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美しいくらし
今日も珈琲日和 「珈琲屋台 出茶屋」店主
鶴巻麻由子
第2回 山下さん

※このWEB連載原稿に加筆してまとめた単行本(『今日も珈琲日和』を好評発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。著者・鶴巻麻由子さんのインタビュー記事はこちらをご覧ください。


屋台を始めて1年が経ち、2005年の11月からようやく出茶屋の定期的な出店を始めることができました。

最初は土、日曜だけ。出店場所はJR中央線の武蔵小金井駅から徒歩5分ほど、民族雑貨「楽」さんと「Flowers & Plants Petal.」さんの2軒にまたがる軒先でした(楽さん、Petal.さんとの出会いは、また別の機会にお話したいと思っています)。 その後、道路工事もあってPetal.さんの軒先に移動、2010年8月にPetal.さんが国分寺に移転するまで続きました。

楽さんとPetal.さんの前を通っている小金井街道はその当時、開かずの踏切の影響で渋滞の名所、バスもたくさん通る道でした。通りから出茶屋のことを目にしてくれていた方もたくさんいたようで、Petal.さんの前での出店が終了してから4年近く経った今でも「あの坂の途中に出てる屋台だよね?」とよく言われます。 私にとっていろんなことが始まった大切な場所です。

イラスト:平林秀夫
定期的な出店を始めたばかりでドキドキしていたある日のこと。
「やっと会えた」と言って、にっこり立っている人がいました。
その人の名前は山下さん。ひげと帽子。まるでジブリ映画の『耳をすませば』に出てくるアンティークショップのおじいちゃんのような装い。すぐ裏の坂の下で骨董屋を営むおじいちゃんでした。山下さんはジブリ映画を観ていないと思うから、“骨董屋のおじいちゃん”というのは自然と同じようなスタイルになっていくものなのかもしれません(笑)。

山下さんは商工会報で出茶屋のことを知って、どこに出てるんだろうと気にかけてくれていたそう。出会ったその日から毎週来てくれるようになりました。
出茶屋の出店も少しずつ増えていった1年。
「誰かが必ず来れば、お店を開けないわけにはいかないだろう」と笑いながら話していたことがあります。
2005年のクリスマスから出店を始めた「オリーブ・ガーデン」さん。翌年の春から週2日、お店をやらせてもらった日替わり店長の喫茶店「一滴」さん、その秋から始まった「大洋堂書店」さん、と出店場所が増えても毎回来てくれました。

山下さんは、道行く人に次々と声をかけていきます。独特の調子のいいおしゃべりで(笑)、お客さんを火鉢を囲む輪の中に引き入れていきます。そうして知り合ったお客さんたちも、初めてのお客さんに話しかけて輪を作ったり……。山下さんが今の出茶屋のスタイルを作ってくれたなあと感じます。

そして、山下さんから始まった行事もたくさんあります。当時の私にはとても言い出せなかったことばかり。
お客さんを集めてイベントをやるなんて想像もできなかったころでした。


日替わりの喫茶店「一滴」さんでの営業日、静かに窓際に座っていた山下さんが突然「バーベキューやろう!」と言い出して、お盆の真っ最中に第1回バーベキュー大会を開催することになりました。 それでも三鷹市にある野川公園のバーベキュー場に20人ほど集まったと思います。途中ものすごい豪雨に見舞われ、木の下に皆で避難。それでもおいしくて、楽しくて、びしょ濡れになってもっと楽しくなって、結局は雨が止むまで続けたのでした。
それから何度も開催したバーベキュー大会には、皆が持ち寄るおいしいものがたくさん。子どもたちは竹筒をくるくる回して焼くバウムクーヘンで盛り上がりました。
今年は豪雨のあの日を思い出し、10周年の記念に皆でまたバーベキュー大会をやりたいなあと思っています(豪雨にはなりませんように!)。

そして、これまた「一滴」さんの店内、のどかな午後の時間でした。仕事の合間によくお昼ご飯を食べにきていたプロのチェリスト・阪田さんに、山下さんが「みんなに聴かせてよ」の一言。「ええっ! プロに言っちゃったよー」と焦りながら、私はその会話を聞いていました。でも、「山下さんに言われたのならば」と阪田さんも快諾してくれてコンサートが実現することに。

 写真:街道健太
「オリーブ・ガーデンで花に囲まれてなんていいんじゃない」と山下さん。そこで私が恐る恐る相談しに行ったら、気持ちよくお店を会場にしてくれたオリーブ・ガーデンさん。花台を寄せて、スポット照明を動かし、イスをかき集めて、とセッティングを考えていたら、こちらもまた12月の末になんと台風のような豪雨! もうすぐ100歳になるチェロ。楽器をぬらすわけにはいきません。でも、中止という概念のなかった私……。「この豪雨ならお客さんも少ないかな」と、オリーブ・ガーデンさんの室内でコンサートを決行しました。

「あれは無茶だった」と今でも言われます(笑)。すいません、阪田さん。
豪雨の無伴奏ソロコンサートの後は、1人は辛いと阪田さんが同僚を巻き込んでくれて……、ギターデュオや弦楽四重奏と回を重ねることができました。
外での演奏は大変だけど、虫の音や風の音の中、皆で作り出す時間はとてもすてきです。

山下さんが那須に引っ越したのはいつだったっけと、昔の写真を見返してみる。お客さんのまりちゃんがまとめてくれた写真のなかに、お好み焼き屋さんでの「山下さん行ってらっしゃい会」をしたときの写真がありました。2007年5月。えっ、そしたら山下さんが出茶屋に来ていたのはたったの1年半!? なんだか信じられません。

山下さんが那須に引っ越された翌月、出茶屋のみんなで泊まりがけで遊びに行きました。

「出茶部合宿」(出茶部という名前は2年前に生まれたもの。また別の機会にお話します)。これも山下さんから始まったこと。

山下さんはここにはいないけれど、山下さんが残していってくれたものがたくさんあります。
珈琲やお菓子が乗ったり、子どもたちが絵を描いたりするちゃぶ台もそのひとつ。
Petal.さんの前で、山下さんが好きだったものたちが描かれている平林さんの絵。みんながそれぞれに思い浮かべる山下さんの思い出。
出茶屋が始まったころからのお客さんだった勝連くんが沖縄に帰ることになり、家で使っていた火鉢や鉄瓶を私が引き受けることになりました。「実はこれ、つるさんからもらったんですよ」と持ってきた鉄瓶は、私が山下さんからいただいて勝連くんに託したものでした。

あぁ、ここにも山下さんがいた。
そして、次の出茶部合宿は沖縄に行きます。


みんなそれぞれの山下さんがつながってる。

山下さん、大切なものをありがとう。


【「珈琲屋台 出茶屋」のホームページアドレス】
http://www.de-cha-ya.com/

【平林さんのお絵かき教室のホームページアドレス】
http://kyklopsketch.jimdo.com/
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【つるまき・まゆこ】
1979年千葉県生まれ。2004年に東京都小金井市に移り住む。同年、小金井市商工会が主催する「こがねい夢プラン支援事業」に応募し、珈琲屋台のプランが採用。火鉢と鉄瓶で小金井の井戸水を沸かし、道行く人に1杯ずつ丁寧に淹れた珈琲を飲ませる「珈琲屋台 出茶屋」を始める。現在は小金井市内で、「珈琲屋台」「丸田ストアー焙煎所」「出茶屋の小屋」の3つの形で営業中。詳細は「珈琲屋台 出茶屋」のホームページを参照。
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