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美しいくらし
プロヴァンスの言葉が伝える幸せのかたち 東海大学文明研究所 特任助教
安達未菜
最終回 祭りを通して継承されていく言葉
プロヴァンス語が映し出す、プロヴァンス地方の文化や人々の気質、価値観について、東海大学文明研究所の安達未菜先生に聞くインタビュー。最終回では、一度は衰退した言葉を取り戻したプロヴァンスの人々が、未来に向けて独自の文化、社会をどうやって保持し、復興させていこうとしているのかを教えてもらいます。


――安達先生はプロヴァンスを代表する詩人フレデリック・ミストラル(1830~1914年)の地元、マイヤンヌ市で行われた祭りにも参加されたそうですね。どのような祭りだったのですか?

ミストラル祭で演奏される伝統音楽と舞踏

ミストラルが生まれ育ったマイヤンヌでは、ミストラルの生涯と業績を記念する場所として彼の生家が一般公開されいて、生誕祭も毎年2回、ミストラルの生誕日(9月8日)と命日(3月25日)に開催されています。そこでプロヴァンス語の歌がたくさん歌われるのですが、その中にはミストラル自身がつくった歌もあります。また、同じ19世紀半ばから後半の文芸家たちがつくった歌、ミストラルたちが発見したもっと古い時代の歌、トゥルバドゥール(中世の吟遊詩人)を継承している人たちの歌などが楽譜で残っていて、伝統的な楽器を使ってそれらを演奏します。

プロヴァンスに住む人々全員がプロヴァンス語を話せるわけではない今の時代に、祭りで歌われる音楽やダンス、式典で述べるスピーチなどを通して、プロヴァンス語、そしてプロヴァンスの伝統文化を次の時代に継承していこうとしているのだ、と私も実際に祭りに参加して実感しました。

――故郷の言葉と文化を守るミストラルの意志を「自分たちが継いでいくんだ」という人々のたゆまぬ思いが伝わってきます。祭りの写真を見ると、昔ながらの民族衣装も華やかで、まるで中世にタイムスリップしたみたいですね。古楽器もユニークです。個人的には左手で笛を吹きながら右手で太鼓を叩く、一人二役の演奏法に興味を持ちました。

笛の「ガルーベ(galoubet)」と太鼓の「タンブーラン(tambourin)」、この演奏はプロヴァンスのイベントに欠かせないものです。ほかにも手回しオルガンに似た伝統楽器があります。ミストラル祭では、日本の童謡としてもおなじみのプロヴァンス民謡『アヴィニョン橋の上で』など、輪になって踊るフォークダンスも披露されます。200人以上の子どもたちが集まって歌うシーンもあり、見ているだけでもとても楽しい祭りです。機会があればぜひ現地に足を運んでいただければと思います。

――最後にもう一つ、プロヴァンスらしい言葉を教えてください。

“Gai lesert bèu toun soulèu, que lou tèms passe trop lèu, e deman ploura belèu.”という格言があります。直訳すると、「明朗なトカゲ、太陽の光を楽しめ。なぜなら時が過ぎるのはあまりにも早いので、明日は雨が降るかもしれないから」。これは、「今日は明るい日差しがあっても、明日には雨が降るかもしれない。だからこそ、太陽が出ている今、今日という日を大事にしよう」という意味になります。

――プロヴァンス地方の自然の情景を表しているのですか?

それもあります。プロヴァンス地方は太陽に恵まれている土地ではありますが、急に「ミストラル」と呼ばれる北風が吹いて、時には夏でもセーターを着込まないといられないほど寒くなるのです。この強い北西風は、ローヌ渓谷から発生して地中海周辺地域に吹き下ろし、生活や農業にも大きな影響を与えています。この地方の天候の振れ幅が大きいという特徴も象徴しています。「ミストラル」という名称も、フランス北部では聞かないプロヴァンス語の一つで、「中世の裁判官」を意味する単語です。
でも、この格言の真意としては、「人生はお天気と同じように晴れの日があれば雨の日もあるのだから、その日、そのときを大切に生きよう」と言いたいのでしょう。ラテン語に「今日の花を摘め(Crape diem)」という格言がありますが、これにも同じような意味があります。「人はそれぞれ限られた時間を生きているのだから、今、この瞬間を大切にしよう」。つまり、「そのときを楽しめ」ということです。

ミストラルの生家の前で憩う人々


――「そのときを楽しめ」とは、さすがラテン系の民族という感じですね(笑)。日本人も努力や根性だけでなく、「今を楽しむ」精神がもっと必要かもしれません。

はい(笑)。「明朗なトカゲ……」の格言を刻んだ石板がミストラルの生家の外壁に埋め込まれているというのが、またプロヴァンスらしさなのかもしれません。ちなみに、この格言が書かれた石板は、ミストラルの生家以外の家の外壁でも見られます。自然の変化やその美しさに敏感な人々の意識、人生観が反映されているといえるでしょう。(おわり)

太陽の国プロヴァンスに伝わる固有の言葉、プロヴァンス語には、自然や生き物、明るい日差しが育んだ豊かな風土、そして、そんな気候風土と直結するような人々の陽気な気質を思い起こさせる表現が多くありました。大切に守り継がれてきた言語に、自然と伝統を愛する人々の思いを知り、これまでとはひと味違うプロヴァンスの風景が見えてきました。

(写真提供:安達未菜、構成:宮嶋尚美)
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【あだち・みな】
1990年、東京都生まれ。神奈川県育ち。東海大学文明研究所特任助教、博士(文学)。東海大学文学部ヨーロッパ文明学科を経て、博士課程前期・後期を東海大学大学院文学研究科文明研究専攻にて修学し、2021年に東海大学にて博士(文学)を取得。専門分野はフランス近現代史、文明学、社会言語学。研究対象はプロヴァンスの地域主義団体「フェリブリージュ」と創設者の一人であるフレデリック・ミストラル。特に、「フェリブリージュ」が第三共和政期に展開させた「汎ラテン主義」構想について分析し、ラテン民族を紐帯とする超国家的な地域主義者の連帯という新たな思想水脈、あるいはその社会構想の試みについて研究している。
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