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美しいくらし
五感が目覚めるサバンナライフ 南アフリカ政府公認サファリガイド
太田ゆか
第1回 人間本来の感覚を取り戻す
 自然から切り離された環境の中で生活を送る私たちは、日々、身体感覚が鈍っているように感じます。日本から見ると非日常の世界が広がる南アフリカのサバンナ。太田ゆかさんは、サバンナに暮らしながら南アフリカ政府公認サファリガイドとして活動し、その魅力を発信し続けていています。美しくも厳しい大地ではどのような感覚が呼び覚まされるのでしょうか? サファリツアーで体感できる大自然の素晴らしさと、生きものたちが直面している問題、さらに保護への取り組みについて太田さんに聞きました。5回にわたってお届けします。

太田ゆかさん


サバンナで動物たちを守るために働きたい!
 初めてアフリカを訪れたのは2014年。サバンナに降り立った瞬間に感じた、強烈な印象を今も鮮明に覚えてます。環境保全のボランティアプロジェクトに参加するため、ほんの数週間だけボツワナに滞在する予定で、大学生だった当時の私はまだ旅行気分でした。
 私は子どものころから動物が大好きで、「野生動物を守る仕事をしたい」と環境保全のキャリアを目指して道を模索していました。そのため、それまでにもオーストラリアの熱帯雨林やモンゴルの草原など、各国でいろんな自然や生態系を見て学んでいたのです。

 でも、アフリカのサバンナはどの場所とも違う圧倒的な迫力があって、「自分の居場所はここだ!」という、ほかでは感じたことのないひらめきがありました。初めての場所なのにとてもなじみのある、不思議な感覚がありましたね。 もちろん、すぐに実現できるとは思っていなかったのですが、「こんなところで暮らして働きたいな」という夢を描くきっかけになりました。
 その夢を叶えるために、大学を休学して南アフリカのサファリガイド訓練学校に飛び込んで1年間学び、サファリガイドの資格を取得しました。帰国して大学を卒業後に南アフリカへ移住することを決意し、晴れてクルーガー国立公園エリアで働き始めたのが2016年です。

南アフリカのサバンナにはたくさんの木が生い茂り、東アフリカのサバンナと比べて緑が多い

水も食べ物も豊富になる雨季は多くの動物にとって出産・子育てのシーズン


 皆さんはサバンナの大地というと、どのような景色を思い浮かべますか? 実は、南アフリカのサバンナは時期によって景色が全く違います。サバンナにもいくつかの種類があり、南アフリカのサバンナは「ウッドランド」と呼ばれるタイプのサバンナ。大規模な平原は少なく、たくさんの草や木が生えています。11月~3月の雨季の間は草木が生い茂って、まさに真緑の世界。とても綺麗ですよ。乾季(4月~10月)に入ると雨が降らなくなるので、草が枯れて倒れていきます。葉っぱを落とした茶色い木だけが残っていって、冬の間はカーキ色に干上がった大地に様変わりします。なので、景色としては、雨季のほうがおすすめですね。

 ただ、雨季はちょっと暑くて、一番暑い時間帯だと45度くらいになります。それでも湿気がないので想像するほど暑くはなくて、そよ風もあるし、木陰に入ってしまえば耐えられるので過ごしやすい。日本の40度のほうが暑く感じるかもしれません。そう考えると、意外とサバンナのコンディションはいい気がします。

動物たちが残したヒントを読み取る
 サバンナに住んで特に最初の1年間くらいは、感覚がどんどん開発されていくような毎日でした。それは私にとっては初めての感覚なのですが、「人間はこういう自然の変化に気づきながら生きてたんだな」という人間本来の感覚がよみがえってくるような感じです。例えば、日本でだったらアスファルトの上を歩いていても、特に何も思わずに歩いていると思うのですが、道に残された小さな跡とか、一本の線とか、以前なら視界に入っていたはずなのに気にも留めていなかったものが、目に入ってくる。それが、サバンナで暮らし始めてからの感覚です。

 この感覚は、訓練と実践を繰り返して習得した結果でもあります。「サファリ」とは、自然の中で野生動物を観察するアクティビティを指し、サファリカーで回るサファリドライブや、大地を歩いて探検するウオーキングサファリなどのスタイルがあります。サファリガイドの仕事はサバンナの野生動物を探すこと。野生動物が残してくれている小さなヒントを読み取り、たどっていく訓練が必要です。足跡にさえ見えない、地面に残されたわずかな形跡を観察して、そこにいた動物の種類や数、動いたスピードと方角などを想像して判断します。

サファリドライブ中に見つけた足跡。広大なサバンナで動物を見つけるには、足跡や臭い、音などが手掛かりになる

 足跡の見え方も現場の状況や条件によって全く違います。訓練生時代には毎日フィールドに出て、先生と一緒にサバンナを歩きながら、土の種類、動物の種類ごとにそれはもう幾度も教えてもらいました。「はい、これは何?」と指差され、その地面の形跡を一生懸命に眺める。その後に先生が、「これはこういう動物で、こんなふうに足に加重してたから、ここだけ残ってこうなるんだよ」といった具合に教えてくれます。その説明が頭にあるからこそ、すぐに反応して察知できるようになるのです。

 もちろん、サファリは安全が確保できることを前提として初めて野生動物を探せるアクティビティなので、安全面からも五感を研ぎ澄ますことが大切です。聞き取るべきものが聞こえてないと、気づかないうちに野生動物と接近してしまう。それが一番危険なので、バッタリ遭遇するのを避けるために必要な感覚もあります。ちょっと枝が折れていたら、ゾウなのか密猟者なのか、いろんな可能性を探っていきます。

 臭いにも敏感になりました。動物のオシッコも、草や葉っぱを食べているサイやゾウ、それぞれちょっとずつ臭いが違います。オシッコが臭うのは新鮮な証拠。その動物が今通ったばかりということなので、絶対見逃してはいけないサインです。そういった微々たる差に敏感に気づけるようになりました。

密猟の影響で最近では角の生えているサイに出会うのはかなり珍しい

食事中のゾウ


 聴覚もそうですね。耳がとても良くなったと思います。例えば、遠くで動物のフンが地面に落ちる音が聞こえたら、距離と方角から位置を推測して「あっちに何かいるかもしれないから、こっちの高い所に登って様子を見てみよう」と判断する。地面の素材にもよりますが、サイやゾウだとフンも大きいので、ものすごい重低音になります。
 いろんな種類の動物が、どんなふうに鳴いているのか。ただの物音として右から左に流れていた音を、一つずつ識別して考えるようになりました。これは検査で判定される聴力とは全く違う、それまで意識していなかった音に「気づく聴力」だと思います。

 こうした感覚が普段の生活で鈍ってしまっているとしても、サファリツアーに参加してサバンナで1週間も過ごせば、皆さんもかなり変わりますよ。小さな変化やサインをキャッチできるようになります。(つづく)

――サバンナに身を置いて、大自然の中の小さな兆しに意識を向けることで研ぎ澄まされる五感。サファリツアーではその五感を通して、ありきたりな旅行にはない特別な体験と感動が味わえそうです。次回は、弱肉強食の世界で野生動物と対峙する緊張感と迫力を教えてもらいます。

(写真提供:太田ゆか、構成:尾高智子)

★太田ゆか オフィシャルサイト【Yuka on Safari】⇒ https://yukaonsafari.com/about/
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【おおた・ゆか】
1995年アメリカ、ロサンゼルス生まれ。神奈川県育ち。立教大学観光学部在学中に南アフリカ共和国のサファリガイド訓練学校に入学。日本人女性で初めて南アフリカ政府公認サファリガイドの資格を取得する。2016年からクルーガー国立公園エリアでサファリガイドの活動をスタートし、野生動物保護や密猟対策の活動にも取り組む。現地の様子をサバンナから生配信するバーチャルサファリをはじめ、Podcast やYouTube、SNSなどでも発信し、サバンナの魅力と現状を日本にも伝えている。著書に『私の職場はサバンナです!』(河出書房新社)。
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