「日本には故郷で食べていたパンがない」。エストニア人の夫のひとことで始まった黒パン作り。やがて興味はパンから、パンと一緒に食べる料理へと移っていきます。そんな佐々木さんが現地の人から料理を教えてもらう場所に選んだのは、レストランでも料理教室でもなく家庭のキッチン! こうしてエストニアの人々のキッチンを訪ねる旅が始まります。スーツケースをお土産でいっぱいにして 私のエストニアでの食を巡る旅は、タルトゥという街から始まりました。バルト海沿岸にある首都タリンから南に約180㎞の場所にあるエストニア第2の都市です。私がここから旅をスタートしたのは、夫の実家があったから。夫の家族や友人たちにも協力してもらい、まずは現地で食に関する情報を集めました。「この料理は食べておいたほうがいい」「今日はここで食のイベントをやっているよ」などなど、日本では得られない生きた情報がたくさん手に入りました。それを聞いて「面白そうだな」「なんかあるぞ」と思ったら、とにかくすぐに行動! どうやらそれが私の旅のスタイルのようです。

タルトゥの旧市街の美しい街並み
まず私が向かった先は、エストニアの一般家庭でした。なぜレストランではないのか? もちろん、レストランの料理は完成されていておいしいに決まっています。けれど、それはいわゆる「特別な味」です。私はおいしい料理をたくさん知るよりも、この国に生きる人々の「日常の味」が知りたかったのです。どのような材料を使ってどんな調理をするのか? この味はどんなふうにしたらできるのか? といった疑問の「答え」を見つけたいと思ったのです。こうして、家庭のキッチンで料理を教えてもらう私の旅が始まったのです。

晴れた日は庭で料理レッスン!
訪問先は、エストニアの知人、知人の知人、そのまた知人と、あらゆるつてをたどって紹介してもらいました。家庭のキッチンで料理を教えてもらうことが旅のテーマになってから、私のスーツケースの中は日本からのお土産でいっぱい。見知らぬ日本人がいきなり家を訪れて、料理を教えてくださいと頼むのですから、毎回頭を下げて、どうぞお願いしますという気持ちで訪れます。訪れる家庭もどこでもいいというわけではありません。エストニアでは共働きが多く「忙しいから料理はあまりしない」「買ってきたもので簡単に済ませる」という家も多いのです。ですから、ちゃんと料理を作っている家庭を選んで訪れるようにしました。
料理を一から教えてもらいながら作っていただくので、自然と滞在時間も長くなります。日本からやって来た私のために、忙しいのにわざわざ時間を割いてくれる。教えてくれる人の温かく迎え入れてくれる気持ちがなければ、成り立たない旅でもありました。ちなみにエストニアの人々とのコミュニケーションはどうしているのですかとよく聞かれるのですが、英語で会話をしています。エストニアは1991年に旧ソビエト連邦から独立回復後、中学校や高校で英語やドイツ語などの外国語教育に力を入れるようになったため、エストニアの人々は英語がとても上手なのです。

森でベリー探しに出かけるところ

料理を習っている佐々木さん
画像提供:Kohvik-Resto AJATU
ディルの花束で飾られた食卓 長いときには2カ月にわたってエストニアに滞在し、さまざまな家庭のキッチンを訪ね歩きました。エストニアの面積は4.5万km2、九州本島と沖縄を合わせたぐらいの大きさです。高い山がなく、どこに出かけても広々とした平野が続きます。そしてその土地の半分を覆うのは森林。エストニアでは街から少し歩いたところに手つかずの自然があふれる森があり、人々は気軽にベリーやキノコを摘むなどして散策を楽しみます。そんな自然を私も楽しみながら、西へ東へと家庭料理を教えてくれるキッチンを探して旅をしたのです。
さまざまな家庭のキッチンにおじゃましました。旧ソ連時代に効率第一で建てられた集合住宅、築150年という古い家屋をリノベーションした一軒家、独立後に建てられた現代的なデザインのアパートメント……。形や大きさはさまざまですが、キッチンの作りはどれもとても似ていました。間取りはたいていキッチンからダイニングまでひと続き。ダイニングとキッチンを区切ることはあまりないようです。料理の担い手は男女両方。男性も普通にキッチンに立ちます。調理器具はIHコンロが普及していますが、古い家では暖炉を使ったりもしています。それも味わいがありますよね。そして、日本の炊飯器のような存在がオーブンです。日本だと業務用に使うような大きなオーブンがドンとキッチンに置かれています。エストニアの料理は、肉や魚をシンプルに塩コショウで味付けて焼くといったものが多く、オーブンは欠かせないのです。このオーブンで料理を大量に作って、数日間にわたって食べます。

食卓の上にどさっと置かれたディル
ちょっとすてきだなと思ったのが、ハーブの一種・ディルと季節の花を一緒に花瓶に入れて、ダイニングテーブルに飾っている家庭が多かったこと。ハーブと花の組み合わせなんておしゃれだなと思って褒めたら、なんとこのディル、料理が出てくると各自が好きなだけちぎってトッピングするのです。ちぎったディルを叩いて香りを出したり、スープに入れたり、黒パンにバターと一緒にのせたりと、使い方はさまざま。エストニアの料理にはハーブを使うものが多いのですが、まるで調味料のようにディルを使う。エストニアらしい食卓の光景だと感じました。(つづく)
―― 家庭のキッチンを訪問して料理を教えてもらうのに、2日がかりのときもあったと教えてくれた佐々木さん。遠い国から訪れた客をもてなすエストニアの人々の温かい心を感じます。次回は、佐々木さんが「最高においしい」と思った魚料理について教えてもらいます。
(構成:小田中雅子、写真提供:佐々木敬子)
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