笠原さんは、染織家として作品を生み出す一方で、多彩な工芸作品を紹介するギャラリーや、染め織りを実際に体験する染織教室にも力を注いできました。30年以上にわたり続けてきた取り組みには、「自ら見て、触れることで、工芸の価値を感じてもらいたい」という思いがあります。工芸ギャラリーという場に託したもの故郷で独立してから4年後、1993年に工芸ギャラリー「Arts and Crafts Gallery 工藝 藍學舎」をオープンしました。現在の建物は2代目で、工房から車で30分ほどの加美町の中心部にあります。もとは蔵だった築約100年の建物を、私自身の設計でヨーロッパの田舎町の教会を思わせる佇まいにリノベーションしました。館内では、東北の作家を中心に、木工・金工・漆・ガラス・染織など、さまざまな工芸品を展示・販売しています。

加美町の旧街道沿いに建つ工芸ギャラリー「Arts and Crafts Gallery 工藝 藍學舎」

シンプルで落ち着いた雰囲気の館内に、多彩な工芸作品が並ぶ
ギャラリーを作った一番の理由は、「工芸」というものを一人でも多くの方に知ってもらいたいと思ったからです。日常の暮らしの中で、工芸品に親しんでいる方は決して多くはないでしょう。とりわけ染織は、機械で大量生産されたものとの違いや、作り手の個性を伝えるのが難しい分野だと感じます。私自身「呉服屋さんに並んでいる着物と、あなたが作っている着物は何が違うのですか?」と、よく聞かれます。駆け出しのころには「何のためにこんなことをしているの?」と言われたこともありました。
スピードや効率が重視される時代において、そうした価値観の隔たりはどうしても生まれてしまうものです。言葉だけで工芸の価値を説明するのは簡単ではありません。まして、当時は今のようにSNSなどの発信手段もない時代。そこで、直に作品に触れて、工芸に親しむことのできる場を作ろうと考えたのです。
最初のころはギャラリーにお客様がほとんど来ず、近隣の方にも「ここは一体何をする建物?」と不思議がられたものです。それでも定期的に企画展を開き、文化を発信する取り組みを地道に続けると、10年ほどたったころから徐々にお客様が増えていきました。時間がかかっても、続けてきたことが実を結び始めたのだと、うれしかったですね。
確かな仕事への信頼
ギャラリーでは月ごとにテーマを変え、さまざまな企画展が開催される
ギャラリーは次世代の作り手の作品発表の場でもあります。東北の若手作家の作品を集めた「新風展」は、今年で17回を数えます。私も独立したばかりのころは、作品を取り扱ってくれる場がなく苦労しました。ですからギャラリーを通して、東北の工芸のこれからを担うようないい仕事を応援できたらと思っています。
ほかにも、第一線で活躍する作家の作品を紹介する「北杜(ほくと)工藝展」、クリスマスや年末の贈り物にぴったりな作品を集めた「柊会(ひいらぎえ)」などの毎年恒例の人気展や、季節ごとにテーマを設けた企画展を開催し、各地の素晴らしい作り手の作品をご紹介しています。
東北のものづくりは、真面目で実直。そして、東北ならではの自然の風景が見えてくるように感じます。場所を問わず、手仕事には作り手の故郷やバックボーンが映し出されるものですが、東北の作家の作品には、この土地の風土や精神性がとりわけ色濃く表れるように思います。
そうした確かな作品を取り扱うことが、ギャラリーのこだわりでもあります。加美町は決して交通の便がよい場所ではなく、仙台からも車で約1時間かかります。それでも「ここに来れば間違いない」と足を運んでくださるお客様は少なくありません。これからもそんなギャラリーであり続けたいですし、それが作品を託してくださる作家の方々の信頼に応えることでもあると考えています。
日本の文化をつなぐ染織教室
染織教室の様子。上は糸を染める作業、下は織り機に糸をかける作業の一場面
ギャラリーとほぼ同時期にスタートしたのが、今年で開講30年になる染織教室です。きっかけは「地域の織物文化を伝える体験教室を開いてほしい」という町からの依頼でした。ただ、せっかくやるからには、私が故郷で出会った「サブカルチャーとしての染織」や「日本文化」といったコンセプトで、染織や着物をきちんと知ってもらえる場にしたいと考えました。
ご存じのように着物を着る人が少なくなった今、着物がどういうものなのか分からない人も増えています。現代のライフスタイルでは、着物は日常使いに向かない衣服になってしまっていますから、無理もないことでしょう。だからこそ、日本の文化である着物を理解するための場所が必要だと思いました。
教室では、約半年間かけて染めと織りを学びます。コースによって内容は異なりますが、染めでは、染料にする植物や媒染剤などの違いで、色の出方がどのように変わるかを体験します。織りでは、必要な糸を準備し、織機にセッティングするまでの一連の作業を経て、実際に生地を織ってもらいます。機織りは、織り始めるまでの工程にも非常に手間がかかります。『鶴の恩返し』のようにトントンカラリと織機を動かす作業は、実は全工程の最後の最後。これも、実際にやってみなければなかなか分からないことです。出来上がった生地は、着物や帯、洋服など、何かしらの衣服に仕立ててもらい、その年の修了作品としてギャラリーで展示するほか、実際に着る機会も設けています。
衣服としての織物私がなにより重視するのは、この「織ったものを実際に身に付ける」という過程です。反物ができたという達成感は、あくまでも着物に至る工程の一段階で、それだけでは文化の継承になりません。意識してほしいのは「衣服としての織物」だということ。織りっぱなしで終わってしまうのでなく、衣服にして身にまとうことで、昔の人はこうして自分の着るものを作っていたのだと体感してほしいのです。
「衣食住」という言葉がありますが、最初に「衣」がくることには意味があると思っています。暑さや寒さから命を守るうえで、まず必要になるのが衣服です。そういう意味では蚕の繭も、もとはサナギの時期に身を守るためのもの。それを、私たち人間が身を守るために使わせてもらっているわけです。自然との相互関係の中で営まれてきた文化を、少しでも感じてもらえたらと思っています。

ギャラリーで開催される修了作品展「山里の染めと織り展」
ありがたいことに県内外から毎年たくさんの申し込みをいただき、教室では私もスタッフも常にてんてこ舞いですが(笑)、「この植物からこんな色に染まるのか」「こんなふうに布ができていくのか」という驚きに満ちた表情を見るたびに、自分が若いころに感じたことを、生徒さんたちが今、追体験しているのだと感じます。そうした過程を通して着物を知ってもらい、その中からたった一人でも「着物を着てみたい」という人が生まれれば、日本の文化がひとつ保たれる。そんな思いで、日々生徒さんの手仕事と向き合っています。(つづく)
――作り手の技と心が詰まった作品が並ぶギャラリーは、いるだけで心が満たされるような空間です。店長やマネージャーを務める笠原さんのご家族が、一つひとつの作品について丁寧に教えてくれるのも、この場所の魅力。手仕事の背景に触れながらお気に入りの一品を探す時間は、作り手と使い手をゆるやかにつないでくれます。一方、教室の生徒さんの中には、すっかり染織にハマり自宅に機織り機を置くようになった方も少なくないのだそう。そこからまた、新しい“サブカルチャー”が生まれていくのかもしれません。最終回では、笠原さんの手仕事の根底にある「美しいもの」への思いを聞きます。(構成:寺崎靖子)