× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
美しいくらし
手仕事が教えてくれること 染織家
笠原博司
第1回 そこにある「美」を映す染めと織り
2026年10月、日本の絹文化を発信するジャパンシルクセンター(東京・有楽町)で、染めと織りの作品展が開催されます。主催するのは、宮城県加美町で染織家として活動する笠原博司さん。作品展は、笠原さんが指導する染織教室の30周年を記念するもので、生徒たちが手がけた色とりどりの織物を展示します。1989年に故郷の加美町で工房を構えて以来、地元の植物を用いた草木染や、繊細な手織りの技術を追求してきた笠原さん。一方で、工芸の魅力を伝え、広げる取り組みにも力を注いできました。暮らしにそっと温もりを灯してくれる、手仕事の美・工芸。その魅力と奥深さを改めて探るべく、全4回にわたり笠原さんに話を聞きました。

山の工房で営む手仕事
四季折々の表情を見せる山、遠くまで続く田畑に澄んだ川、その上に広がる大きな空。私が子どものころから慣れ親しんだ、故郷・加美町の風景です。宮城県北西部に位置する加美町は、人口2万人ほどの自然豊かな町です。奥羽山脈のふもとに広がる平野では、稲作を中心とした農業が盛んに営まれ、「加美富士」の名で親しまれる「薬莱山(やくらいさん)」は町のシンボルとなっています。

どこまでも広がる田園の向こうに、町のシンボル・薬莱山がそびえる加美の風景


この薬莱山を間近にのぞむ山際に、私が主宰する「染織工房 藍學舎(らんがくしゃ)」があります。工房では、植物を主とした染料で糸を染め、その糸を織り上げて、着物や帯をはじめ、ショールやのれん、タペストリーなど、さまざまな布製品を制作しています。自然は色彩の宝庫。染料になる植物はさまざまですが、どんなものでも不思議と上品な色に染まります。美しい色に出会うたび、自然とはえらいものだなあと思います。

笠原博司さん

「藍學舎」という工房名は、藍染めに由来します。染織を学び始めたばかりのころ、植物染料の面白さに目覚めた私が、最も心惹かれたのが藍でした。特に、絹を染めたときの美しさは格別です。糸を染料にひたした瞬間に現れる艶やかなエメラルドグリーン。酸化が進むごとに深みを増していく青色。初めて目にした時には衝撃を受けました。一方で、藍は扱いが非常に難しい染料でもあり、「一生勉強」という決意を込めて工房の名としたのです。

自然の色彩をいかに生かすか
これまで、故郷の自然が生み出すさまざまな色と出会いました。桜染めもそのひとつです。春を迎えた加美の山で、花咲く時を待つ桜から枝や幹の一部を採取し、細かく粉砕して染料にします。花びらを染めるために桜が蓄えた色素を分けてもらうのです。染め上がりは、まさに春を写し取ったような、やわらかな薄紅色になります。

近年は、紫根染めの研究にも打ち込んでいます。気品のある紫色は、古くから高貴な色として用いられ、原料のムラサキは薬草としても重宝されました。加美町では10年以上にわたり地元産のムラサキの特産化に取り組んでおり、私も町と連携して、紫根染めの作品を制作したり、ふるさと納税の返礼品として紫根染めの小物を染めたりしています。

植物染料で染めた、色とりどりの糸。草木から生まれる色はどれも温かく、品のある表情を見せる

笠原さんの作品展のポストカード。左の着物は正藍染綾織訪問着「潮騒」、右は今様小袖「阿国」


しかしながら、植物染料は自然の産物です。同じ植物を、同時期に同じ場所で採取したとしても、去年と今年で同じ色が出るとは限りません。気温や天候などの条件によっても色は変わってきます。思い描く色を表現するために、こちらから自然の方へ歩み寄り、仲良くなって、そこから何かを与えてもらう。そんな感覚を大切にしています。自然の恵みを分けてもらっているわけですから、謙虚な気持ちでなければいけない。そうした姿勢は、「自然と共生する」という日本古来の精神性にもつながっているように思います。

一方で、植物ばかりを追い求めていればよいわけでもありません。化学染料ともうまく付き合っていく必要があると考えています。植物染料だけでは、どうしても表現が難しい色もあるためです。例えば淡い色は、うまく色が出たとしても色落ちしやすい。現代の着物として、実用性に疑問符がつくようなものを作ることはできません。自然と化学をバランスよくいかに使い分けるか。それもまた、ひとつの技術だと思うのです。

詩から生まれた着物
文学や音楽などにも作品の着想を得ています。10年以上前になりますが、敬愛する詩人・谷川俊太郎さんと二人展「光の歳時記」を開催したことがありました。谷川さんの詩集から14編を選ばせていただき、その一編一編をモチーフに制作した14枚の着物を展示する企画です。現代詩と着物のコラボレーションは私にとっても初の試みで、谷川さんの言葉が色になってくるのを待つような、貴重な制作体験でした。

谷川俊太郎さんの詩『川』をモチーフに制作した織物

『川』という詩から生まれたのは、藍染めを用いた作品です。濃淡で染め分けた藍色と、ヤマモモで染めた白、そして独自の技法を取り入れた綾織りで、やがて大海になる川のおおらかな流れや、千変万化する水の動き、光の動きを表現しました。身にまとうと柄に動きが生まれ、立体的に見えるように設計しています。着物を制作する際はいつも、その着物を着て、動いたときにどう見えるかを考えます。実用品としてこの世に存在するものを作る。その時に、より美しく見えるものを目指す。そうした着物づくりを心がけています。

「線」と「面」から成る日本の美
染織の道に進んだ当初から、制作の中心は着物や帯にしようと決めていました。日本文化における織物を突き詰めていくと、やはり着物に行き着きます。とはいえ、最初から日本の文化に強く惹かれていたわけではありません。若いころは西洋文化に憧れていました。学生時代はバリバリのアイビー少年。西洋の骨董品や建築が好きで、古い蓄音機を部屋に飾ったり、アンティークの店を巡ったりもしましたね。そのうちに西洋文化を取り入れた日本の品々にも目が向くようになり、次第に日本独自の美意識に関心を持つようになったのです。

日本のデザインの特徴は、高度な、それでいてさりげないデフォルメの効果です。シンプルな線と面で成り立つ世界ですね。例えばベルサイユ宮殿と桂離宮、どちらも美しい建築ですが、美しさの捉え方は全く違います。装飾を尽くす美と、削ぎ落とす美。私は次第に、後者のすっきりとした美しさに惹かれるようになりました。そしてその先に、染織の道を志すきっかけになった、機織り機との出会いがあったのです(つづく)

――故郷の豊かな自然を表現の軸としながらも、あらゆるものを発想の源にし、独自の美を追求する笠原さん。作品の中には、高層ビルなどをモチーフにした着物も。自然の恵みと現代の感性を掛け合わせ、用の美を宿した作品を生み出しています。そんな笠原さんは、どのようにして染織と出会ったのでしょうか。次回は、染織家としての原点について聞きます。

(構成:寺崎靖子)

★藍學舎ホームページ https://kohgei.rangakusha.jp/index.html

機織伝習館染織教室30周年記念
「山里の染めと織り展」東京展


【日時】2026年10月13日(火)~16日(金)
10:00~17:00 ※初日11:00~、最終日16:00まで

【入場料】無料

【会場】蚕糸会館ビル1階 ジャパンシルクセンター
(東京都千代田区有楽町一丁目9番4号)

【主催】加美町機織伝習館 染織教室

【後援】宮城県加美町

【問い合わせ】加美町機織伝習館 TEL/FAX 0229-67-3169

ページの先頭へもどる
【かさはら・ひろし】
1959年宮城県加美町(旧小野田町)生まれ。85年より長野県松本市で染織作家・本郷大二、本郷孝文両氏に師事。89年より加美町で「染織工房 藍學舎」を主宰。国画会会員。作品制作とともに、工芸ギャラリーの運営や染織教室での指導にも取り組み、染織をはじめとする工芸文化の普及・発展に力を注いでいる。
2004年、(財)民族衣裳文化普及協会より「きもの文化賞」受賞。06年、第80回記念国展工芸部門において「80回記念賞」受賞。22年、(財)日本蚕糸会より「蚕糸功労賞」受賞。
新刊案内