江戸で発達し、庶民に大人気だった戯作は、いわば江戸時代のベストセラー。物語の面白さだけでなく、リアルな自分たちの姿が描かれているからこそ、庶民の人気を集めたのでしょう。では、戯作に描かれている江戸時代の人々と、現代に生きる私たちとの間にはどのような共通点があるのでしょうか。――第1回で、戯作には江戸時代の庶民のリアルな姿が描かれているとのお話しがありました。その戯作の中に描かれている江戸の人たちと、現代の私たちに共通しているところはありますか。
いずみ朔庵さん
ダジャレ好き! ことわざなどを似たような音の言葉を使って違う意味にしたり(地口)、語呂合わせをしたりする言葉遊びが江戸の人たちは大好きです。戯作の中に筋とまったく関係ないのにダジャレや語呂の良い言葉が延々と出てくる箇所があるぐらいです。現代の私たちもタイムパフォーマンスのことを「タイパ」と省略したり、「ザギンでシースー」みたいにわざと言葉をひっくり返して使ったりしませんか。こういった略語や逆さ言葉も戯作を読んでいると見つけることがあります。このような言葉遊びは多くの作者の作品で見受けられるので、江戸の庶民は言葉遊びを日常的に楽しんでいたのではないかと思います。
よく「最近の若者の言葉遣いのせいで日本語が乱れている」という指摘を耳にします。でも、日本語はずっと昔から変化し続けていると思うのです。例えば、平安時代のしゃべり方ができる人って、今はいませんよね。江戸の人たちも言葉を崩しながら面白がっている。そういう言葉を戯作の中に見つけると、日本人は時代を問わず言葉遊びをしていたんだなと楽しくなります。
――戯作には言葉遊びの他にも、江戸庶民が楽しんだ、現代にも通じる娯楽要素がありますか。 ゲームやマンガ、アニメなどでは、人間でないもの、例えば動物や身近にある道具などを人間として見立てる擬人化や、逆に人を動物や花に見立てるといったことが盛んに行われています。こういった見立ての遊びは江戸時代にもさまざまな娯楽で盛んに行われていて、戯作の中でも多く見られます。
その見立て遊びの一つに、古典や故事をパロディーにしたものがあります。『うどんそば化物大江山(ばけものおおえやま)』(作:恋川春町)もその一つです。大江山の鬼、酒呑童子を退治する話のパロディーで、酒呑童子をうどんに、退治する武将たちをそば粉、そばに使う薬味の大根やトウガラシに見立てています。鬼退治にめん棒が使われるなど、ちょっと滑稽で、ついクスッと笑ってしまう話です。こうした擬人化やパロディーは戯作には頻繁に登場し、それを江戸庶民が楽しんでいたと考えると、私たちはそのDNAをしっかり受け継いできたのだなと思います。
――言葉遊びや見立てを、昔から日本人は楽しんでいたのですね。こういった遊び以外にも戯作に描かれている庶民の姿に現代と通じるものはあるのでしょうか。 現代の人たちはワイドショー的なネタが好きで、日常の会話に取り入れたりしていますが、江戸時代の人たちも好奇心旺盛でゴシップが大好きです。
戯作には政治批判や世情の風刺もたくさん盛り込まれています。政治批判は直接書かず、源平合戦や曽我兄弟の仇討ちなどの逸話をパロディーにして衣装に当該人物の家紋を入れたりと「わかる人にはわかる」形で表現しています。今は何かあればSNSで炎上するという「怒り」に変換されることが多いですが、江戸っ子はそういうものにもどこか笑いを求めていたのではないでしょうか。
また、江戸っ子はかなりのミーハーで新しい物好き。江戸に象がやってくれば行列を作るし、特定の髪型や衣装が若者の間で流行ることもありました。そういった事象を皮肉たっぷりに取り入れた作品も多く見られます。

画:いずみ朔庵
――現代から見ると、江戸時代の庶民の暮らしは決してゆとりある自由な暮らしではなかったように思えます。ナンセンスにも思える戯作は庶民の人たちにとって慰めになっていたのでしょうか。
私は、現代の視点で江戸時代のことを見ても当時の暮らしや人々のことを理解できないと思っています。江戸の人々の暮らしは、今と比べると多くの制約がありました。当時は原則、大工の家に生まれたら大工になるしかないし、女性に生まれたらどこかの家に嫁がなければならない。けれど、江戸時代の人々は、それが当たり前と思って暮らしていたわけですから、その暮らしに不満があったかどうかはわかりません。
ただ、贅沢を禁止し、質素倹約を強制する「奢侈(しゃし)禁止令」が何度も発令されたように、庶民の暮らしを幕府が締め付けるような動きはありました。きっと、江戸の人々も息苦しく感じていたでしょう。でも、現代から振り返って見ると、そうした制約の多い時代だからこそ文化が育っているのですね。絹を着てはいけないと言われれば、表地を木綿に、裏地を絹にしてみる。派手な色の着物を着てはいけないと言われれば、上の着物はねずみ色に、下は派手な色合いにする。そういった具合に、一見、お上の言うことを聞いているようで、見えないところで遊び心を発揮しています。
江戸の庶民はいろいろ制約のある中で、どこまでギリギリ遊べるかを楽しんでいた気がします。怒りを感じたり、苦しかったりすることを遊びに変えて、人生をできるだけ楽しもうという心意気を感じますね。(つづく)
今の私たちと同じように娯楽を楽しみ、言葉遊びやパロディーが好きだったという江戸の人々。そのDNAが現代まで受け継がれてきたのだと思うと、江戸で暮らしていたご先祖様をより身近に感じます。最終回は、いずみさんが著書の中でも“知れば知るほどおもしろい”と書いている江戸文化の魅力について語ってもらいます。(構成:小田中雅子)
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