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食べるしあわせ
食卓から魚が消える前に シェフス フォー ザ ブルー代表
佐々木ひろこ
第1回 海を守るため立ち上がったシェフたち
 将来、日本の食卓から魚料理が消える日が来るかもしれません。そのことに危機感を抱き、海を守るために自分たちができることは何だろうと考えて結成されたのが「Chefs for the Blue(シェフス フォー ザ ブルー)」。フードジャーナリストや東京のトップシェフ約30人を構成メンバーとして立ち上がった団体で、企業や自治体とタイアップしたイベントやセミナー、環境に配慮したサステナブル・シーフードを使ったレシピの提供などを行っています。その代表で、彼らを動かすきっかけを作り、今もともに活動を続けているフードジャーナリストの佐々木ひろこさんに、日本の漁業の現状や未来の海のために私たちができることについて聞きました。

――シェフス フォー ザ ブルーは2016年に、佐々木さんが知り合いの料理人たちに声をかけたことがきっかけとなって誕生しました。その背景にはどんなことがあったのでしょうか?

佐々木ひろこさん

 私は食専門のジャーナリストをしているのですが、2015〜2016年に日本の漁業を取材する仕事を任され、そこで知った事実に衝撃を受けました。以前、クロマグロが絶滅する恐れがあるといった話は聞いたことがあったのですが、現場にいる漁業者や大学の水産研究者に聞くと、それはマグロだけじゃない、日本の海であらゆる魚が獲れなくなっているというのです。
 実際に資料を見てみると、世界的な漁獲量は増えているのに、日本だけが1984年をピークにその後10年間で急激に下がり、2015年当時で3分の1程度まで減ってしまっています。日本の海が大変なことになっている! それを全く知らないでいたことに愕然としました。同時に、フードジャーナリストとしてこの危機を伝えてこなかったということにもとても責任を感じたのです。

――世界の漁獲量の推移に反して、なぜ日本の水産資源だけが減少し続けているのでしょう。

 原因はさまざまありますが、その一つに“魚を獲りすぎた”ことが挙げられます。この数十年に漁船の漁獲能力が大きく向上し、漁業現場のそれまでの管理では獲りすぎを防げないケースが増えました。また成魚だけでなく、成熟して将来、産卵するはずの未成魚までを獲ってしまうことも課題です。このため、自然が持つ再生産能力が損なわれてしまいます。
 日本の漁業生産の基本となる法律に漁業法というものがあるのですが、それは終戦後、貧しかった日本人がタンパク質を確保するために魚をどんどん獲ることが優先された時代の1947年に制定された法律です。そのため、資源を持続的に利用するという考えは後回しになってしまいました。以降大きな方針変更をせず、資源管理にリソースを割かずに来た結果、魚の減少を食い止めることができなくなってしまったのです。そこに長年の沿岸開発や近年の温暖化などが組み合わさり、状況はいっそう深刻です。
 一方、科学的な漁業管理制度が先行した欧州、北米、オセアニアなどは、資源の持続可能性(サステナビリティ)を重視して、天然魚の資源調査や評価、管理などに大きな予算と人員を配備し、自国域内の魚種ごとの漁獲量を厳しく制限しています。

――日本の水産資源に抱いた強い危機感が佐々木さんに行動を決意させたのですね。

カナダから来日したシェフとも意見を交わした

 具体的に何かをするとかいうことは、当時はまだはっきりとは考えていませんでした。とにかく日本の漁業は危ない状況にある。まずそのことを仕事で毎日顔を合わせているシェフに話をしてみたのです。すると彼らも「店に入ってくる魚の大きさが明らかに以前より小さくなっている、だけど値段は上がっている。どうしてだろう、なぜだろう」と、以前から疑問に思っていたと言うんですね。そこで「もっと漁業について知ろう」と勉強会を開いたところ、30人もの料理人たちが集まりました。ジャンルは和食や中華、フレンチ、イタリアンとさまざま。東京を代表するレストランの料理人たちが忙しい仕事の合間を縫って駆けつけてくれたのです。

――それだけ料理人たちも食材としての魚に異変を感じていたということですね。そして、その勉強会が新たな展開をもたらします。
 
 最初の半年間は外部の講師をお呼びし、料理人たちと水産資源の現状や問題点について学ぶ勉強会を続けていました。店の営業を終えてからなので、会が始まるのは深夜。それでも誰もやめようとは言いませんでした。むしろ、日本の漁業の深刻な状況を知れば知るほど、顔が青ざめるほどの驚きと恐怖に包まれました。「将来、店を続けられなくなるかもしれない」「魚が得意料理だけど、もう作れなくなる日がやってくるかもしれない」。そんな危機感が高まる中、「ひろこさん、勉強会を繰り返しているだけじゃダメだ。こうした問題を店にくるお客様だけに伝えていても限度がある。もっと草の根から大きな動きを作っていかないといけない」と声を上げる料理人が出始めました。彼らの熱い思いに私自身が背中を押されて、2017年にシェフス フォー ザ ブルーが生まれたのです。(つづく)

 海の危機のために立ち上がった料理人たち。最初はその活動がなかなか理解されず、心折れる日々だったといいます。しかし、設立から6年が経ち、今や全国的な広がりを見せるまでになったシェフス フォー ザ ブルー。次回は料理人たちの取り組みを紹介します。

【Chefs for the Blue(シェフス フォー ザ ブルー)】
フードジャーナリストや東京のトップシェフ約30名を構成メンバーとして立ち上がった団体。2017年から活動を始め、2018年一般社団法人となる。NGO(非政府組織)や研究者、サステナブル・シーフードを専門とするコンサルティングファーム、行政機関などから学びを得ながら、持続可能な海を目指し、自治体・企業との協働プロジェクトやフードイベントなど啓発活動を行う。★公式サイト⇒ https://chefsfortheblue.jp/

(構成:小田中雅子、写真提供:Chefs for the Blue)
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【ささきひろこ】
シェフス フォー ザ ブルー代表理事、フードジャーナリスト。日本で国際関係論を、アメリカでジャーナリズムと調理学を、香港で文化人類学を学び、企業勤務ののちフリージャーナリストに転向。食文化やレストラン、食のサステナビリティ等をテーマに雑誌、新聞、ウェブサイト等に寄稿している。ワールド・ガストロノミー・インスティテュート(WGI)諮問委員。水産庁 水産政策審議会特別委員。
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