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美しいくらし
五感が目覚めるサバンナライフ 南アフリカ政府公認サファリガイド
太田ゆか
第2回 生態系の一員として過ごす
 南アフリカで日本人女性初のサファリガイドとして活動し、動物保護や環境保全の活動にも力を注ぐ太田ゆかさん。その活躍ぶりはテレビや多くの媒体で取り上げられ、注目を集めています。また、自身でも野生動物とサバンナの現状を動画配信やSNSなどで発信し続け、その反響で日本からのサファリツアーへの参加が増えているのだとか。サバンナでゲストたちを待ち受けているのは、想像を超えるワイルドな世界。その迫力は人間の生き抜く力を呼び覚ますようです。

太田ゆかさん(写真中央)


生きるために五感を研ぎ澄ます
 現在、私は南アフリカのクルーガー国立公園エリアを中心に、日本人ゲストに向けたサファリツアーを実施しています。
 その中の一つに、私が学んだサファリガイド訓練学校のキャンパスに滞在しながら、1年間のカリキュラムを短期間に凝縮して日本語で体験できる「サバンナスタディツアー」があります。キャンパスと言っても柵で囲われていないため野生動物たちが自由に行き交い、宿泊はサファリテント。ワイルドな環境の中で、毎日フィールドに出てサファリをしながらサバンナの生態系を実践的に学んでもらいます。

サバンナスタディツアーでは一歩踏み込んだ学びや体験が得られる

オスライオンの兄弟。オスは2歳くらいになると母の群れを離れ、狩りをしながら放浪する

 皆さん、1日目は野生動物を見て「わぁ!」と感激しますが、約10日間のカリキュラムが終わるころには私たちガイドと一緒に五感を使って動物を探しています。サバンナに来て楽しい気分なのと同時に、「食べられてしまうかもしれない」という本能的な緊張感があるからこそ、一生懸命に五感を研ぎ澄ますのですね。「あっちで音がしましたよね?」「何かいますよ!」と小さな動物や細かい変化も見つけていきます。ガイド2人だけで探すよりも、サファリカーの後ろに乗ってくれている参加者8人全員、16個の目を使って探すのとでは大きな違いです。

 さらにガイドの解説を聞いて「なるほど!」と納得すると、体がみるみる覚えていき、自分の目や耳を使って野生動物を探せるようになります。私が訓練生のころ、先生に教えてもらって気づけるようになったように、知識と実際の体験がつながることで小さなサインをキャッチできるようになります。でも、ベースにあるのはやっぱり「ライオンに食べられたくない」という緊張感なんでしょうね(笑)。都会では、食べられるかもしれないから感覚を鋭くするなんていう状況はおそらくないので、皆さんも必死です。

 サバンナで野生動物を探すには、動物のように考えると見つけやすくなることもあります。ヒョウがいた跡を見つけたとき、「自分がヒョウだったらどっちに歩くかな」という目線で景色を見ると正しい道をたどっていけます。地面によっては足跡も残らないのですが、ヒョウの気持ちになって「あそこのほうが歩きやすそうだな」と感じたほうへ進んでいく。すると、その先にまた足跡が続いていたりします。

サバンナを歩くときの3つの掟
 スタディツアーをはじめとする各種ツアーでは、サファリカーで回るだけではなく、サバンナを歩いて探検するウオーキングサファリも体験してもらいます。その場合、必ず事前に皆さんにお伝えする「ゴールデンルール」があります。それは、「走らない」「1人にならない」「しゃべらない」の3つです。


 まず、一番大切なのは「絶対に走らないこと」。目の前にライオンが現れたら思わず逃げたくなりますが、本能に抗ってでも、絶対に走ってはダメ。「走った瞬間、あなたは獲物になりますよ」と伝えています。
 次に、「常に群れでいること」。1人でいると、格好のターゲットになるからです。でも群れでいれば、動物も恐怖心が出てきて近づいてこなくなります。サバンナで暮らしていると、人間は群れで生きる動物なのだと痛感します。
 そして、「大きな声で話さないこと」。物音を立てるのも注意が必要です。

 これらのルールは、自分たちが弱肉強食の環境にいることを自覚してもらえるので、最初にビシッと強めに言います。実際、本当に守ってもらわないと誰かの命が犠牲になって、その人がきっかけでさらに他の人が犠牲になってしまうこともあり得ます。皆さんの命を守るために、どのガイドもこの3つのルールは厳しく言っていると思います。

サファリカーよりも怖い二足歩行の人間
 意外に思われるかもしれませんが、動物たちも、人間がサファリカーで移動しているよりも、足を使って歩いているほうが警戒します。それは、二足歩行の人間は生きものとして認識されるということなのです。
 動物も、車の中に人間が乗っていることは分かっています。でも、長い地球の歴史を考えると、車が登場したのはつい最近のこと。国立公園などの保護区にいる動物たちは、車に乗っている人間に襲われる経験をしていないので、車を敵とは認識していません。特にサファリエリアの動物たちはサファリカーの存在に慣れていて、もはや全く気にしていません。車のときは、ゾウはこっちを見向きもしてくれないし、ライオンなんて目も開けないで寝続けますからね(笑)。


 でも、何千年、何万年の地球の歴史を考えると、人間の祖先たちはずっと狩りをして生きていたので、動物たちの本能には「二足歩行の人間は襲ってくるから危ない」という情報が刷り込まれています。まだ目新しい存在の車に対して「危険」の感覚はないけれども、人間の存在には「怖い」感覚がある。だから、人間が歩いた瞬間に生態系の中の動物として見なして逃げていったり、逆に怖いと感じて襲ってきてしまったりすることもあり得ます。

 生きものたちが人間を利用するケースもあります。例えばウオーキングサファリの際、私たちが一列になってサバンナを歩くと、足元にいたバッタなどの虫が私たち人間の足に邪魔されて飛び出てきます。クロオウチュウという小さな鳥は賢くて、ちゃんとそれを分かっている。だから、歩いている人間の後ろをついて飛んできて、慌てて飛び出してきたバッタをサッと捕まえて食べるのです。
 そうやって人間を利用する生きものがいること自体、私たち人間の居場所がまだこの生態系に残されているのだと気づかされます。(つづく)

――走った瞬間にライオンの獲物になるかもしれない。サバンナでは、人間も自然の掟に従い、五感をフルに使って「動物」として振る舞う必要があります。裏を返せば、普段、動物として振る舞うことのない私たちは、どこか不自然な部分を抱えているのかもしれません。とはいえ、やはりサバンナの大自然の中で過ごすのは、あまりに厳しい環境なのではないか……。太田さんによると、実は平和な世界が広がっていて、癒されるそうです。次回は、動物たちとサバンナの生態系で暮らす中で感じる心地よさについて聞きます。

(写真提供:太田ゆか、構成:尾高智子)

★太田ゆか オフィシャルサイト【Yuka on Safari】⇒ https://yukaonsafari.com/about/
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【おおた・ゆか】
1995年アメリカ、ロサンゼルス生まれ。神奈川県育ち。立教大学観光学部在学中に南アフリカ共和国のサファリガイド訓練学校に入学。日本人女性で初めて南アフリカ政府公認サファリガイドの資格を取得する。2016年からクルーガー国立公園エリアでサファリガイドの活動をスタートし、野生動物保護や密猟対策の活動にも取り組む。現地の様子をサバンナから生配信するバーチャルサファリをはじめ、Podcast やYouTube、SNSなどでも発信し、サバンナの魅力と現状を日本にも伝えている。著書に『私の職場はサバンナです!』(河出書房新社)。
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