世界には各地域の民族性や価値観、文化を象徴する言葉があります。日本でいえば、沖縄県の「ゆんたく(おしゃべり)」「ゆいまーる(助け合い)」、関西地方の「おおきに(ありがとう)」といった言葉があり、そこに暮らす人々の心を伝えています。では、日本人にも人気の高い南フランス、プロヴァンス地方では、どのような言葉に人々の気質や暮らしぶりが表れているのでしょうか? プロヴァンス地方の言語や文化に詳しい東海大学文明研究所の安達未菜先生に、一般的なフランス語とはひと味違うプロヴァンス語の奥深い魅力を3回にわたって語っていただきます。

プロヴァンス地方マイヤンヌ市の町並み

聖アガタ教会(マイヤンヌ市)
――安達先生は、2024年4月にプロヴァンス地方のマイヤンヌ市から任命され、アンバサダー(公式に広報活動を行う人)に就任されました。その経緯を教えてください。高校時代から世界史に興味があり、大学でヨーロッパ文明を専攻しました。当時の恩師がロマネスク建築を研究されていた関係で、当初からパリ(フランス北部)ではなく南部地方へ行くことが多かったのです。そこでプロヴァンス地方の町並みや文化に関心を持ったのがきっかけで、プロヴァンスを代表する詩人であり、1904年にノーベル文学賞を受賞したフレデリック・ミストラル(Frédéric Mistaral, 1830~1914年)に関する研究に取り組むようになりました。
そして、ミストラル自身が取り組んだ地域主義運動「フェリブリージュ(Félibrige, 1854年創設)」やプロヴァンス地方独自の言語・文化について調査する中で、ミストラルの故郷であるマイヤンヌ市とも関わりが生まれ、アンバサダーを拝命するに至りました。今は大学でプロヴァンスの歴史、言葉、文芸についても教えています。

マイヤンヌ市はアヴィニョンやアルルから車で20分ほどの場所にある
――ミストラルはプロヴァンス語で書いた長編叙事詩『プロヴァンスの少女:ミレイユ』でノーベル文学賞を受賞したのですよね。プロヴァンス語とは、どのような言葉なのでしょうか。地域的にも社会的にも多様性に富むフランスには、大きく分けると2つの言語圏があります。それが北部のオイル語(langue d'oil)と、南部のオック語(langue d'oc)地域圏です。プロヴァンス語は、現在ではオック語に含まれる地域言語の1つとされ、リヨン以南の南東部、プロヴァンス全域にわたっています。プロヴァンス語の中でも地域によっては微妙に異なる言葉もありますが、それぞれの特徴を大切にして保たれています。
――プロヴァンス語は今も現地で話されているのですか?
安達未菜先生(撮影:編集部)
実は、プロヴァンスに生まれ育った人であっても、特に若い世代は普段、使うことはありません。1882年に施行されたフェリー法(フランスの初等教育に関する法律)によって、学校教育でのプロヴァンス語の使用が禁止され、標準フランス語の使用が義務づけられたからです。今でも日常会話としてプロヴァンス語を使っている人の多くは、80代以上の高齢者や伝統を重んじる地域住民です。現在もプロヴァンス語の復興を目指し、その文化や精神を大事にしていく動きは続いていますが、若い人たちは教育現場以外の講座やクラブのようなところでプロヴァンス語に触れ、学んでいるのが現状です。
――日本でも、1930年後半から沖縄県で「標準語励行運動」が実施され、伝統的な言葉が衰退した歴史がありますが、それと同じようなことがプロヴァンスでも起こったのでしょうか?

フレデリック・ミストラルの胸像(アヴィニョン)
そうです。古い歴史をたどれば、ローマ帝国に従属しつつも独立性を保っていたプロヴァンスが1487年4月にフランスに統合され、フランス北部による支配が南部に広がるにつれて標準フランス語が浸透していき、口語だけでなく文学作品におけるプロヴァンス語もどんどん少なくなっていきました。
そこに危惧を抱いたのがミストラルたちです。プロヴァンス語を保存しようと、1854年に仲間の詩人7人と文芸運動ならびに地域主義運動「フェリブリージュ」を起こし、言葉の復興のみならずプロヴァンスの人々の民族意識を高めようとしたのです。
―― 「言葉は文化である」といいますが、言葉は単なるコミュニケーション手段ではなく、習慣や価値観、ものの見方にも影響を与えているということですね。ミストラルの遺した資料を見ると、11世紀後半から南フランスで活躍した「トゥルバドゥール(troubadours)」と呼ばれる中世の吟遊詩人たちが使った言葉として、プロヴァンス語が理解されています。彼らが各地を回って朗唱したり、歌ったりしたプロヴァンス語の詩(うた)は、トゥルバドゥールが衰退した後も、文芸にふさわしい言葉として南仏の外に広まって定着していき、中世以降の文学や音楽にも大きな影響を与えました。現在でもトゥルバドゥールの遺産は、当時の社会や価値観を理解する貴重な資料として研究対象になっています。
――では、プロヴァンス地方の文化に深く根づいてきた言葉、プロヴァンス語は一般的なフランス語とどのような違いがあるのでしょうか。フランス語と同じ部分もありますが、ラテン語の影響やイタリア語のような発音、スペインのカタルーニャ語に近い部分もあり、なかなか説明が難しいのです……。フランス語との大きな違いは、フランス語は語尾を発音しない場合が多いのに対して、最後までしっかり発音すること。また、現在私たちがラテン語を読むときのようなローマ字読みで発音することが多い、南仏のほかの言語(地方語)に比べて巻き舌が少ない、といったところでしょうか。
たとえば、「bonjour à tous」(皆さん、こんにちは)をフランス語では「ボンジューア トゥス」と発音しますが、プロヴァンス語では「bonjour en tóuti」となり「ボンジョーゥル ェン トゥティ」と発音します。
――発音の違いは面白いですね。
フランス語とは全く違う単語もあります。「ありがとう」をフランス語では「merci(メルシー)」といいますが、プロヴァンス語になると「gramaci(グラマシ)」。
今年(2024年)の夏、プロヴァンスを訪れた際にお世話になったローズさんによれば、「プロヴァンス語はイタリア北部の人々が話す言葉と近い」ということです。ローズさんはマイヤンヌ市の中心地で生まれ育ち、現在も住んでいる方ですが、非常にオープンマインドで、気質的にもイタリア人に近い印象を持ちました。

ローズ家でのディナーの様子
――プロヴァンスに住む人々の気質や特徴を表すような言葉はありますか?“De teis ami digues tount bèn, deis autre digues rèn.”という言葉があります。日本語に訳すと、「親しくなるとなんでも話すようになるが、まだ親しくない人に対してはあまりものを言わない」という意味なのですが、これにぴったり当てはまるのが先ほどのローズさんでした。
第一印象は「親切で温かい女性」。でも、仲良くなると、自分のことや家族のことを「ここまで話していいの?」というくらいあけっぴろげに打ち明けてくれました。さらに「あなたのことをもっと知りたい」「まだまだ足りない」という感じで、今度は質問攻めに遭い、少々驚きました(笑)。また、ローズ家のディナーにも招待していただいた際は、キッチンやリビングはもちろん、寝室に至るまで部屋をすべて見せてくれて、二度目のびっくり。日本でいえば、いい意味で“大阪のおばちゃん”的な付き合い方と言ったらイメージしやすいでしょうか。見ず知らずの外国人である私に対しても、本当のファミリーのように気さくに接してくれて、とてもうれしかったです。(つづく)
――陽気で、親しい人との交流を楽しみ、重視する生活や精神性が言葉にも表れているのですね。次回は、プロヴァンスの人々が大切にしている暮らし方について教えてもらいます。(写真提供:安達未菜、構成:宮嶋尚美)