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美しいくらし
五感が目覚めるサバンナライフ 南アフリカ政府公認サファリガイド
太田ゆか
第4回 動物たちの危機とサバンナの未来
 世界でも有数のサバンナである南アフリカのクルーガー国立公園エリア。その広さは約2百万ヘクタールと、日本の四国に匹敵します。生息する動物の種類は哺乳類だけでおよそ114種類。しかし、その生態は太田ゆかさんがサバンナで暮らす9年ほどの間に大きな変化が見られると言います。生態系の変化は私たちに何を伝えているのでしょうか?


必要なのは生きていくための場所
 アフリカが急速な経済発展を遂げている中で、土地開発などの影響がサバンナやそこに住む野生動物にも及んでいます。広大なサバンナといえども、野生動物と人間が隣り合って生きていくしかない環境では、野生動物が家畜や農産物を襲って射殺されたり、密猟が頻発したりと、さまざまな問題が起きています。野生動物保護の取り組みは頭数調整や密猟対策など多岐にわたっていますが、野生動物の生態変化として今最も感じられるのは、頭数そのものの増減よりも、その背景にある問題――動物たちが安全に生きられる生息地が減っているという点なのです。

 南アフリカだけで見れば、動物の種類によっては数が増えているケースもあります。リカオンやチーターは、一時期かなり数が減ってしまって絶滅が危惧されていた状況から、懸命な保護活動によって少しずつ回復しています。これはうれしいニュースですが、頭を悩ませることもあります。例えばゾウです。ゾウは保護区という限られたエリアの中で増え続けていて、それによって植生の破壊という新たな問題を引き起こしています。食欲旺盛なゾウは1日200キロもの草や木の皮、根っこなどを食べてしまうため、バオバブなどの大木も彼らによって急速に失われています。このままだと30年後のサバンナの景色はたぶん今とかなり違うものになっているのではないでしょうか。ゾウが生息できる場所が増えない限り、正直、「解決策が見当たらない」というのが現状です。

南アフリカに約500頭しか生息していない絶滅危惧種のイヌ科のリカオン

リカオンとともに懸命な保護活動によって数が戻ってきているチーター


シビアな問題と向き合い続ける
 とはいえ、この問題を引き起こしているのは私たち人間です。ゾウを保護区という限られたエリアに閉じ込めた結果、彼らは行き場所を失ってしまっただけなのです。このように、経済発展を追い求める私たち人間によって、今まさに生態系のバランスが狂ってしまっていることを実感しています。100年後のサバンナはどうなっているのか。できることならその様子をぜひ見たい。もしかしたら何か新しい策が出てきてサバンナが復活し、生態系のバランスを取り戻した世界があるのかもしれません。あるいは、ゾウがこのまま増えすぎて植生を乱しきってしまった結果、すべての動物が生きられなくなった未来が待っているのかもしれません。もちろん、前者のように環境が良くなっていることを祈ります。

樹齢数千年に及ぶバオバブの木

 ただ、これらはとても複雑な問題です。アフリカ全体の人口が増えている今、全員の雇用と生活水準を先進国の人たちのように上げていこうとすると、自然環境を維持するのは難しいことだからです。自然の一員として生きていたころとは全く違う暮らしを全員が一気に実現しようとすれば、どこかで生態系のバランスが崩れて自然が失われてしまいます。でも、地球全体の自然環境を守るためのしわ寄せがアフリカだけにいってしまうのも不平等な話ではあります。
 自然を守るのか? 経済発展を求めるのか? 唯一の解決策や答えも正義の基準もなく、それぞれに見方が違うので、現地に住んでいる人たちの間でもかなりシビアに意見が割れているところです。

 ですが、100年後と言わず数十年先を見たときに、このままサバンナが減り続けていたら、子どもたちが大人になるころには、おそらく人間も動物も生きてはいけない世界になってしまっているのではないでしょうか。だからこそ、大前提として自然を守っていかなくてはなりません。まずは今残っているサバンナを守りながら、現地の人たちの仕事を十分に確保し、そこに住む野生動物たちも守れる状態にしていくことが先決だと私は考えています。

ラグジュアリーなロッジに宿泊するサファリツアーも実施されている

 サバンナを守っていく具体的な対策として、まずはサバンナを維持していくことでお金が生まれるような状況、すなわちサファリビジネスを成り立たせることが必要です。お金があれば現地の人を雇えるし、ゾウやライオンが保護区を出て周辺住民の家畜を食べてしまう事件が起きたときには、例えば「ウシ1頭に対していくら」といった補償金制度を整えることもできます。野生動物と人間のぶつかり合いをなくし、サバンナを守っていくためにも、地域の人たちへの教育や補償金制度、保護区内での雇用などを整備することが求められています。

 ですから、世界中からたくさんの観光客にサバンナに来てほしいですね。とはいえ観光客が多すぎるとオーバーツーリズムになって、環境汚染の問題も出てきます。そこで環境負荷に配慮したエコツーリズムの観点から、私が働くクルーガーエリアでも各保護区の面積に対するロッジとベッドの数、トイレやシャワーの数が制限されています。サバンナの生態系を守っていくためには、このエコツーリズムの範囲内でお金を生み出せることが重要なのです。もしかしたら、これからサファリの値段は上がっていくかもしれません。だから皆さん、今、サバンナに来るべきです(笑)。

感情や葛藤を超えて
 現在、私はサファリガイドの傍ら、野生動物の保護活動に携わるレンジャーへの協力もしています。保護活動については「人がどこまで介入するか」が難しい点ですが、そこもやはりバランスです。人間が柵を作り、村や町をつくり、生態系を減らして分断している現状では、人間がある程度の手を加えないと生態系を守っていけません。

別の役割がありつつも保護区のためにお互い協力しているレンジャーと

 レンジャーの人たちは、密猟者が入ってこないようにするための日々のパトロールに加え、保護区内に生息する野生動物の数を把握し、適正数を維持するための増減調整も行っています。例えば、ある保護区内で減っている動物がいた場合は別の場所から同じ種を連れてきたり、逆に増えすぎている保護区では別の保護区に移したり、場合によっては間引くことも保護活動の一つになってしまうケースもあります。
 そこは「絶対反対!」という意見もあると思うのですが、現実問題、柵で囲われた保護区にいる野生動物たちは、自分たちの意思で行きたい場所に行くことができません。そのため動物たちが増えすぎて生態系のバランスを崩す危険が生じた場合、最終的には「間引くことも仕方がない」と判断するケースも実際にあります。

このように、保護活動での現実に対する葛藤は常にありますね。とはいえ大切なのは、今あるサバンナの生態系のバランスを守っていくこと。人間としての感情を入れすぎずに、そのためのベストなオプションを選択していく必要があると私は思っています。(つづく)

――「100年後のサバンナがとても気になる」という太田さんの視線の先には、密猟者が仕掛けた針金が巻き付いたリカオンの姿や行き場を失ったゾウの姿があります。人間の未来にも影響が及ぶ生態系の変化。多くの問題が複雑に絡み合って明確な答えや基準のない中、暗中模索を繰り返し、希望を見いだす。その歩み方は、太田さんのサファリガイドとしてのキャリアにも重なります。次回(最終回)は、太田さんが架け橋となって支援者と現地の保護活動をつなぐ、新たな挑戦について語ってもらいます。

(写真提供:太田ゆか、構成:尾高智子)

★太田ゆか オフィシャルサイト【Yuka on Safari】 https://yukaonsafari.com/about/
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【おおた・ゆか】
1995年アメリカ、ロサンゼルス生まれ。神奈川県育ち。立教大学観光学部在学中に南アフリカ共和国のサファリガイド訓練学校に入学。日本人女性で初めて南アフリカ政府公認サファリガイドの資格を取得する。2016年からクルーガー国立公園エリアでサファリガイドの活動をスタートし、野生動物保護や密猟対策の活動にも取り組む。現地の様子をサバンナから生配信するバーチャルサファリをはじめ、Podcast やYouTube、SNSなどでも発信し、サバンナの魅力と現状を日本にも伝えている。著書に『私の職場はサバンナです!』(河出書房新社)。
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