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食べるしあわせ
食卓から魚が消える前に シェフス フォー ザ ブルー代表
佐々木ひろこ
第3回 魚食文化を守り継ぐために
 海外からの観光客にも人気の寿司や天ぷら、ウナギの蒲焼きといった和食に、魚は欠かせない存在です。けれど、今すぐにも策を打たなければ、魚を使った伝統的な和食がなくなる日が来るかもしれません。日本の食文化を守るための取り組みについて聞きます。

――魚を使った料理が食べられなくなってしまう……。日常において、そんな危機感を抱いている人はそう多くはいません。

 日本の食文化は魚と密接に関わっていて、食べる量も種類も他の国に比べて圧倒的に多いのが特徴です。国内で食べられている魚の種類は約400種類にも上ります。漁業管理の先進国とされているノルウェーでは、せいぜい10種類ぐらいといわれています。
 それだけではなく、漁や流通・加工の技術、魚のさばき方、スーパーマーケットの鮮魚担当者の目利きも含めて、どれをとっても日本の魚に関する技術や知識は世界に誇れるものばかり。将来、水産資源が枯渇してしまったら、これらは途絶えてしまいます。
 そして漁業の人手不足も深刻です。2020年の統計では農業が約136万人に対して、漁業はずっと少なく13万人ほどしかいません。高齢化も進み、このまま子どもや孫に継がせていいかどうか悩んでいる人も少なくないのです。継承できなくなった技術を蘇らせることは極めて困難です。

――魚を食べる文化を守るための課題は山積ですが、料理人であればこそできること、それはいったいどんなことでしょうか?

低活用魚を使ったミールキット「Fishlle」で料理をするシェフたち

医療従事者に配ったお弁当に低活用魚を利用

 私たちはコロナ禍の最中、ケータリングやレストラン事業を行うサイタブリアさん、広告事業会社のNKBさんとともにスマイルフードプロジェクトを立ち上げ、寄付を募り、医療従事者たちへ35,000食のお弁当を届ける事業を実施しました。チームのシェフが週替わりでレシピを担当したのですが、お弁当の中に必ず入れるようにしたおかずが、環境に配慮した魚介を使ったもの。飲食業界も苦境にありましたが、同じく魚が売れず、漁業従事者たちも大変な思いをしていました。その思いに少しでも寄り添いたかったからです。
 未利用魚・低活用魚と呼ばれる魚の活用にも取り組んでいます。水揚げされた魚すべてが市場に出るわけではありません。知名度が低かったり鮮度落ちが早かったり、骨が多いなど調理に手間がかかったりといった理由で出回らない未利用魚種や低利用魚種の多くは廃棄されたり、養殖魚のエサになったりするのが実情なのです。多少難がある魚でも、おいしく調理できるのがプロ。レストランの一品として提供したり、企業と協力して商品を開発したりするなど、売り物にはならないと思われている魚の価値を上げることは、料理人だからこそできる取り組みだと思います。

――処分されはずの魚がプロの手を加えることでよりおいしく食べられるのではれば、消費者にとてもうれしいことですね。

 日本は、魚が獲れて食卓に届くまでの間に、まるで鎖のように続く長いシステム、サプライチェ―ンと呼ばれるものがあります。漁師さんから始まって漁協を介し、産地市場の流通事業者、加工事業者、消費地市場の大卸や仲卸、小売店、飲食店などといった具合です。残念ながら現実はそれぞれの業界が縦割りで、相互のつながりがよいとはいえない状況にあります。この一連の流れに関わる人すべてが海の危機についての意識を共有しなければ、日本の海を守れません。サプライチェーンの端と端、生産者と消費者の両方とつなぐ手を持っている料理人だからこそできるやれることがまだまだあると思っています。

「THE BLUE CAMP(ブルーキャンプ)」で日本の漁業について学ぶ若者たち

 新しい試みにもチャレンジしています。「THE BLUE CAMP(ブルーキャンプ)」というプロジェクトでは、将来、漁業や水産・生物系の研究者・技術者、料理人、流通事業者ほかさまざまな分野に進む若者が3カ月間かけて日本の水産業について学び、漁船に乗って水産関係者と対話し、レストラン研修も経たうえで、夏季に1週間、“より良い海の未来のためのレストラン”を企画運営します。このプロジェクトはできれば10年間続けたいと思っていますが、ここから巣立った若い世代が、日本の海を巡るシステムを変えていってくれるんじゃないか。そんな壮大な夢を見ています。(つづく)

 コロナ禍で飲食業界も苦しい時期を送っている最中でも、歩みを止めなかった料理人たち。日本の食文化を未来につなげたいという熱い思いがあったからにほかなりません。次はいよいよ最終回。私たち一人一人が海を守るためにできることを教えてもらいます。

【Chefs for the Blue(シェフス フォー ザ ブルー)】の公式サイト
https://chefsfortheblue.jp/

(構成:小田中雅子、写真提供:Chefs for the Blue)
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【ささきひろこ】
シェフス フォー ザ ブルー代表理事、フードジャーナリスト。日本で国際関係論を、アメリカでジャーナリズムと調理学を、香港で文化人類学を学び、企業勤務ののちフリージャーナリストに転向。食文化やレストラン、食のサステナビリティ等をテーマに雑誌、新聞、ウェブサイト等に寄稿している。ワールド・ガストロノミー・インスティテュート(WGI)諮問委員。水産庁 水産政策審議会特別委員。
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