エストニアの家庭のキッチンを訪れ、さまざまな料理を教えてもらいながら旅をする佐々木さん。この料理はどのように生まれたのか。それを考えるうちにその国の風土や歴史に気づかされると言います。例えば魚料理。日本人も大好きな魚料理ですが、エストニアでは少し事情が違うようです。
サーモンが育たない海 西はバルト海、北はフィンランド湾と2方向を海に囲まれたエストニア。周囲に大小合わせて約2,200の島があるのも他のバルト諸国にはない特徴の一つです。海に囲まれたエストニアでは魚介類もたくさんとれ、魚料理もよく食べられています。イワシやニシン、ウナギを使った料理はポピュラーでよく食卓に並びます。エストニアの人はサーモンが大好きですが、実はこのサーモンはバルト海ではとれません。その理由はバルト海ならではの特徴にあります。

バルト海の海岸風景
バルト海は陸地に囲まれた海で、外海である北海とつながっている場所はスウェーデンとデンマークの間のわずか8kmのみ。流域にある川や湖から淡水が海にどんどん流れ込んできます。外海への出入口が狭いのに大量の淡水が海に流れ込む。この構造のため海の塩分濃度が低く、わずか0.7%しかありません。通常の海水の塩分濃度は3.5%ですから5分の1しかないのです。魚もこの特殊な環境に適応したものしか生息せず、サーモンのような大きな魚は育たないといわれています。日本とは違う環境にあるバルト海の魚事情。このバルト海でとれる魚を使った料理で印象に残っている料理を紹介しましょう。
エストニア最大の島と思い出の味 その料理と出会ったのはエストニア最大の島、サーレマー島です。風光明媚な島として知られ、夏の観光シーズンには近隣諸国からも観光客が訪れます。中でも、西海岸にあるヴィルサンディ国立公園は野鳥の保護区で、森と海が楽しめる公園として人気が高く、私も何度も足を運びました。このサーレマー島で料理上手と聞いて訪ねた女性に、近海でとれた魚を使った料理を教えてもらいました。

サーレマー島で料理を習った高校の校長先生
教えてくれたのは高校の校長先生。会ったばかりのときはなんだか無愛想な人だなという印象を持ってしまいましたが、決して不親切というわけではありません。私の夫も含め、エストニアの人々は内気な人が多いのです。彼女も、最初出会ったときはもしかして怒っているのかなと思うぐらい無愛想で、私も緊張してしまいました。でもよくよく考えると、彼女からしてみたら私は謎の存在。「この日本人は何をしに来たの?」という疑問がきっとぐるぐると頭の中を巡っていたのでしょう。けれど買い物や料理を手伝ううちに私への疑問や警戒心は解けていき、最後は「また、いらっしゃい」と笑顔で言ってもらいました。今では、数カ月に一度はメールをやり取りするほど親しくしています。
さて、教えてもらった料理の話に戻りましょう。料理に使うのはその日、島周辺の海で釣れた魚。コイのような形をしています。バルト海には淡水でも塩水でも生きられる汽水魚が多く生息していて、そういった魚の一種のようでした。身は白身で、味は淡泊。エストニアでは魚料理もシンプルで、たいていは塩コショウをして焼くか、マリネにして食べます。

サーレマー島で習った魚と肉を使った料理

サーレマー島で習った料理に使った魚
でも、教えてもらった料理はちょっと手が込んでいました。魚の身をミンチにし、それを豚ミンチと合わせ、ハンバーガーのパテのような形にして焼いて食べるのです。エストニアでは魚と肉の両方から出汁を取る料理がありますが、それと同じ発想です。日本人からすれば「魚と肉、どちらか一方で十分じゃないの?」と思いますが、これが意外とおいしい。おそらく魚が淡泊なので、肉と合わさることで旨みが増しているのでしょう。この魚のミンチ料理も最高においしかった! このときはフィンランドから訪れていた友人と一緒だったのですが、彼女もフィンランドで食べたどの料理よりおいしいと絶賛していました。
サーレマー島で習った、ユニークだけれどとてもおいしい魚料理は思い出に残る一品。魚を少しでもおいしく食べようという、エストニアの人々の工夫が感じられました。(つづく)
―― 豚ミンチと合わせた魚料理はどんな味なのか? 佐々木さんの話を聞いて興味がわいてきました。魚料理に続いて、次回(最終回)は肉料理。ステーキの焼き方から見えてくるエストニアの歴史的背景について語ってもらいます。
(構成:小田中雅子、写真提供:佐々木敬子)
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