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美しいくらし
プロヴァンスの言葉が伝える幸せのかたち 東海大学文明研究所 特任助教
安達未菜
第2回 明るい太陽と“テロワール”がもたらす恵み
フランス南東部に位置するプロヴァンス地方は、地中海の青く澄んだ海と西アルプス山脈、そしてローヌ川に囲まれた多彩な風景が見どころです。南仏特有の明るく柔らかな日差しもたっぷりあり、ヴァカンス地としても名高く、ゴッホやセザンヌなどの画家が作品を描いた場所としても知られています。この地を郷土として生きる人々は、どのようなことを大切にして日々を暮らしているのでしょうか? 

フレデリック・ミストラルの生家の前に広がる農地


――第2回では、プロヴァンスで暮らす人々にスポットを当て、プロヴァンスの文化を構成する習慣や価値観、風土、そしてそれらを表す言葉について教えていただきたいと思います。

プロヴァンスはいわゆる農村地帯で、そこに住む人々はオリーブオイル、ハーブ、野菜など、新鮮な地元食材を使った風味豊かな食事とワインを楽しんでいます。プロヴァンスの温暖な地中海性気候と豊かな自然は精神性にも反映されていて、人々はゆったりと時を過ごし、自然とともに生活することに重きを置いています。

家の窓から見えるオリーブとブドウの木

私は研究のために毎年、詩人フレデリック・ミストラルの故郷マイヤンヌ市を訪れていますが、マイヤンヌでも多くの家には菜園があって、自分たちが育てた色とりどりの野菜や果物を使って料理をしています。雨が少なく温暖な気候で、さまざまな農産物を栽培できる豊かな土地があるおかげで、常に新鮮な食材に事欠かないのです。オリーブやブドウの木さえも庭にあるほどです。
今回(2024年夏)の訪問では、海の香りがするでしょうと薦めてくれた「海のしずく(ros marinus)」ともいわれるローズマリーで仕立てたスープ料理をいただきました。ほかにも、庭で採れたミントでミントティーをつくり、砂糖をたくさん入れて飲む習慣もあります。

――採れたての食材を思いのままに調理し、それぞれに楽しんでいる光景が目に浮かんできました。

土壌や地勢、気候など、ワインの味わいに影響を与える自然環境要因のことを「テロワール」と言いますが、ほかの土地で育てた野菜をプロヴァンスに運んでくることはできても、プロヴァンス独自のテロワールを移動することはできません。だからこそ、プロヴァンスの人々は自然条件などによって生まれる風味と性質をとても大事にし、「テロワールの恵みによって自分たちの暮らしがある」と考え、歴史や文化と同様に誇りに感じているのです。

――なるほど、プロヴァンスの人々が誇りにしているものの一端が見えた気がします。明るい日差しと豊かな自然環境から、人々の生活や文化、そして言葉も生まれてきたのですね。

さまざまな料理に添えられるアイオリ

ちなみに、プロヴァンスの料理からもここで暮らす人々の価値観が伝わってきます。プロヴァンス地方の地中海に面した港町・マルセイユの郷土料理の一つとして有名なものにブイヤベース(新鮮な魚を使った鍋料理)があります。このブイヤベースに欠かせないのが「アイオリ」(たっぷりのニンニクと卵を入れて作られるマヨネーズ)ですが、「アイオリ」の発音に南部のラテン的な雰囲気がよく表れているのです。「オ」を発音するとき、口を大きく縦に開いて声帯を広げ、心をオープンにするようなイメージで「アイオーリ!」と言ってみてください。おいしい、うれしい、楽しいといったポジティブな感情が表に出てくる気がしませんか?

――確かに、満面の笑みで叫びたくなる言葉ですね! 料理もよりおいしくいただけそうです(笑)。ほかにも、ポジティブな気持ちになれる言葉やフレーズはありますか?

ことわざの意味を教えてくれたユージェニさん

“Pos, moun paure pichot, liga ti courrejoun. ”ということわざがあります。直訳すれば、「かわいそうなおまえ、今まさに自分で靴ひもを結ぶべき時だよ!」です。失敗したり嫌なことがあったりして落ち込んでいる人を励ますシーンで使われることが多いのですが、「靴ひもを結ぶ」とは、現地のユージェニーさんに聞くと、「自分自身でやってみて、責任をもって行動すべき時だよ!」という意味で、さあ、やってごらんと背中を押すような意味合いがあるそうです。

――日本でいえば、四字熟語の「七転び八起き」がそれに近いですね。でも、「何度失敗してもくじけずに、立ちあがって努力する」と諭す感じがいかにも日本人気質を表しています。それに対してプロヴァンスは「靴ひもを結び直してまた頑張ろう」と、前向きです。

プロヴァンスの明るい太陽と同じく、陽気な民族なのだと思います。「落ち込んでいる暇があったら走れ!」みたいな(笑)。(つづく)
 
――まさに言葉がプロヴァンスの文化を映し出していますね。次回(最終回)は、プロヴァンスの人々が祭りを通して伝統文化を継承していこうとする「思い」について聞きます。

(写真提供:安達未菜、構成:宮嶋尚美)
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【あだち・みな】
1990年、東京都生まれ。神奈川県育ち。東海大学文明研究所特任助教、博士(文学)。東海大学文学部ヨーロッパ文明学科を経て、博士課程前期・後期を東海大学大学院文学研究科文明研究専攻にて修学し、2021年に東海大学にて博士(文学)を取得。専門分野はフランス近現代史、文明学、社会言語学。研究対象はプロヴァンスの地域主義団体「フェリブリージュ」と創設者の一人であるフレデリック・ミストラル。特に、「フェリブリージュ」が第三共和政期に展開させた「汎ラテン主義」構想について分析し、ラテン民族を紐帯とする超国家的な地域主義者の連帯という新たな思想水脈、あるいはその社会構想の試みについて研究している。
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