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美しいくらし
今日も珈琲日和 「珈琲屋台 出茶屋」店主
鶴巻麻由子
第2回 おいしい珈琲の秘密に迫る~珈琲教室~

WEB連載原稿に加筆してまとめた単行本『今日も珈琲日和』を好評発売中です(発行:東海教育研究所、発売:東海大学出版部)。



 都心からほど近く、緑豊かな小金井界隈で、道行く人においしい珈琲を飲ませてくれる珈琲屋台「出茶屋」。店主の鶴巻麻由子さんは、珈琲のマエストロだ。希望者に不定期で開いている珈琲教室に、かもめブックス編集スタッフ4人で参加。鶴巻さんのおいしい珈琲のヒミツに触れようと奮闘したのだが……。


――有に人生の半分以上は珈琲に親しんできた「かもめ」編集スタッフ。幼き日に父親がうやうやしくいれてくれたサイフォンから、待ち人来たらずの涙でちょっと塩っぱくなったドーナツ屋の薄いコーヒー、はかどらない仕事の気付け薬みたいな1杯などなど。流浪の甲斐あって鶴巻さんのおいしい珈琲にたどり着いた面々は、「自分でもおいしい珈琲をいれたい!」と出茶屋の珈琲教室に参加することに。「まずは自己紹介からお願いします」の鶴巻さんのひとことから、スタッフ4人の珈琲教室が始まった。

 どんなところにお住まいなのか、普段はどうやって珈琲を飲んでいるのか、いつもそこから伺います。話していくうちに、自分でいれる珈琲の不満なところや、どのような珈琲を飲みたいと思っているのか、ご自分でも再確認できるんです。この珈琲教室はお一人からでも大丈夫ですが、今日のように4人いると飲み比べができて面白いですよ。では、最初は何も言いませんから、普段通り珈琲をいれてみてください。

――なんと! 抜き打ちテストは、ン十年ぶり。豆は「ブラジル」「コロンビア」「モカ」が3:3:4の割合の出茶屋ブレンドを、鶴巻さんが手早くミルでひいてくれる。まずは、「珈琲好き」を自認するAが挑戦。ところが、いざペーパーフィルターがセットされたドリッパーを前にすると、どれくらいの量の豆を入れたらよいのかすらわからない。「ここから試されているんですね」と苦笑する。

 だいたい1人分は15~20グラム。今日は18グラム使いましょう。このメジャーカップは8グラムですから、2杯と少し入れてください。出茶屋ブレンドは豆を仕入れている店のオーナーのブレンド。少し酸味があって、豆の持つ柑橘のような味わいを大切にした配合です。ペーパードリップは豆の種類を選ばないので手軽ですが、あまり細かく挽いてしまうと目詰まりしてしまいますから、出茶屋では中挽きにしています。

――なるほど、すごいこだわりがあるんだ。でも、鶴巻さんが説明してくれると何とも肩の力が抜けていて、自然に聞こえる。「こんなに豆を入れるの?」「こんなに膨らむなんて、豆が違う!」と、かしましく順番に我流・自己流を披露。それぞれがいれた珈琲を一口ずつ味わった。甘み、苦み、酸味……同じ豆なのに、微妙に味が違う。鶴巻さんが言っていた「飲み比べ」の意味がわかった。「性格が出るんでしょうか」と恐る恐るSが問うと、「皆さん、わりと豪快な感じですね(笑)」と鶴巻さん。当たってるかも……。

 では、私がいれてみますね。豆の真ん中に、細く置くような感じで湯を注ぎます。そのとき、ペーパーフィルターに湯がかからないように気をつけてくださいね。ある程度注いだら蒸らします。豆が自分の力でだんだん膨らんでくるのを、じっくり待ちましょう。

――おいしい珈琲のためには湯の温度も大切なのだそうだ。「82℃からタンニンの比率が高くなります。温度が高いほど苦みが出ますが、高すぎると日本茶と同じく味が出ません」。鶴巻さんは説明しながらポットからカップに湯を注ぎ、またカップの湯をポットに戻して適温にしていく。その動きは、無駄がなくて本当に美しい。「蒸らすんですよね」とドリッパーにあふれんばかりの湯を注いでドヤ顔だったHも、「豆に満遍なく湯が行き渡るように」と思い切りペーパーフィルターを濡らしていたYも、自分たちの恥ずかしい間違いだらけの知ったかぶりをすっかり忘れて見入ってしまった。

 1投目の豆の膨らみが落ち着いたら、豆が形作っているドームを壊さないように少しずつ注ぎます。サーバーに抽出液が落ち始めたら、注ぐ湯の量をちょっとずつ増やしましょう。豆の壁を崩さないように気をつけて、ドームの高さをキープしながら常に真ん中から注ぎます。細かな泡が薄茶色から白く変わったら、抽出は終わり。最後に残る灰汁まで入らないように、ドリッパーを外します。

――お酒を注ぐときと同じだ! 「鼠尾、馬尾、鼠尾(そび、ばび、そび)」。最初は鼠の尻尾のように少なめに注ぎ、中ほど馬の尾のように多めに、そして最後はまた細く。「よし! これならできそう」と、もっぱら手酌酒のHは早くも自信回復の様子。そして一同、鶴巻さんのいれてくれた珈琲を一口ずついただくと……おいしい。同じ豆なのに、4人のどこかとんがったり物足りなかったりしていたのとは違い、見事に調和した味。こういう珈琲が飲みたかったんです! それにしても、鶴巻さんの珈琲はドリッパーに残った豆まできれいで、まるでチョコドーナツのようにおいしそう。「きれいなものは、おいしいのね」と、一同納得。

 豆の種類にかかわりなく、基本のいれ方は共通です。濃さや味わいは、いれ方で変えられるんですよ。わかりやすいように、1杯の珈琲を分割していれてみましょう。豆は多彩な「旨味」を持っています。挽いた豆がお湯を吸うことでその旨味が出てくるわけですが、湯が多すぎても少なすぎても旨味を上手に出せません。豆の様子を見ながら湯を乗せるように注いでいきます。

――鶴巻さんは、1投目の湯で抽出した1杯、次いで2投目で1杯、最後に注ぎ終わりの段階の1杯を用意してくれた。「色が違う!」。一口ずつ飲んでみると、最初のものは濃く苦く、次のものはマイルド、そして最後の1杯はほとんど味がない。こんなふうに分解して飲んでみると、おいしい珈琲は複雑で絶妙なバランスのたまものだとわかる。

 それぞれの段階の味をどう引き伸ばすかで、珈琲の味が決まります。湯を注ぐ量で、蒸らされた豆のドームに湯が通る時間を調整します。自分の好みの味のいれ方を知っておくと、いつも満足できる珈琲がいれられるというわけです。

――鶴巻さんに教えてもらうと、できるかも、と思えてしまうから不思議だ。鶴巻さんは、季節や天気によってもいれ方を変えているそうだ。さすがにプロの技。「はい、ではもう一度、思い出しながらやってみましょう」。促されて2回目の挑戦。う~ん、実際にやってみると、やっぱり難しい。「湯は豆の上に置くように注ぐことを忘れずに。1投目が大事ですよ」。鶴巻さんの声に励まされ、気合いを入れて珈琲をいれる。皆、こんなに真剣に珈琲をいれたことはないだろう。

 珈琲の味わいは、ちょっとしたことで変わります。出茶屋はマイルドな珈琲。今日、体験してもらったように基本的なことさえわかっていれば、後は自分でアレンジして珈琲を楽しめます。大事なのは、豆が膨らむのを手伝ってあげる、というイメージ。豆との対話を楽しむような気持ちで、ぜひ、ご自宅でもやってみてくださいね。


――豆を生かすのは自分次第。珈琲豆のドームが少しくらい崩れても、あきらめずに細く湯を注いでいれば挽回できる。なんだか人生みたいだ。珈琲って、ほんとに奥が深い。出茶屋の珈琲教室はこの後、おいしい珈琲をいれるための器具について教えてもらい、無事に終了した。次回は、そこで伺った器具の話も交えながら、主役の豆と水、名脇役でいい味を出している炭の話など、出茶屋を支えるものの話を。どうぞ、お楽しみに。

(構成・白田敦子/写真・街道健太)

【「珈琲屋台 出茶屋」のホームページアドレス】
http://www.de-cha-ya.com/
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【つるまき・まゆこ】
1979年千葉県生まれ。2004年に東京都小金井市に移り住む。同年、小金井市商工会が主催する「こがねい夢プラン支援事業」に応募し、珈琲屋台のプランが採用。火鉢と鉄瓶で小金井の井戸水を沸かし、道行く人に1杯ずつ丁寧に淹れた珈琲を飲ませる「珈琲屋台 出茶屋」を始める。現在は小金井市内で、「珈琲屋台」「丸田ストアー焙煎所」「出茶屋の小屋」の3つの形で営業中。詳細は「珈琲屋台 出茶屋」のホームページを参照。
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