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美しいくらし
手仕事が教えてくれること 染織家
笠原博司
最終回 美しいものを美しいと思えるように
染織や工芸の魅力を、一人でも多くの人に知ってもらいたい。その思いで、地道な取り組みを続けてきた笠原さん。東北を拠点としながらも活躍の場は幅広く、今年2026年は、第100回を迎えた日本最大級の公募展・国展(※)で工芸部門の展示監修を務めました。この国展100回を記念して、夏には宮城版の国展を初めて開催。さらに秋には、染織教室の30周年を記念した初の試みも行われました。常に新しい挑戦を続ける笠原さんは、いつも何か叶えたい夢を持っているようです。

節目の年、手仕事の魅力を広い世界へ

「国展100回記念・MIYAGI国展」ギャラリートークの様子

2026年は記念すべき国展100回の年です。そこで宮城でも国展を開催しようと企画し、6月~7月にかけて「国展100回記念・MIYAGI国展」を開催しました。会場となった仙台の老舗百貨店のギャラリーには、絵画・彫刻・版画・写真・工芸の5部それぞれの多彩な作品を展示。工芸部では、日本を代表する染色家で、柳宗悦氏とともに民藝運動を推進した芹沢銈介氏と、その弟子・柚木沙弥郎氏の貴重な作品も紹介しました。会期中は約1000人の方が足を運んでくださり、厳選した秀作の数々や、作家によるギャラリートークをお楽しみいただきました。

さらに今年は、染織教室も30周年の節目の年。10月13日からの4日間、東京・有楽町のジャパンシルクセンターを会場に、生徒さんたちの作品を紹介する「山里の染めと織り展」東京展を開催しました。加美町の工芸ギャラリーで毎年開催する作品展を東京へと広げ、山の工房で営まれる手仕事をたくさんの方に見ていただく機会となりました。

「山里の染めと織り展」東京展の会場には、生徒たちが制作した色とりどりの反物が並んだ

笠原さんが手がけた紫根染めの着物も展示


叶えたい夢はまだまだある
今年は偶然にも大きな催しが続きましたが、これからやってみたいことはまだまだあります。まずは、自分の仕事をもっと深めていくこと。新しい染料や技法を探求しながら、染織の可能性を追いかけていきたいと思っています。

ギャラリーの柱に拭き漆を施す作業

ギャラリーもさらに充実させていくつもりです。私にとってこの場所は、いわばサグラダ・ファミリア。あちこちに手を入れながら、自分のしたいことを実験できる場です。
直近では、岩手で漆器工房を営む佐藤勲さんが柱に拭き漆を施してくださいました。柱自体は、伝統工芸の仙台箪笥も手がける宮城の家具職人さんが製作してくださったもので、柱上部には青森の漆芸作家さんによる津軽塗が施されています。今回、無垢のままだった柱下部が拭き漆仕上げになり、ギャラリーに新しい表情が加わりました。
ほかにも、山形のガラス作家さんと、金工や木工も手がける宮城のステンドグラス作家さんの協力で、ユニークな照明器具を制作中です。モチーフは、北国の冬の風物詩・つらら。技術的に難しい部分もありましたが、作家さんたちが腕を振るってくださり、間もなく素敵なペンダントライトをお披露目できそうです。こんなふうに、工芸家の活動は建築にも及ぶことを多くの皆さんにもっと知っていただき、その価値を実感していただきたいと思っています。

「グルロ」が教えてくれる工芸の原点
では、その“工芸の価値”とは一体何でしょうか。ここでお見せしたいものがあります。私が趣味で集めている、ネパールの伝統的な道具「グルロ」です。何に使うものか分かりますか? 正解はバターを作るための道具。穴の部分に棒を通し、バターを攪拌するのに使うのだそうです。その目的のためだけなら、シンプルな形状でもいいはずです。しかし現地の人たちは、わざわざ手間をかけて、美しい彫刻を施したグルロを作るのです。私はこれを初めて見たとき、工芸あるいは民芸の原点ではないかと思いました。

ネパール伝統の民具「グルロ」。左端のシンプルなものから、装飾を凝らしたものまで、個性豊かなデザインは見ているだけで楽しい

穴の部分に攪拌棒を通して使う


美しいものに憧れを抱くのは、人間としてごく自然な感情でしょう。そして、美しいものを自分の中に取り込むことで、心は豊かになっていきます。その感性は、誰もが生まれながらに持ち合わせているものであり、それはお金や効率では決して測ることのできない価値ではないでしょうか。

美しいものを愛でるということ
振り返ってみると、私自身、子どものころからきれいなものを眺めるのがとにかく好きでした。特にお気に入りだったのは、母が宝石箱として使っていたオルゴール箱。おそらく中身は真珠やガラス玉だったと思いますが、キラキラと輝く様がとてもきれいだったのを覚えています。『アリババと40人の盗賊』の絵本も大好きでした。「開けゴマ」と唱えて忍び込んだ洞窟の中にきらめく宝石がざくざくと積まれている、あの美しい挿絵を見るだけで胸が躍りました。

それから、故郷の美しい自然。一人遊びもよくしましたが、家の裏にある川は絶好の遊び場でした。川岸の水辺を石で囲んで、小さな池や箱庭のようなものを作り、水面にぐっと顔を近づけると、景色がズームアップしてまるで自分がその中に入り込んだような感覚になるのです。陽射しを受けて輝くその風景の中にいる自分を想像しているうちに、あっという間に時間がたっていました。

加美は空もまた美しく、夕焼けはとりわけ見事です。空に浮かぶ雲があまりに絵画的なので、私は「ルネサンスの空」と呼んでいるほどです。早春と晩秋は西の空に虹もよく出ます。そうした日常のすぐそばにある自然の美しさを、デフォルメして、ぎゅっと閉じ込めたもの。それが、私の工芸なのです。そこには作る人と使う人がいて、美しさの中に込められた付加価値をお互いに分かち合っている。その関係性によって工芸の世界は成り立っています。


美しいものを愛でる気持ちが、人の心から失われていくということは、生きていくうえでの「余白」がなくなっていくことでもあります。そうなれば、世界はどんどん殺伐としたものになっていくでしょう。心に余白があれば、目の前にあるものをいろいろな角度から眺め、じっくり考えることができる。それはとても大切なことだと思います。そんな世界であれば、皆の夢もいつか叶うかもしれませんね。美しいものを美しいと感じ、その喜びを誰かと分かち合える。そんな瞬間が、いつまでも私たちの暮らしにあることを願って、私自身も工芸の魅力を伝え続けていきたいと思っています。(おわり)

※国展:国画会が主催する公募展。国画会は、大正時代に新進気鋭の画家たちが創設した「国画創作協会」を前身とする美術団体で、絵画・版画・彫刻・工芸・写真の5部で構成される。国展は毎年春に開催され、国立新美術館(東京・六本木)を会場に各部の多彩な作品を展示する。

――東北の小さな町から、広い世界を見つめ続ける笠原さん。その言葉には、人間が営む文化そのものへの眼差しが感じられました。日常の中にあって、つい見逃してしまいがちな美しさに目を向けてみる。そんなひとときから、暮らしの豊かさは生まれるのかもしれません。
自然の美しさを教えてくれた故郷の町で、今日も営まれる山里の手仕事は、私たちにそう伝えてくれているようです。


(構成:寺崎靖子)
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【かさはら・ひろし】
1959年宮城県加美町(旧小野田町)生まれ。85年より長野県松本市で染織作家・本郷大二、本郷孝文両氏に師事。89年より加美町で「染織工房 藍學舎」を主宰。国画会会員。作品制作とともに、工芸ギャラリーの運営や染織教室での指導にも取り組み、染織をはじめとする工芸文化の普及・発展に力を注いでいる。
2004年、(財)民族衣裳文化普及協会より「きもの文化賞」受賞。06年、第80回記念国展工芸部門において「80回記念賞」受賞。22年、(財)日本蚕糸会より「蚕糸功労賞」受賞。
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