。3カ月もの間、枡本さんが会長となって「出茶部」というサークルを立ち上げ、火鉢と珈琲を囲むひとときを守り抜いてくれた。

 おかげで、休まずに珈琲をいれ続けることができました。通常営業ができなかった間は、お祭りやイベント、それにご要望があれば開いている「珈琲教室」などのほかは、この花屋さんの店先と、もう一カ所、ご夫婦でお絵描き教室を開いている平林秀夫のお宅の庭先を借りて開かれていた出茶部の活動に参加していました。平林さんは以前、花屋さんの裏手のアパートに住んでいて、仕事の合間に珈琲を飲みに来ていたんです。そのうちにお子さんが生まれて引っ越しを考えていたころ、地元のアートイベントを通じて今の一軒家の大家さんと知り合ったそうです。大家さんがとても理解のある方で、「何をやってもいいよ」と……。

――鶴巻さんと出茶屋の周りで、輪が広がりつながっていく。話を聞きながら、「あれ?前にもこんなふうに珈琲を飲んだことがあったっけ…?」と、何となく不思議な既視感(デジャブ)を味わっていると、「お?すごい!」と鶴巻さん。「うわさをすれば平林さんが来ましたよ!」。お話をうかがいながら、いずれご本人にお会いしたいものと思っていたけれど、まさか今日お目にかかれるとは……。

 今も週に1度ほど、出茶屋のために平林さんが自宅の庭先を提供してくれています。屋台を出す日は1部屋を開放して、そこで寄席やバリ舞踊のイベントを開いたり、子どもたちと工作を楽しんだり……。その横で、お母さんたちにはゆっくり珈琲を飲んでもらっています。

 このあたりにはアニメのスタジオがあるせいか、アニメーターや作家など自由業の人が多いんですよ。だから、マイカップを持って仕事の一区切りに珈琲を飲みに来てくれる。子ども連れだとなかなか静かな喫茶店には入れないので、小さなお子さんがいるお母さんもお得意さん。それに、ペットのお散歩の途中にふらりと寄ってくれる人もいます。お客さんの年齢層は小学校2年生から90歳まで、すごく幅が広いんです(笑)。

――そうこうしているうちに、またお客さん。自然に火鉢を囲む様子にご常連と思いきや、出茶屋は初めてとか。聞けば、鶴巻さんもよく行く中華料理屋さんで紹介されたのだそう。「今、食べて来たんですか?」と鶴巻さんが笑顔で聞けば、「あそこの麻婆豆腐、辛いけれどおいしいですよね?。でも、今日は辛くないのを食べてきたんです」とお客さん。「じゃあ、すぐに珈琲で大丈夫ですね」……もうすっかり出茶屋の景色に溶け込んでいる。

・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

 ここに来れば、ゆったりまったり、いつもと違う時間が流れている……。さて、次回は出茶屋の珈琲教室の様子をレポート。「かもめブックス」編集スタッフの奮闘ぶり(ズッコケぶり)と、おいしい珈琲をいれるための鶴巻さんのこだわりを、ちょっぴりご紹介します。お楽しみに。

(構成・白田敦子/写真・街道健太)

【「珈琲屋台 出茶屋」のホームページアドレス】
http://www.de-cha-ya.com/
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【つるまき・まゆこ】
1979年千葉県生まれ。2004年に東京都小金井市に移り住む。同年、小金井市商工会が主催する「こがねい夢プラン支援事業」に応募し、珈琲屋台のプランが採用。火鉢と鉄瓶で小金井の井戸水を沸かし、道行く人に1杯ずつ丁寧に淹れた珈琲を飲ませる「珈琲屋台 出茶屋」を始める。現在は小金井市内で、「珈琲屋台」「丸田ストアー焙煎所」「出茶屋の小屋」の3つの形で営業中。詳細は「珈琲屋台 出茶屋」のホームページを参照。
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