× close

お問い合せ

かもめの本棚に関するお問い合せは、下記メールアドレスで受けつけております。
kamome@tokaiedu.co.jp

かもめの本棚 online
トップページ かもめの本棚とは コンテンツ一覧 イベント・キャンペーン 新刊・既刊案内 お問い合せ
かもめアカデミー
絵画でめぐる江戸のアニマルライフ 宮城学院女子大学特任教授
内山淳一
第1回 空想が現実に
 江戸の絵画は多種多様な動物のオンパレード。この時代、身近なネコやイヌから、舶来の珍獣、架空の不思議な生き物まで、さまざまな動物たちが個性豊かに描かれました。こうした作品は現代の私たちが見ても楽しめるものばかり。中には、当時の人々と動物たちとの関わりはどのようなものだったのだろう?と想像力をかき立てられる作品も少なくありません。そこで、日本の近世絵画史を専門とし、動物を題材にした絵にも詳しい宮城学院女子大学の内山淳一特任教授にインタビュー。動物画の魅力をひも解きながら、もう一歩深く鑑賞するヒントを5回にわたって聞きました。

――江戸の動物画についてうかがう前に、そもそも日本ではどのようにして動物を画題にした絵が描かれるようになったのでしょうか? その歴史や背景については知らないことばかりです。

内山淳一先生

 縄文時代にはイノシシやイヌをかたどった土製品が見られ、弥生時代の銅鐸にカエルや昆虫、亀、鳥などが表現されているように、動物は古来さまざまな造形物のモチーフになってきました。その時代からさらに進んで明確な意図を持って動物を描くようになったのは、中国文化の影響と考えられています。
 中国発祥の儒教思想では、四神や四霊と呼ばれる龍、鳳凰、麒麟、霊亀などの霊獣が王権の象徴として用いられ、図像化されてきました。そうした思想が海を越えて伝わり、日本での本格的な動物の造形が始まりました。奈良で発掘されたキトラ古墳や高松塚古墳は7世紀末から8世紀初頭につくられたもので、石室内には中国神話で東西南北を司る動物、つまり青龍、白虎、朱雀、玄武の四神が描かれています。こうした鳳凰や獅子、麒麟、龍、虎などの画題はやがて、戦国大名や将軍といった時の権力者に力や富の象徴として好まれるようになっていくのです。

――では庶民はどうでしょう。動物の絵を見る機会はあったのですか?

「仏涅槃図」(命尊)出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

 動物は古くから庶民信仰の対象であり、さまざまな動物が造形化されてきました。例えば、ツルとカメは富や長寿、ネズミやウサギ、イヌは多産や安産の象徴として、春日大社のシカ、稲荷神社のキツネ、日吉神社(日枝神社)にまつられるサルは神の使いとして庶民に親しまれた存在です。
 特に釈迦の臨終の場面を表現した涅槃画は、たくさんの動物を見る一番の機会だったのではないでしょうか。描かれた動物は架空の霊獣ほか、ゾウやラクダ、クマなど実に多彩。多いものだと1つの涅槃図に170~180種類も登場するそうで、一堂に会する様はまるで動物図鑑です。寺院では、お釈迦様が亡くなった2月15日に涅槃図を本堂に掲げる涅槃会(ねはんえ)が今でも執り行われていています。

――本堂にお参りしたときに涅槃図を見て、お釈迦さまのまわりに描かれている多種多様な動物たちを目にしたというわけですね。

 当時の人はそういったものを、どこか遠い世界の物語として目にしてきたわけですが、これが大きく変わるのが江戸中期。海外の珍しい動物たちが、海を渡って日本にもたらされるようになったのです。
 江戸の人たちからすると、お釈迦様の絵に登場するような動物たちが、実際に目の前に現れたわけです。「空想だと思っていた世界が本当にあるんだ!」と驚嘆したことでしょう。と同時に「自分たちが住んでいる日本の外にも世界は広がっている」という新たな事実に気づかされました。日本という国を相対的に地球感覚で見る時代を迎えたのです。(つづく)

 古来描かれてきた動物画が、一つの転換期を迎えた江戸時代。そこから文化の大きな流れが浮かび上がってきました。次回は動物と人との関わりを絵の世界から探ります。

(構成:寺崎靖子)

ページの先頭へもどる
【うちやま・じゅんいち】
群馬県生まれ。東北大学大学院文学研究科修士課程修了。仙台市博物館学芸員から館長を経て、現在宮城学院女子大学特任教授。江戸時代を中心とした日本の近世絵画史、特に西洋からの影響を受けて展開した洋風画を専門とする。著書に『江戸の好奇心-美術と科学の出会い』(講談社)、『大江戸カルチャーブックス/動物奇想天外-江戸の動物百態-』(青幻舎)、『めでたしめずらし瑞獣珍獣』(パイインターナショナル)。
新刊案内