旅先で出会った各国の料理を再現し、お客さんに提供している「旅の食堂ととら亭」。開店から5年、それ以前も含めると46もの世界の国々を旅してきました。料理づくりのために年に3回の取材&研修旅行を行い、その成果を“旅のメニュー”として紹介しています。――取材旅行で訪れた国やエリアを、特集スタイルで紹介する旅のメニューは期間限定。いつでも食べられる定番メニューの中で、久保さんのおすすめは何ですか?
チキンのアラビア焼き
ビーフシチューやオムライスといった洋食のほか、旅のメニューの中で特に好評だったものを定番メニューに加え、1年を通して提供しています。
おすすめは、「チキンのアラビア焼き」と「ドネルケバブライス」。チキンのアラビア焼きは、チキンに塗った「シャッタ」というアラブ風の食べるラー油がポイントです。2012年夏のヨルダン料理特集の際、ヨーグルトで煮込んだヒツジやチキンをご飯に載せて食べる「マンサフ」という料理に添えるホットペーストとして再現して以来、夫婦2人で大好物に。これを生かした料理を、と考えたのがこのメニューです。
――そしてもう一品の「ドネルケバブライス」。火であぶった肉の塊を削ぎ、スライスされた肉をパンに挟んで食べる「ドネルケバブ」は日本でも見かけるが、パンではなくてライスなのですね。 会社員として働いていた10年ほど前、トルコのイスタンブールに行きました。町のあちらこちらにケバブ屋さんがあって、店先からいい匂いが漂ってきます。それに誘われて店へ入り、ケバブをオーダーして席で待っていたら、出てきたのがドネルケバブライスでした。
僕の中でドネルケバブは「ピタ」というパンに挟んだサンドイッチだと思っていたので、違う料理が出てきたと思ったのです。でも店の人に確認すると、これは間違いなく「ドネルケバブ(Döner kebabı)」だと言われた。そこで食べてみると、パンではなくてご飯でもとってもおいしかったのです。この体験を伝えたくて定番メニューに入れました。もともと、ドネルケバブの名前の意味はドネル(Döner)=回転、ケバブ(kebabı)=焼き肉だから、パンでもご飯でもよかったのですね(笑)。
――トルコにも主食としてご飯を食べる習慣がある。日本とトルコは言語も宗教も違うけれど、どちらも同じアジアの国。「ご飯が主食」という共通の文化を持っていた。
ドネルケバブライス
ドネルケバブについてはもう一つ面白い話がありますよ。トルコは14世紀から約600年もの間、オスマン帝国として栄えた国で、アラビア半島全体を征服していた時代があります。ということは、同じイスラム教徒の国でも、征服する側と征服される側があったわけです。
そんな感情の違いからか、アラビア半島や北アフリカにもトルコ料理のドネルケバブと同じ料理があるのですが、「シュワルマ(Shawarma)」という名前で呼ばれています。支配国の料理だと認めたくなくて、名前を変えたのではないかと私は考えています。
――トルコとアラブ諸国以外の国に行ってお店に「ドネルケバブ」と書いてあればトルコ系、「シュワルマ」と書いてあればアラブ系のお店だとわかるのだとか。久保さんは、東ヨーロッパとアジアの間に位置する南コーカサスのアルメニアを訪れたときにも、ケバブのお店を見かけたそうだ。
アルメニアとトルコの関係はあまりよくありませんが、ここにもシュワルマ屋がありました。しかも豚肉のシュワルマを売っていました。イスラム教では豚肉を食べることが禁止されているため、トルコやアラブ諸国のケバブやシュワルマに豚肉はありません。
ですが、アルメニアの宗教はアルメニア正教なので豚肉を食べても問題ない。シュワルマ(ケバブ)はもともとイスラム圏の食べ物だと知っていると、この豚肉のシュワルマはなんとも不思議な存在です。
――国をまたぎ、宗教の禁忌から外れたところで、また違った料理が誕生していた……。 食文化という言葉がありますが、食は文化のひとつではなく、文化そのものといえます。食は文明が起こる以前から存在していましたし、食なくして成立した文明はありません。だからこそ、食を追いかけて世界のあちらこちらへ行くと、表面的には違いがありますが、どこかに共通する食の文化を持っているのです。
それに気づくと、人種とか民族などというのは全く関係がなく、全員が“地球人”でいいのではないかなと思います。

――食という体験は、国家や宗教の違いをすんなり乗り越えることができる。久保さん夫婦が「旅の食堂ととら亭」で料理を提供している理由は、きっとそれなのだ。次回は二人がこのお店を始めたきっかけを教えてもらいます。(構成:山下あつこ)
【「旅の食堂ととら亭」のホームページアドレス】
http://www.totora.jp/